31.竜王様が決めた処罰
竜王様とルークを追いかけてから三日目の午後。
ようやく私たちはレンデラ国に着いた。
三か月ぶりで見た王宮は一部が欠けていた。
石で造られた壁が破損して大きく穴が開いている。
上からの衝撃で壊されたように見えるけれど、
まさか竜王様、あそこから王宮に入っていったとか?
「あれって……謁見室のあたりだわ」
「王宮自体は残ってるな……意外だ」
「私も。王宮なんてめちゃくちゃになってるかと思ってた。
とりあえず行きましょうか。クレアは私の髪に隠れてて」
「わかったわ」
クレアを私の首のあたりに隠し、王宮の中へと入る。
護衛の騎士が何人かいたけれど何も言われずに中に入れた。
私の顔を知っている騎士もいるはずなのに、
こちらをちらりとも見ない。
ただ立っているだけというか、無気力というか。
これでは何の護衛にもなっていない。
「こんなにすんなりと俺たちを通すなんて。
もうすでにここは竜王様の支配下にあるようだな」
「そうみたいね」
「竜気を感じるところに向かおう」
ルークが向かった先は王宮の広間だった。
夜会などを行う場所でかなり広くできているのだが、
出入り口まで人があふれそうになっている。
慌てて出ていく人と、その辺にぼんやりと立っている人。
何かおかしいと感じながらも中に入る。
奥の玉座に竜王様が座り、横にラディが立っているのが見えた。
その前に数人の貴族が並んでいる。
貴族はそこだけじゃなく、広間中に立っていた。
全員、怪我もなく無事でいるのを意外だと思った。
「竜王様、全員を殺さなかったのですね」
「リディ、来たのか」
離れた場所から声をかけると竜王様が気がついてくれた。
機嫌は直っていないのか、まだ竜気があふれ出ている。
慣れてきたとはいえ、長時間そばにいるのはつらい。
よく耐えられると思ってラディを見ると、少しやつれているようだ。
私の問いには、ラディが疲れたように答えてくれた。
「ここにたどり着くまでに、なんとか説得して止めたんだ。
殺すだけじゃつまらないだろう?」
「殺すだけじゃつまらない?」
ラディの話に首をかしげると、竜王様がにやりと笑った。
「これが何かわかるか?」
「これって……え?」
竜王様が手にしていたのは誓約に使うものだった。
あの時、私を奴隷にしようとしていた魔術具。
「これを使って、奴隷にすることにした」
「奴隷に?」
「ああ。と言っても、全員をただ奴隷にするのもおかしな話だ。
レンデラ国は王族と高位貴族が支配している国なのだろう?
ならば、貴族でも虐げられている者もいるはずだ」
「それは、そうですね」
下位貴族は貴族でも働かされているだけの立場だ。
領主代理を任され、領地から税を吸い取るための使用人。
高位貴族はそんな風に思っている。
「だから、罪があるものを判別して処罰することにした。
生贄を直接虐げた者は奴隷にして数年後に処刑する。
生贄を知っていて何もしなかったものは期限付きの奴隷にする。
何も知らなかったものは帰すことにした」
「なるほど。それは良いと思います」
「そうだろう?」
「この広間に立っている者で全部ですか?」
「ここにいる者は期限付きの奴隷だ」
「竜王国に連れて帰るのですか?」
奴隷をレンデラ国にいさせても使い道がない。
王族と高位貴族がいなくなった後のレンデラ国に置いても、
管理するものがいなければ数日で死んでしまう。
それではせっかく奴隷にした意味がない。
「竜王国にはいらんな……ラディ、周辺の同盟国に連絡してくれ。
奴隷を引き取るようにと」
「わかりました。奴隷制度がある同盟国に連絡してきます。
数が多いので、数か国に引き取ってもらうことになると思いますが」
「それでいい」
「ルーク、俺が戻ってくるまで死なない程度に管理しておいてくれ」
「了解だ」
ラディは後はまかしたと言うと、謁見室から出て行った。
周辺国から奴隷を引き取りにくるとなると、一週間はかかるだろうか。
それまでにはレンデラ国の貴族全員に確認できるはず。
「生贄を直接虐げていたものは国王の部屋に押し込めてある。
殺したければ殺してきてもいいぞ」
「生贄を直接虐げていたもの……そうですか」
「リディ、俺も行く」
「うん」
前のアリーを虐げていたもの。
つまり、私の父親かもしれない人たちがいるということ。
国王の部屋にはあちこちにうつろな目の男性が立っていた。
座ることを許されていないらしい。
ぷるぷると足が震えている者、真っ青な顔をしている者。
命令なしでは動けないからか、
私たちが部屋に入ってもこちらを向くことはない。
「どうする?殺す?」
「どうしようか……クレア」
「……竜王様の話は聞いたわ。
殺したらつまらないって、そうよね。
一瞬の苦しみだけで終わるなんて許されるわけないわ」
私は母親を知らない。
生贄として苦しんだだろうけど、それはあくまでも想像でしかない。
だけど、クレアは違う。
自分の妹がひどい目にあっている。
妹の子が、孫が。私の怒りとは比べようもないだろう。
ふと、近くに銀髪の男性がいるのに気がついた。
私の父親だと言われていた公爵だ。
アーロンの娘のアリーは金髪だった。
三人のアリーたちも銀髪ではなかった。
だから、私が銀髪で生まれたのは公爵家の色だと思われたんだろう。
実際にはアーロンもクレアも銀髪だった。
だから、公爵が私の父親だというのは違っていると思う。
この部屋にいる誰が父親なのか、結局はわからない。
「クレアの好きにしていいよ。殺しても、傷つけても」
「リディ……魔力をもらってもいい?」
「好きなだけ使って」
クレア自体は魔力を生み出せないけれど、
私の魔力をあげれば魔術を使うことができる。
クレアの小さな手にふれると、魔力が吸い取られるのを感じる。
何もない空間から小さな竜巻のようなものが発生して、
そこから無数の刃のようなものが飛んでいく。
奴隷化している者たちは動けないまま、髪と服が切り刻まれていく。
クレアが怒りに任せて魔術を使っているせいか制御が弱い。
死ぬほどではないが、身体にも多数の傷がついていく。
嵐が消えた時には、そこにいた者たちの髪と服はなくなり、
あちこちから血を流しているのが見えた。
「……これでいいわ」
「いいの?」
「ええ。これから奴隷になって、屈辱を味わうのでしょう。
数年後には処刑するって言うし、それで納得するわ」
「あとは、顔に奴隷紋をつけられて同盟国に引き取らせることになる。
処刑すれば報告がくることになるけど、それまで生きていればだけどね」
「うん、それでいい」
クレアが納得したようだから、三人で広間へと戻る。
奴隷紋は国によって違うので同盟国に引き渡した後でつけられる。
国王の部屋を出るとき、数人が意識を失って倒れるのが見えた。
この後、死なない程度に治療はされるだろう。
自分が奴隷になってみて、生贄を作ったことを後悔しただろうか。
聞いてみたい気もしたけれど、やめておいた。
自分の意思で話すなんて、もう二度とさせてやらない。




