20.アヒレス家とルーク
「ええ。私は竜王様の側近だもの。
ここで食事するようにと言われているわ」
「はぁ?」
私も勝手に入り込んでいるとでも思っていたのか、
女性たちがこそこそと相談し始める。
「ローズ様、まずいですよ」
「ええ、とりあえず出直しましょう?」
「ここまで来たのに何も言わないで帰る気!?」
中央のローズという女性の身分が一番高いようだ。
薄茶色の髪をゆるく巻いて、しっかりと化粧をしている。
お茶会に出席するような赤いドレス姿が良く似合う美人だが、
にらみつけてくる表情は醜く歪んでいる。
他の二人は友人なのか侍女なのかわからないけれど、
ここに来たことを後悔して引き返そうとしている。
「竜王様の側近だなんて信じられるわけないわ!
あなたは人間じゃないの!」
「いいえ、一応は竜族よ」
「竜族ですって?あなたのこと見たことないわよ!」
竜族の世界はせまいのか、
見たことがない私は人間だと思われていたようだ。
「何を騒いでいるのかと思えば……」
「ルーク様!」
ため息でもつきそうなルークが食事を二人分持って個室に戻ってきた。
知り合いなのか、入ってきたルークを見てローズはうれしそうに名を呼んだ。
だが、それにたいしてルークは硬い表情のまま。
「ローズ嬢、俺に関わるなと警告されたのを忘れたのか?」
「ルーク様、いくら竜王様の警告とはいえ、認めるわけにはいきません。
あなたのお父様のしたことはまだ許されていませんわ」
「それについての話し合いは終わったはずだろう」
「いいえ、終わりません。
あなたのすべてはアヒレス家のもの。
私と結婚して、アヒレス家に入ってもらいます」
令嬢がにっこり笑って結婚するように迫っているが、
ルークはすぐさま否定する。
「断る。俺はここにいるリディと婚約した」
「……は?」
「ローズ嬢とは結婚しない。今までもずっと断ってきた。
そろそろあきらめてくれないか」
「嫌です!そんな女に奪われるなんてアヒレス家は認めません」
「アヒレス家が何を言おうと、俺には関係ない。
父親だと言う男が何をしたと言われても、
俺はそいつを父親だなんて認めていないのだから」
「そんなごまかしは聞きません!
お父様から抗議してもらいますから!」
「何を言われてももう変わらない。
リディとの婚約は竜王様が認めてくれている」
「では、竜王様に抗議いたしますわ!」
叫ぶようにして、令嬢は他の二人を連れて個室から出ていった。
他の二人は真っ青になって頭を下げてから出て行ったけれど、
令嬢だけは最後まで私をにらみつけていた。
竜王国の貴族もひどいとは聞いていたけれど、
あれはわがままという域を越えている。
「はぁ……すまなかった。
俺の問題に巻き込んでしまったようだ」
「えっと、これも女避けの一つ?」
「後宮のほうよりも、こっちのほうが問題なんだ」
はぁぁと大きなため息をつきながら席に座るルークに、
思わず髪をなでてしまう。
無造作にされている黒髪は意外とさらさらして、
なでたら気持ちよくてそのままなで続けてしまう。
「……なぐさめてるのか?」
「うん、なんか大変そうだから」
「……ありがとう」
食事を取りながら、ルークはこれまでのことをぼそぼそと説明し始める。
あとでゆっくり聞いたほうがいいのかもと思ったけれど、
ルークは今話したいようだ。
「俺は産まれてすぐに捨てられた。
拾ってくれたのが竜王様なんだ」
「親に捨てられた?竜人なのに?」
竜人は番か、竜人の女性からしか生まれない。
それだけ貴重な存在なのに、捨てる人がいるとは思えなかった。
「俺の祖父には多額の借金があったらしい。
それを返すために、父親は竜族の貴族に婿入りした。
その相手がローズの曾祖母だ」
「……えっと、あの令嬢はルークの親戚ってこと?」
「ああ。俺の異母兄の孫ってこと」
「異母兄……」
「俺の父親の婿入り先でできた子どもが竜族の異母兄。
その後、父親は番を見つけてしまったんだ。相手は平民の竜族だった」
「結婚した後で番を……」
竜人にとって番というのは自分の半身のようなものと聞いた。
それだけ運命の相手で、出会ってしまったら離れられないと。
でも、ルークのお父様はもうすでに結婚している身で、
しかもそれは借金を返すための婿入り。
「父親は正妻にかくれてこっそり番を愛人にした。
だが、隠していられたのは子が産まれるまでだ。
番との間に産まれてくるのは竜人。
俺が産まれたことによって、関係を隠せなくなった」
「正妻はすごく怒ったんじゃ」
「正妻に知られる前に、父親は番と姿を消した。
俺を竜王様に預けて」
「……だから、捨てられたと」
どうにもならない相手と結婚しているから、
番を正式な妻にはできなかった。
だけど、最終的にはすべてを失ってもいいと番を選んで、
子を捨てて竜王国から出て行った。
だから、ルークはあれだけ竜族との間に子を作ることを嫌がっていたんだ。
産まれてきた竜族がどんな思いをしているか、
後から番との間に異母兄弟が竜人として産まれてくることを、
どんな思いで知るのかわかっていて。
「さっきの令嬢の責任を取れというのは、
婿入り先を捨てたお父様の責任をということなのね」
「父親が婿入りした先はアヒレス家という、竜王国でも力のある貴族家だ。
だが、竜人の婿に逃げられたことで笑いものになり、
今は異母兄の息子が当主になっているが恨まれている」
「でも、恨まれたとしてもルークのせいじゃないわ」
「竜王様もそう言ってくれた。俺には何の責任もないと。
俺を側近にする時にアヒレス家の当主にはっきり警告してくれた。
それでもローズ嬢は責任を取って婿になれと言ってくる」
「それはもめるわね」
「ああ」
ルークに責任はない。
だけど、アヒレス家としても誰かに責任を取らせなくてはいけない。
貴族というものはそういうものだ。
そうしなければ貴族としての名を守れないから。
ルークを婿として迎えた後は、
ずっとアヒレス家のために働かせるつもりなんだろう。
「大丈夫よ、ルーク。私と婚約したのだもの。
あの令嬢はもう結婚してもおかしくない年齢でしょう?
あきらめて他の人と結婚すると思うわ」
「そうしてほしいよ」
たとえ、この婚約が解消されることになったとしても、それは数年先のこと。
令嬢が婚約もせずに数年も待つことはできない。
確実に行き遅れになってしまうだろうから。
それでもあきらめるまでは何度か揉めるかもしれない。
竜王様の警告でもあきらめなかったのなら、
権力で黙らせるというのは無理そうだ。
それから静かに食事を終えると、
執務室に戻って後宮の解体にむけて話し合うことにする。




