12.仮婚約
「まぁ、もともと婚約させるつもりではいた」
「え?」
「仮の婚約ということだ。
ルーク、ここにいるリディはアーロンの子孫だ」
「っ!!アーロン様の!?本当ですか?」
「本当だ。しかも、数年後には竜化する。
竜人となった後、私の養女にする予定でいる」
「……は?それも本当、なんですね?」
竜族が竜化するというのは、いわゆる先祖帰りなのだとラディから聞いた。
竜族から竜人になるのはめずらしく、しかも女性というのはめったにない。
竜人の女性というのも貴重で、血縁関係ではなくても大事にされるものなのだとか。
「竜人となるまでに守る者が必要だし、
ラディもルークがちょうどいいと言っていた。
ルークにとっても、都合がいいだろう。
婚約者がいれば竜族からの誘いを断れるぞ」
「あ……それはとても助かります」
「今回疲れ切っていたのも、それが原因だよな?
だから、お互いを守るためにちょうどいいと。
リディが竜化した後、婚約を継続するかはその時に決めればいい」
なるほど。ルークの女避けにちょうどいいということなのね。
しかも私が竜人となった後は解消してもかまわないと。
それなら問題ないのかな。
「リディ、ルークと一緒に行動するのが嫌なのであれば、
また別なものを用意するが」
「嫌ではないです」
「そうか。では、婚約者ということで。
ああ、リディの仕事はルークと同じ後宮担当に命じる」
「後宮があるんですか?」
「ああ。もう必要のないものだ。
……そうか。解体してしまうか」
「「「「「え」」」」」
「どちらにしても後宮があっても意味のないものだった。
そうだな。一年で解体することにしよう。
リディ、ルーク。頼めるな?」
「……わかりました」
「解体するんですか。
……わかりました。私にできることは頑張ります」
よくわからないうちに、婚約者ができて、
この国での仕事が決まったようだ。
魔術師として仕事をするつもりだったけれど。
そういえば竜王様の近くで仕事をするものは全員が側近なんだった。
それから同席していた初老の男性は執務室長のハンス、
若い女性は侍女頭のエリナだと紹介される。
ハンスは先代の竜王から仕えているそうで、今は五百四十歳
竜王様は二百二十五歳だとか。
竜王様でもハンスには逆らえないらしい。
「リディ様、何かあればいつでも相談してください。
年老いた分、知識だけは余分にありますから」
「わかりました。困ったら相談します」
「あと……アーロン様の話をクライブ様にする時は、
私も同席してもよろしいでしょうか。
また暴走して竜気を出されたら止める者が必要でしょう」
「あ、そうですね。よろしくお願いします」
「まぁ、しばらくは無理でしょう。
気持ちが落ち着いたらお聞かせ願います」
「はい」
やっぱりしばらくは無理らしい。
ハンスの声は聞こえていたはずなのに、竜王様はそっぽ向いている。
まだ聞けるような精神状態ではないんだ。
侍女頭のエリナは若く見えたけれど、百五十歳。
もうすでに結婚しているらしい。
お相手はハンスの息子で、王宮の警備隊長だとか。
竜人の女性で働いているのはめずらしく、
義父ハンスが一緒で、竜王様の執務室だから許可されているらしい。
エリナはにっこり笑って挨拶をすると、
私に一冊の本を差し出してくる。
「リディ様、これをお持ちください。
図書室には置いてないと思いますので」
「……竜人について?」
「竜族と竜人の違いなどが書かれています。
リディ様は周りに竜族がいなかったとか。
ここでは常識だと思われていることも、
リディ様はわからないことも多いのではと」
「ああ、それはあると思います。
ありがとう。読んでみますね」
なるほど。竜族と竜人の結婚などについて書かれている。
これは性教育的なものかもしれない。
部屋に行ってからクレアと読んでみよう。
二人から挨拶を受けた後、ラディと一緒に執務室を出ると、
ルークもついてきた。
あれ?と思っていたらラディにため息をつかれる。
「リディ、これから一緒に仕事をするんだし、婚約者だろう?
慣れるまでは俺も一緒にいるけど、少しは理解してやれよ」
「あ、そうね。婚約者と一緒にいるって考えがなかったから、
少し驚いただけなの。そういえばそうよね」
レンデラ国で王太子と一緒にいたのはそれほど多くない。
だから婚約者と交流するという意識がなかった。
あらためてルークと話したほうがいいと言われ、
応接室へと連れて行かれる。
ラディの隣に座ったら、また呆れたような声がした。
「あーもう、ルーク悪いな。
リディは妹のようなものなんだ。
悪気があるわけじゃない、多分緊張しているんだと思う」
「……いや、大丈夫だ。
急に婚約だなんだと言われても動揺するだろうし、
今朝会ったばかりだし……不法侵入者だし」
「ふふっ」
ちゃんと反省しているらしいルークに笑ってしまった。
こうして見てみると後ろをぎゅっと一つに結んだ黒髪。
前髪は少し長めで無造作にされている。
その隙間からのぞく青い目。高めの鼻に薄い唇。
……ちゃんとしていたら騒がれる容姿ではないだろうか。
でも、女避けが必要だったのなら、
そんなことしたら大変になってしまうのかもしれない。
「あらためてルークだ。これからよろしく頼む」
「リディよ。よろしくね。
遠い辺境国から逃げようとしてた時にラディに助けてもらったの。
それからラディがお兄様ってことになってる」
「ああ、そのようだ。ラディの妹に見えるよ」
「私の中の竜人の血がラディに近いとか?」
竜王様が血縁者なら、ラディも血縁者なのかも?
そう思って聞いたら、そうかもしれないと言われる。
「ラディは先の竜王様の妹様の子だ。つまりクライブ様の従兄弟」
「あぁ、やっぱり近いのね」
「少なくとも俺よりかはずっと近いと思う。
俺は竜王の直系には関わりないから」
「そうなの」
この国では竜王を継ぐ家というものがあるらしい。
家名はないけれど、その家の血を継ぐものでなければ竜王になることはできない。
つまり、ラディは竜王になる資格があるけれど、ルークにはないということ。
さきほど会ったハンスとエリナにもないらしい。
この国で私より身分が高いのは竜王様だけ。
だから、もし竜族の貴族に絡まれても従わないようにと、
最初にラディから注意は受けてあった。
「それにしても……本当にアーロン様の子孫だとは」
「俺も最初聞いた時は信じられなかったよ。
ずっと探してたのに見つからないと思ったら、
あんな辺境にいたなんて」
「探していた?」