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襲撃

※残酷な表現があります。

 人が死んだり、虐待のシーンがあります。

 愛莉は無事ですが、苦手な方は飛ばすことを推奨いたします。

 途中で母親が目を覚ます事はないまま、楽しい空の旅は一時間も経たないうちに終了した。


 アオの飛ぶ速度は速く、飛来物から守るためと温度管理等もされる結界が貼られている為とても快適であった。残念ながら、それを知っているのは愛莉だけだが。


 とにもかくにも、この一時間にも満たない空の旅の間に、愛莉はこの大きなオオカミのことも含め、アオという青年が大好きになってしまったし、アオも懐いてくるかわいい人間の女の子にメロメロになってきたというのは間違いないことだった。


 母親が目を覚ました時にはアオは元の現代に適応した元の青年の姿をしていたし、何より時間が差し迫っていたので待ち合わせ場所の山奥へと向かったのだった。


「ねー、すごい山奥なんだけど。カラス天狗とか出てきそうなんだけど」

「カラス天狗ってなあに?」

「えっ、愛莉ちゃんカラス天狗知らないの?なんていうのかな、カラスと天狗のハイブリッドっていうの?」


 くすくす笑う愛莉に、大真面目にカラス天狗の説明を続けるアオ。

 落ち着かない様子でスマホをずっといじっている母親に……少し薄暗くなってきた山中をヘッドライトが照らした。


「あ、おじいちゃん来た?」


 しかし、車は大小合わせて全部で五台。

 荒々しくドアが開け閉めされ、ぞろぞろと大人が下りてくる……。

 その数たるや、30名程はいるのではなかろうか。

 しかも、全員和装であり、アオはその揃いの服装を遥か昔に見た覚えがある。


「え、まじ?全員退魔師じゃん。ひっさびさ見た」


 手に手に錫杖や紙や木の札を持つ集団。

 あまりにも異様な光景に愛莉はアオの手をそっと握ろうとする……が、母親が反対側のを乱暴に掴んで引き離し、退魔師のほうへとひきずりながら大声を上げる。


「すいません、ちょっと遅くなりましたが、ちゃんと連れてこれたので……!これで借金は無かったことになるんですよね!!!私らは無事に逃がしてくれて、お手当も上乗せしてもらえるんですよね」


 退魔師の集団は何も言わないが、やはりオオカミのバケモノよりは得たいが知れなくとも人間の方が安心できるのだろう。女は娘を乱暴に引きながら声を上げた。


「これで契約は完了!!お前もノロノロしてないで、さっさとズラかるんだよ!このノロマが!!」


 娘は怯えた表情は浮かべていなかった。もう慣れっこなのだろう。ただ悲し気な顔でアオを見ていて乱暴に引きずられるがままになっている。

 

 退魔師の集団は、二人を保護する素振りなど見せず、今回の標的であるアオ--大江山の大妖怪の意思を現代に次ぐ化け狼へと襲いかかった。


 ある者は雷撃を。ある者は火炎を。ある者は式神と呼ばれるものを使役する。

 しかし、誰一人としてアオへと肉薄することすら許されずに、一人、また一人と命を減らしていく。


 そんな血の匂いと断末魔が響く中、アオの能天気な声が上がった。


「ちょっと、お母さーん?愛莉ちゃん痛いと思うんだけど」

「うっさいわ、このバケモノが!!!お前なんかさっさと退治されちまえ!!!」

「うわ、超絶可愛いのに口わるーい」


 どこまでが本気で冗談なのか分からない笑みを浮かべ、言葉を返すアオにカッとなったのだろう。

 そしてその苛立ちは、いつものように娘である愛莉へと向けられる。


「何やってんだい、あんたは!!!さっさと行くんだよ!!!!」


 大きく右手が振り上げられ、何度も愛莉の顔や頭へと打ち落とされ、少女の小さな体が地面へ倒れた時に、長いワンピースの裾が翻り……今出来たものではないアザや傷跡がアオの目に入る。


 そして、アオには確かに聞こえたのだ。少女の「アオくん、逃げて」という小さな声が。


 その瞬間、アオは遥か昔の記憶に吞み込まれた。


 大好きな酒呑みの主が死に、これ以上人間に穢されてたまるものかと。

 埋められた主の首を喰らい、大好きな主の友に会いに行った小さな狼は、大江山に生き残ったあやかし達を頼まれたのだった。


 やがて百年が過ぎ、そしてまた百年……時代と共に姿を変え、在り方を変えて仲間たちを守り、上手く生きてきた。


 ただ、正直「生きる」ということに疲弊してきた。しかしながら、大切な者が死ぬ度にその妖力を受け継ぎ、繋ぎ……誰も殺せない程に、アオは強くなりすぎてしまった。


 そんな大妖怪たる自分に、今にも殺されそうになりながら「逃げて」と促す人間の少女。


 その一言が、アオの心の何か柔らかい場所に刺さった。とても暖かい何かだ。


 そんな少女を打ち据えている女。

 気まぐれに騙されてやったが、もう付き合う必要もない。


 アオの中の残忍な妖怪が囁く。


ーーアレを奪って、自分のモノにせよーー


ーー嫌だと言っても逃げられない様にすればいいーー


 

 ダメだよ。

 奪ってばかりのやり方では、何も手に入らない。1番欲しい相手の心は絶対に手に入らない。



 ぼんやりと動きを鈍らせたアオを狙い、母娘の後ろから渾身の雷撃が放たれた。


 しかし、アオの反応は早かった。


 稲妻より早く駆け寄り、娘だけを抱き上げ、雷撃をかわし……母親は物凄い熱量の雷撃に呑み込まれた。


 それから数刻が過ぎ、残ったのは物言わぬ揃いの衣装を纏った人だったものの死体の数々。

 その中には、少女に暴行を加えていた女だった姿もあった。


 命があるものは、返り血にまみれた青年と、大切に抱き抱えた少女だけだ。


「ごめん。ごめんなあ……昔から、そうなんだ。子を虐げる親が憎くて憎くて。でも、オレの親じゃあないから、殺さないようにって思ってたんだけど、助けることはできなかった。ごめんなあ」


 意識のない愛莉を、血溜まりのできていない場所へ横たえたアオは、両手を合わせ、何事か呟く。

 そうすると、まるでガラスでできたような美しい氷の棺が現れた。


 汚れや血を清めた母親をそっと氷の棺へと納めた。

 しかし、雷撃の直撃を喰らったのだ。美しかった美貌は見る影もない。


「あーあ。せっかく可愛い顔だったのに、ごめんなあ」


 そろそろ戻らないといけない約束の時間だ。

 退屈しのぎというには、あまりに大きい出来事が起きてしまったので、アオは深くため息を吐いて……意識の戻らない愛莉を抱き上げその場を後にした。



*******************************************************


 山の夜は暗い。

 単純に暗いのではなく、そこかしこの闇に息づく者たちの仕業だ。


 でも、この現代になってあやかし達も姿を減らしてしまったとアオは思う。

 アオの守る大江山の仲間たち以外も、同じように集団となって現代に対応して生きている者もいるにはいるが、それでも数はぐっと減った……。

 執拗に狙ってくる退魔師のせいなどではない。時代なのだ。


「ん、んんぅ」


 アオの腕の中で、少女が身じろぎをする。

 目覚めるには、あまりにも暗すぎる。そう思ったアオは仄かな明かりを灯した。

 

「おはよう、愛莉ちゃん」


 青あざだらけになってしまった少女の顔を、痛くないように細心の注意を払ってそっと触れる。


「アオくん……ママは……死んだんだね」

「ごめんね、オレは助けなかった」

「ううん……悲しいけど、でも、いいの」


 ポツリポツリと少女はこれまでの生活を話した。

 今までと同じように、子供連れということを利用して詐欺を手伝わされていたこと。

 気に入らないことがあれば殴られ、押し込められ、男が一緒に帰ってくれば追い出され……そうかと思えば、音沙汰なく何日も帰らない日が続いたこと。


 今までの事を幼い彼女なりに整理しようとしているのだろう。

 アオは根気よく全てを聞き、頷いた。


「でも、ママはちゃんと帰ってきてくれたんだ。でも、それは私が仕事に必要だったからかもしれないね」


 泣きながら笑みを浮かべようとする愛莉の瞼を、アオは優しく覆った。


「本当はね、気づいてたんだ、きっと」

「愛莉ちゃんは、オレが怖くはないの?」

「私はアオくんが好き。ママが死んだ事は悲しいけど、でもアオくんは私を守ってくれたよ」

「……オレさ、オオカミのバケモノなんだよね」

「人間は、誰も私を助けてくれなかったよ。オレンジジュースくれたのは、アオくんだけ」

「……そっか」


 肩口で揃えた髪の毛は最近切ったのだろう。

 手入れもろくにされず、綺麗に見せようとしたあがきなのか、切ってもまだ荒れている髪をそっとアオは撫でた。


「愛莉ちゃん、帰る所ないよね」

「アパートはあるけど……」


 帰った所で、戻ってくる人間などもちろんいるはずもない。

 バカな事を尋ねてしまったと、アオは自分をぶん殴りたくなった。


「しばらく、オレと一緒にいようか」

「アオくんと?」

「うん。人間の暮らししよう」

「ふふっ、人間の暮らし」


 妖怪であるアオが言ったのが面白かったのだろう。

 愛莉はクスクスと笑った。


「そう。人間の暮らし。それを少しして、人間も悪くないなって思えたら人間として生きたほうがいいと思うんだ」

「……その時、アオくんはどうするの?」

「オレはオレの住む場所へ帰るだけだよ」


 少女はしばし考え、何か言いたそうにはしていたが……幼い彼女には言葉にすることが難しかった様で、しばし逡巡した後に、こくりと首を縦に振ったのだった。



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