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優しい歌と翼

「お母さんは、夕方までに安芸国へ到着すればいい。オレは夕方にはここに戻ってこないと……オレが殺される」

「えっ」

「まあ……」


 アオの言葉に心配そうな表情をする愛莉と、口元を抑え曖昧な笑みを浮かべる母親。


 アオの待ち人がアオに危害を加えることは絶対にないのだが、アオのメンタルをガツガツと削ってくる攻撃……いや、口撃を繰り出されるのはまず間違いない。考えるだけでちょっと具合が悪くなってくる。


「今がお昼前だからー…。新幹線?で四時間くらいかなあ?飛んでったほうが現実的かも」

「でも、飛行機を手配するようなお金なんて……」

「だいじょーぶ、その辺は心配しないで。ひゅーんと飛んでっちゃお」


 安請け合いをするアオに、飛行機代も出してもらえそうでほっとする母親。それを見た娘は暗い顔をしている。


「そしたらちょっと時間あるし!お母さんはちょっとゆっくりお化粧でも直しててよ。オレは愛莉ちゃんとお菓子とか飲み物買ってくるし」


 言ってから、娘と二人なんてとアオは思ったが、母親はチラリと愛莉を一瞥して頷いた。


「そそっかしいし、気も利かない子ですけど、荷物くらい持たせてやってくださいね」


 ぐっと言葉を飲み込み俯いた愛莉の前にアオはしゃがみ込んで目線を合わせる。


「やったね、お母さんのお許しも出たし、おやつ買いにいこっかー」


 へらっと笑ったアオにつられ、愛莉の強張った表情も少し和らぐ。

 小さな冷たい手をそっと取って、二人は買い物へと向かった。



*******************************************************************



 すっかり身支度を整え直した母親と、二人が合流したのは正午が回った位だった。


「お昼ご飯選んでたら遅くなっちゃった、ごめんねー」

「い、いえ……でもさすがにそろそろ出発しないと、間に合わなくなってしまいます」


 平静を装いながらも、母親の顔色は悪く、やはり何かに怯えているように感じる。

 退屈な時間に舞い込んできたトラブルの香りにアオは、久しぶりに浮き足立つ気持ちを感じていた。


「空港へ向かわないと……一体どこへ行くんですか」

「だから、ぴゅーんとひとっとびでしょ」


 人通りの少ない路地。

 そこからさらに奥へ進み……建物の入り口の前で立ち止まった。


「ここから行こうと思ってるんだよね」

「ここから……?」

「?」


 アオが扉に手を当て、そっと何か呟くとドアはギィと音を立てて開いた。


「怪しい所じゃないよ、こっちにあるオレの会社の建物だから」


 訝しむ母親の横を、愛莉がすり抜けてアオと手を繋ぐ。

 アオは笑みを浮かべ、愛莉の頭を優しくなでた。


「愛莉ちゃんはかわいいね~。ちゃんと送ってってあげるから安心してね」


 母親も渋々と後に続いた。三人の姿が建物の奥に消えた頃……入口のドアは音もなく消えたのだが、それは余談である。



********


 そんなに大きな建物に感じなかったが、意外と高さがあったらしい。

 エレベータに乗り込んだアオが押したボタンは、10Fの上に表示されたR……すなわち屋上だった。


 差し迫る時間が気になるのであろう、母親は笑みを浮かべてはいるもののソワソワと落ち着きなく顔色は悪いままだ。


 到着を知らせる音と共にドアが開くと……そこには水を湛えた広い庭園が広がっていた。

 屋根はガラスで覆われており、暑いかと思いきや少し涼しい。


「わあ…綺麗…」

「オレのこだわりの庭なんだよー。ミズはオレが仕事すると怒るし。トラちゃんは遊んでてくださいしか言わないし……」


 控えめながらも、目をきらきらと輝かす愛莉の頭を軽く撫でてから、アオは手を引いて部下たちへの文句を言いながら庭園の小径を進む。

 しばらく進むと外に繋がるドアがあり、そこから屋外へ出てしまう。


「さあ、ここからぴゅーんとひとっとびしていくよ」

「ここから……?」


 乗り物なんて何もない。ビルの狭間にあるひときわ小さなビルだ。

 不審げな母親に、アオは先ほどの買い出し袋を渡す。


「かわいい爪してるのにごめんね、ちょっとコレ持っててくれる?」


 愛莉の手を離し、アオはゆっくりと両の掌を合わせ、何事かを呟いている。


 やがて、アオの体はゆっくりと形を変えていく。

 ……呆然として腰を抜かす母親と、優しい声の歌に聞こえた娘は、うっとりと瞳を閉じて聞き入る姿は対照的だ。


 目の前に存在しているはずなのに、靄に包まれたようにアオの姿かたちがハッキリと認識できない状態は束の間。パッと晴れるように大きな翼の生えた大きな……犬の姿があった。


「い、いぬ……!?」


 すっかり腰を抜かした母親に、アオであった犬……正確には狼であるが、なんにせよアオであったものは口を開いた。


「二人くらいなら乗れるでしょ。あんまり揺れたりしないし、お昼ご飯食べてれば到着するよ」


 あまりにも変わらない、へらへらした調子に愛莉はとうとう笑い声を上げた。

 数年ぶりに聞いた我が娘の笑い声に、母親はぎょっとしたように目を見開いた。


「アオくん、アオくんだ。体の色も髪の毛と一緒で、目も綺麗な青色。アオくんは本当はワンちゃんだったんだね」

「ええー、誇り高いオオカミなんだけどー」


 和気あいあいと話す二人……いや、一人と一匹だったが、母親の悲鳴が響き……。

 困ったアオは、母親は背中に括り付けて愛莉を前に乗せて出発することに決めたのであった。




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