35.竜石の秘術
ハンスは奥の本棚から古い魔術書を一冊取り出して、竜王様の前に置いた。
「どういうことだ?ハンス、何を知っている」
「実は、アーロン様が竜王国を出て数年後、
アーロン様から私に使いが来ました。
先の竜王様やクライブ様には内緒で力を貸してほしいと」
「それは秘術を教えろということか?」
「そうです。竜人であることをやめて、
人間になるにはどうすればいいのか、と」
「それでか……竜石を無くせば人間になれると聞いたことはあっても、
俺はどうやれば竜石を取り出せるのかわからない。
アーロンがどうしてそんな方法を知ったのかと思っていた」
どうやら人間になる方法は知られていないようだ。
竜王様ですら知らないのであれば、ルークやラディも知らない。
そんな方法をどこで知ったのかと疑問に思うのも当然。
五百年以上生きているハンスだから知っていた。
アーロンがハンスを頼った理由もそれだろう。
「最初はお断りしました。
番のためとはいえ、人間になるなんて。
アーロン様は竜王になるお方でしたから」
「そうだな。俺も竜王になるのはアーロンだと思っていた。
数年先に生まれていてもアーロンには敵わない。
そう思っていたよ。なぜ、その時に止められなかったんだ」
「申し訳ありません。
直接アーロン様にお会いすることはできず、使者からの手紙を待つだけでした。
何度手紙をやり取りしても、アーロン様の気持ちは変わりませんでした。
そのうち、返事を待ちきれなくなったアーロン様は、
知識もないのに竜石を取り出しかねなく、あきらめて方法をお伝えしました」
ため息交じりのハンスに、しょうがなかったのだとわかる。
身体の中にある竜石を取り出すなんて、知識がなければできることじゃない。
どうしても番と結婚したいアーロンは無理やりにでも取り出しかねなかった。
ハンスはアーロンを無駄死にさせたくなかったんだ。
「どうしても、止められなかったのか……」
「できる限り止めたつもりです」
「そうだよな……すまない。アーロンはハンスにとても懐いていた。
ハンスとしても無念だったことだろう」
その言葉にハンスの目が潤む。
本当は止めたかったのに止められなかった悔しさだろうか。
結果として、アーロンは処刑されてしまったのだから。
「竜石を取り出して人間になる方法を伝えるとき、
同時にもう一つの秘術も伝えました。必ず覚えておいてくださいと。
それが竜石に逃げ込む方法です」
「竜石に逃げ込む?」
「アーロン様は先の竜王様よりも強くなるはずでした。
だからこそ、強いものに蹂躙される恐怖を知らなかった。
人間になれば竜人としての力は使えなくなり、殺されることもある。
ですが、竜石に逃げ込むことができれば、死なずに済みます。
閉じ込められることになりますが、きっとクライブ様が助け出せると……」
「俺が?」
「隠された竜石は、血縁者だけが見つけられるようになっていたはずです」
皆が一斉に私を見た。
血縁者だけが見つけられるように……。
「竜石が隠されてた本には認識阻害がかけられていました。
竜人の血をひくものじゃないと見つけられないって、
アーロンの血縁者って意味だったんですね」
「そうです。先代の竜王様が戦争を仕掛けていたのを止めなかったのは、
アーロン様と番様を保護しようと思っていたからです。
竜人をやめてもアーロン様の利用価値は高い。
他の国にアーロン様の存在を知られる前に保護する予定でした」
「ハンスが父上を止めなかったのはそのせいか」
「ええ、むしろ積極的に動いておりました。
ですが、世界の半分を属国にしても見つけ出せませんでした。
あれ以上は竜王国の負担が大きすぎるとあきらめたのです」
「そうだな……これ以上属国を管理するのは無理だ。
レンデラ国のあたりまで戦争をしかけていたら、
世界のすべてを属国にする必要があっただろう」
それはさすがに無理だと思う。
今でさえ管理しきれなくて困り果てているというのに。
「今回、レンダラ国にクライブ様が向かった時、
もしかしたらアーロン様を連れて戻るかもしれないと、
ひそかに期待しておりました。
アーロン様が竜石に逃げたのなら、クライブ様は気がつくはずだと」
「だけど、竜石はその前に私が見つけ出したから」
「ええ、それに竜石に入っていたのはアーロン様ではなかった。
それではクライブ様でも見つけられなかったかもしれません」
ハンスがクレアに近づき、片膝をついた。
恭しく礼をして、クレアに話しかける。
「お会いできてうれしく思います。クレア様。
アーロン様は自分の命よりもクレア様を選んだのですね」
「……私を?お父様が私を逃がしたというの?
お父様は助かるはずだったのに、命を捨てて……」
アーロンが逃げるはずだった秘術だったと知って、クレアがぺたりと座り込む。
それを見て、ラディが手を出そうとして、悔しそうに止まる。
支えようとしたけれど、ふれられないのを思い出したようだ。
番が目の前にいて、悲しんでいるのに何もできない。
その悔しさをごまかすためか、ラディの握りしめた手がぎりりと音を立てた。
「処刑の時、助けられたのは二女だけだったとか。
おそらく、クレア様が処刑されると決まった時に、
アーロン様はあなた様を守ろうと決めたのでしょう。
それだけ大事だったのですよ」
「お父様……」
ぽろぽろと涙をこぼすクレアに、私の胸も痛む。
どうしてクレアだけこんなに悲しまなければいけないんだろう。
竜石から出られた後、家族を思って悲しむのを何度も見た。
その度に何もしてあげられず、クレアが立ち直るのを待つだけ。
全員が黙り込んでクレアが泣き止むのを待つ。
その時、竜王様が何かに気がついたようだ。
「なぁ、ハンス。
お前はアーロンを助けるために秘術を教えたと言ったな?」




