#2【いっやぁー、参っちゃうよねぇー】
「なんの説明にもなってないよ!?」
驚嘆のあまりを出し尽くしてすぐ。
無言のまま、半径1mの中で理解が追いつかない様を身振り手振りで表現している女の子。
そんな彼女は、最近できた私の可愛い友達である。
いつも明るくて、なにかと楽しそうに大きくリアクションしてくれる子。
心の声を疑う必要のない性格は大変居心地が良く、私が笑い声に不信感を抱かない数少ない相手。
そうした性格の彼女が取り乱すことになったのは、この状況のせい。
健康診断で診断された私の身長は164センチ。
体重は51kg。
ウエストをギュッと絞りたいとか宣う癖して、ミスドのポンデリングを貪り食っているような人間が生み出した体。
普通より少し細い体型とは言われるが、私自身が憧れている女性の体とは程遠い。
ある種身長以外は平均的な身体。
その体を毎日振りまいて生活していたのだけれど。
「いっやぁー、参っちゃうよねぇー」
見せつけるのは巨大な体躯。
この体は女の子というにはあまりにも大きくって、学校の木を下から見上げていたのは昨日まで。
今日は草葉の屋根が体に当たって痒いし、枝が目に入りそうでちょっと怖い。
毛虫も居そうだから、今は校舎の壁にへばりついている。
「参っちゃうで片付けられる範疇超えちゃってるよ……」
「えへへ、だよねー」
腕や脚、胴や首すらもロードローラーの車輪のようだと言っても多分過言ではない太さ。
体自体はかなり筋肉質で、重たく硬いのだけれど、ありあまる怪力のおかげか動きにくくはない。
「だよねーって、当事者意識欠けてませんか東雲さん」
「まぁ、なっちゃったものは仕方ないじゃないですか。私としては苦しみから解放されただけでもういいかなって」
そう言った瞬間、女の子は青ざめた表情を強く浮かべた。失いかけの肌色と、怯えて震える手の指先。
「く、苦しみって、なに…。人、殺してないよね……」
「飛躍しすぎだよー。全然そんなんじゃない。普通に生理痛。……なんかこの体になった途端痛みが消えたんだよね。痛みに負けるな! どころか勝っちゃった」
「あー……あー…うん、はい」
生理痛の消失が嬉しくって手をピタリと合わせ、ユラユラ体を捻ってみせると、ベージュ色の長めの体毛がパタパタ揺れた。
そんな折り、彼が口を挟んだ。
「……オレガ、カタガワリ、シテイル。カラダヲ、カリル、ジョウケンデ」
「……そうなんだよねー。いやぁほんと棚からぼたもちって感じだよね。ほんとありがとねモフモフくんっ、この体のことまだ全然知らないからたくさん教えてね」
「……オレモ、シラナイ。タクサンオシエテ」
「……まかせてモフモフくん!!」
「……アリガトウ。シノノメ ユウナ」
「仲睦まじいとこ悪いんだけど、交代交代に首から顔が生え変わるのどうにかならないかな!?」
この身体はあの日、バケモノことモフモフくんと融合した。
特別 体がグニャグニャになったとか、痛みを伴ったとかはなかった。
ただ普通に融合して、立ったり座ったりする感覚でこの身体に返信する事ができる。
立つ時にこの身体になり、座る時に元の体になる遊びはミニジェットコースターに乗っているみたいで結構楽しかった。
けれどそんなお気に入りの体の問題点と言えば、モフモフくんと直に意思疎通できないこと。
聞こえてきた物、見えているものは全て共有されているのだけれど、体自体は頭部に依存している。
だから、頭は私、体をモフモフくんが操るみたいなことはできない。
昨日の夜、色々実験してわかった事だ。
そんな体で唯一の意思疎通方法が、ノートや音声記録媒体を用いてやりとりすることと、頭を逐次入れ替わえて擬似的に会話する事。
私個人としても一々ノートに書いたりスマホに声を乗せたりするのが面倒くさく、どちらかといえば頭を変えることの方が楽だから好み。
ただ、その欠点がなんとも言えないグロキモさ。
コミカルといえばそう思えるが、モグラ叩きのもぐらみたいに入れ替わるのはとてつもなくシュールでキモい。
スマホで動画を撮った時、戦慄した。
まぁ……だからこそ、静香ちゃんの気持ちはわかる。
わかるけど、言われると辛い。
私の体の機能になっちゃったんだもん、この頭部格納機構。私を否定された気分になっちゃうよねっ。
「……あーあ、さいてー。人が気にしてることをズケズケと。傷ついた…苦しい」
そう呟いた瞬間、無理やり主導権を握るようにしてモフモフ君が顔を出した。
「……シノノメ ユウナ、クルシンダ。エノモト シズカ、コロス」
そんな物騒なことを口にしながらぶっとい両手をぐーっと広げ、狙いをしずかちゃんに定め始める。
その巨影に晒された静香ちゃんは、顔面を蒼白にさせたまま一歩も動けずにいた。
プルプルと震えた脚。
トテンと地面についたお尻。
荒い吐息と抜けた腰。
後退りする力も抜け落ちているよう。
涙を多量に流して、差し迫る危機の中で振り絞る助けを求める声。
「ゆっ、夕凪、夕凪…ゆうっ、ごめんなさいゆうなっもどってきて…ゆうなさん…ゆうなさんとめて……ゆうなさんっ」
蝶の羽ように構えられた巨腕の姿勢。
振り絞り、射出された剛力の暴風圧。
「いやぁ……」
蚊ほども鳴らない消えかかった声を掻き消すように、それは瞬く間もなく衝突するーー
「ただいま」
ーー直前、私は体の主導権を取り返した。
「………」
一息ついて、静香ちゃんは無言で立ち上がった。
腰を半分くらい失ったかのような足取りで、スタッスタッとやってくる。
その姿は情けない様相なのだけれど、とても可愛らしく映った。
俯いた顔に浮かぶ表情は、この身長差ということもあり伺えない。
そんな無言を噛み締める静香ちゃんが、ついぞ大きく振りかぶった拳一投足。
その小さな拳は壁のような腹へと襲い掛かったが、それを目前にして。
止まった。
止まって、もう一回殴ろうとして、また止めて。
暫しの葛藤の末、ギュッと眉を潰してこっちを見上げた。
「っぶっ殺してやる!!!」
流石にからかい方が不味かった。
本当にごめんなさい静香さん。
スタバ、奢らせてください。