11.早朝の不審者
ズシンと頭に響くような振動がした。
目を開けるとまだ早朝のようだ。部屋が薄暗い。
カーテンの向こう側に黒い影が見える。
何かが私室のテラスにいるのがわかる。
夜着の上にガウンを羽織り、テラスをのぞく。
そこには真っ黒な竜がいた。
「は?竜がいる?」
どうしてこんな場所、こんな早朝に、竜がいるんだろう。
テラスへと出るドアを開け、外にでる。
少し明るくなり始めたテラス。
山のようにも見える竜の、黒い鱗が反射して光っていた。
綺麗……ラディの鱗も綺麗だったけれど、
竜の鱗が光に当たると、宝石よりも複雑な光り方をする。
見とれていたら竜の姿が消え、
そこには一人の令息がうずくまっていた。
人間の姿に戻ったのに、ぐったりとして動かない。
「……怪我でもしているの?」
「誰だ!?」
急に声をかけたからか、令息は叫びながら振り向いた。
青い目を細めるようにしてにらみつけてくる令息に、
とりあえず立ち上がれるのなら怪我はなさそうだとほっとする。
「誰って言われても、あなたこそ誰なの?」
「俺の質問に答えろ!どうしてここにいる!」
「どうしてって、ここが私の部屋だからだけど?」
むしろ不審者はあなたよね、と続けると令息は驚いた顔をする。
「は?ここは本宮だぞ。竜王様の許可がなければ住めない。
それにこの部屋は空き部屋だったはずだ」
ああ。空き部屋だと思っていたからここにいたんだ。
「もちろん竜王様の許可を得て住んでいるわ。
二週間前からね」
「二週間前……」
「あなたが空き部屋だと思っていたのはいつの話?」
「……一か月前だ。しばらく王宮にいなかった」
「そう、じゃあ、いなかった間に私がここに来たのね」
「……そうなのか」
一応は納得したわけだけど、大事なことを忘れていないかな。
「で、あなたは私の部屋のテラスに不法侵入してきたわけだけど」
「は?いや、そんなことは」
「今、ここにいることは不法侵入じゃなくてなんなの?
空き部屋だとしても、勝手に入っていい許可もらってたの?」
「いや、それは……」
「じゃあ、間違いなく不法侵入だわ」
「そう、なるのか」
「ええ。私はただ自分の部屋で寝ていただけ。
テラスで大きな音がするから、何かと思って確認に来たの。
理解できた?」
ようやく納得したらしく令息の顔が青ざめていく。
「申し訳なかった……。
俺の部屋は本宮の裏側にあるんだが、疲れてて。
ここで降りて廊下を歩いた方が楽だと思ってしまったんだ」
「なるほど。では、どうぞ」
「は?」
「この部屋を通り過ぎたかったのでしょう?
早く出て行ってくれないかしら」
「え。だが」
「まだ眠いのよ。早く出て行って」
「わ、わかった」
謎の令息は私室の中を通り、ドアから出て行った。
最後にまた申し訳なかったと謝りながら。
私はまだ眠かったから、令息が出て行ってすぐにベッドに戻った。
次に起きた時、名前を聞くのを忘れていたと思ったけど、
本宮に住んでいるのならまた会うだろう。
朝になって、いつものようにラディと朝食を食べていると、
この後の予定を確認される。
今日も図書室で本を読み漁るつもりだったけれど、
竜王様が呼んでいるという。
「朝食を取ったらクライブ様が執務室に来てって」
「わかったわ」
ようやくアーロンの話を聞く気になったのかもしれない。
そう思ったけれど、用事は別のことだった。
竜王様の執務室にラディと向かうと、そこには竜王様の他に何人かいた。
初老の男性と若い女性、そして。
「「あ」」
思わず声を出してしまった。
驚いたのは向こうも同じだったけれど。
今朝会った令息がそこにいた。
私たちがお互いに驚いているのを見て、
ラディが不思議そうに聞いてくる。
「知ってるのか?」
「早朝の不法侵入者」
「「「「は?」」」」
「いや、それは違うっていうか!わざとでは!」
「ルーク、どういうことだ?」
「いや、空き部屋だと思ってテラスに」
気まずそうに事情を説明するルークに、ラディがはぁん!?と怒り出した。
「お前!めんどくさいからって、
他の部屋のテラスに降りるなって言ってただろう!」
「あぁ、わかってる。反省している。
今朝はもう疲れ切ってて……もう何も考えられないくらいで。
少しでも早く竜化を解きたかったんだ」
ああ、あれは怪我していたわけじゃなく、疲れ切ってたから。
見ればまだ顔色も悪いし、それだけ疲れていたのかも。
「ああ、大変だったというのは聞いた。
一週間で戻ってくるはずだったのに、一か月も振り回されていたのもな。
だが、リディは令嬢なんだぞ。
早朝って、まさか夜着姿だったんじゃないだろうな?」
「あ、大丈夫よ。上にガウンをはおっていたわ」
「それは夜着姿と変わらないだろう!?」
ダメだったらしい。
眉間にしわをよせた竜王様が、低い声でルークを問いただした。
「ルーク、お前リディの夜着姿を見たのか?」
「申し訳ありません……。
早朝でまだ暗かったので、あまり見えませんでした。
けっしてわざとではないですが、
令嬢の部屋に無断で入ってしまって悪かったと反省しています」
「リディは未婚の貴族令嬢だ。
この意味はわかるか?」
「……っ!?」
ん?未婚の令嬢?
もうすでに貴族令嬢ではないと思っていたのだけど。
竜王様は厳しい顔つきのまま。ラディも怒っているように見える。
「ルーク、リディとの婚約を命じる」
「えええ?」
「……わかりました」
「ちょっと待って?どうしてですか!?」
驚いたのは私だけで、他の人たちは当然だとうなずいている。
混乱している私にラディが呆れたように言う。
「リディ、辺境の国であっても公爵令嬢ならわかるだろう?
令嬢が夜着姿を見せていいのは婚約者だけだ。
夜中の私室に入れて問題ないのも」
「え、あ……そうなるのね」
言われてみればそうなんだけど、まったく気がついてなかった。
私の場合、普通に社交することはなかったから、
男女のおつきあいとか頭になかった。
今朝の場合、ルークがテラスにいるのに気がついたのなら、
廊下にいる騎士たちに助けを呼ぶのが正解だった。
それをせずに夜着姿で会い、その上部屋に通してしまった。
私の部屋から出ていくところを誰かに見られていたら……。
「まぁ、もともと婚約させるつもりではいた」
「え?」