15
事態は最悪の状況なのかもしれない。それをどうにかするべく私が呼び戻された? ラジーノやゼノでは対応できないわね。
彼らのことだから私を贄にする気なのか。そう考えると溜息しか出ないわ。ダリアも同じことを考えていたようだ。
「リヴィア様、私達は何処へでも最後まで付いていきます」
「ダリア、ありがとう。状況は、すこぶる悪いわ。これからどうなるのかしらね……」
ダリアと話をしていると、ノック音がする。
「リヴィア王女殿下、サロンにて陛下がお呼びで御座います」
陛下付きの従者が呼びに来た。
「分かったわ。今、行くわ」
リヴィアは重い溜息を吐いた後、ゆっくりと立ち上がりサロンへ向かった。
リヴィアがサロンに入ると既に陛下、王妃、アンバー妃、ラジーノ、ゼノが揃っていた。
王妃はこれ以上にないほど機嫌が悪く、誰とも目も合わせないようだ。
「陛下、お呼びでしょうか」
「リヴィア、待っていた。そこに座りなさい」
「お久しぶりです姉上。離宮からよく戻れましたね。俺なら恥ずかしくて出てこられないけどね」
「あら、ラジーノ。学院では首席で卒業できたのかしら? あっ、貴方の頭では難しかったわね。残念なのは親譲りなのかしらね? 気づかずごめんなさい」
「はあ!? 俺に喧嘩売っているの?」
「ラジーノ、黙りなさい。リヴィアもだ」
陛下の諫める声にチッと舌打ちしながら黙るラジーノ。やはり家族は相変わらずなようだ。
陛下はいつになく眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を作り、言いにくそうにしている。
「リヴィア、お前を呼び戻したのは理由がある。お前の結婚相手が決まった。カインディール国の第二王子の側妃として嫁ぐことが決まった」
陛下はそう答えると、ゼノが笑い出す。
「姉上は売られたんだよ。カインディール国に。おめでとう!」
「どういう事かしら? ゼノ」
「国が飢饉の時にのんびり離宮に引っ込んでいたから知らなかったよね? 父上は穀物をカインディール国から譲り受ける代わりに牛千頭を交換しろって言ってきたんだよ。姉も一緒にだってさ。姉上は牛と同列だってことだよ。あはははっ」
「止めないかゼノ」
「父上、だって本当のことでしょう? これ以上面白い話なんて聞いたことがないね。あーウケる」
ゼノが言った事でラジーノやアンバー妃も笑い出した。王妃は怒りが頂点に達したのかテーブルに扇を叩きつけて折ってしまった。
一瞬笑い声は止まったが、アンバー妃はニヤニヤし、また笑い始めた。それを見た王妃は折れた扇を震わせたまま立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
王宮に帰ってきて早々頭が痛い。
私は王妃に後から何をされるのだろうか。思わずため息が出る。
「カインディール国第二王子であるドルク様の側妃として嫁ぐことになるのですね。承知致しました」
私はため息をつきたいのをぐっと堪え、陛下へ礼を執った。
「リヴィア……すまない」
陛下は私に頭を下げた。今まで見たことがない。父が頭を下げたことで弟二人も驚いたようだ。
「父上、なぜ頭を下げるのです!? こんな姉のためにっ!?」
すぐにラジーノもゼノも陛下に反論しようとするが口を噤んだ。
「ラジーノ、ゼノ。それは私の判断が間違っているということか?」
「い、いえ……。ですが、姉上は……」
ゼノは反論しようとしているが、陛下の怒っている様子に二の句が継げないようだ。私はその場の流れを静かに見守る。
「お前達はリヴィアが婚約破棄になった時も馬鹿にしていたな? 血の繋がった姉をそこまで馬鹿にする理由はなんだ? お前達は姉を馬鹿にできるほど優秀だったか? ジョール、ラジーノとゼノの教育はどうなっている?」
陛下の執事、ジョールは顔色を変える事無く答えた。
「ラジーノ王子殿下は王子教育をギリギリ合格したところでございます。帝王学、王太子になるための領地学や政務学など未だ不合格が出ております。
ゼノ王子殿下もラジーノ王子殿下とあまり変わりません。お二人とも勉強が苦手だと逃げ回るのは側妃様の影響だと思われます」
先ほどまで笑っていたアンバー妃はビクリと肩を一瞬震わせ固まった。
「儂はアンバーを愛し、アンバーと王家に残る息子達を大切にしてきたつもりだ。だが、リヴィアを疎かにしたいと思った事は一度もないし、お前達が馬鹿にするほどリヴィアが劣っているとは思わない。
……アンバーにお前たちを任せきりにしていた儂の責任だな。
お前たちの教育はやはり王妃に一任するべきだったな。
あれは昔から才女だったからな。
ジョール、ラジーノとゼノをオリーディの元で一から学ばせろ。難しいのであれば側妃を新たに娶る」
珍しいものだ。陛下がそこまで言うのは。けれど、遅いわ。二人とも落第点。もっと前から分かっていたことでしょうに。
今更そんな事をしても王妃の怒りは収まらないでしょうね。
陛下がアンバー妃を迎えなければ私がこうして犠牲になることもなかったかもしれない。




