出会い
ある日、夢の中でアオという青年と怒ってる女の子に出会いました。
目覚めた時に寂しくて、二人の事を忘れない様にちょっとだけ残しておきます。
昔の九月はこんなに暑くなかったぞと、青年は気だるげにビル街の空を見上げた。
残暑って言葉なんて、もう無くしてしまえばいい。秋の詫び寂びなんて一かけらも感じられない…いや、入道雲はもう形を保っていられなくなっているから、やっぱり秋なのかもしれない。
細身だが、しっかりとついた筋肉。ちょっともっさりとはしているものの、綺麗に脱色されたアッシュグレイの髪。よくよく見るとカラーコンタクトでも入れているのだろうか。瞳は少し青みのかかったグレーだ。
これだけ容姿が整っているというのに、遠巻きにチラチラ見られるだけで誰も声はかけない。
それもそのはずで、この青年はオフィス街の地べたに座り込んで空を眺めているのだった。
不審すぎて誰も声をかけるはずもない。
「あーあ。終わるの夕方って言ってたもんな。待っててもヒマだし、どっか行くかなあ」
どっこいしょ、と。まるで老人のような掛け声と共に重たい腰を上げ、デニムについた汚れをパンパンと叩いて歩き出した。
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「きゃああ!!ご、ごめんなさい!!!!」
駅前の大通り。
久しぶりの都会に、なんだか楽しくなってきた青年がお上りさんよろしくキョロキョロとしていると、横から思いっきり女性が突っ込んできた。
「うわっと……!キミ大丈夫?」
ひょいっと避けて、そのままクルリと女性を抱き留めてやる。
一連の動きは、まるで女性が突っ込んでくるのが分かっていたかのように洗練されていた。
女性の長い髪の毛がふわりと宙を舞う。
「あああ、ありがとうございます!」
そのままひょいと女性から手を離し、顔を覗き込んだ青年は顔をしかめた。
「めちゃめちゃ顔色悪いけど、具合悪い?」
男性であれば、ハッと目が覚めるような美しい女性だった。
体をラインを強調するような、少し露出高めの服を着てはいるがよく似合っている。
しかし、このうだるような暑さの下、女性の顔は青白く、よくよく見ると薄っすらと冷や汗のようなものもかいているように見える。
穴だらけで通気性のよさそうな服だから、体が冷えちゃったのではと青年は心配に思った。
「実は……すごく急いでまして」
「あ、そうなんだ。引き止めちゃってごめんね」
「いえ、あの……夕方までに待ち合わせ場所へ付かないと……」
言い淀んだ女性の整った顔に配置された、綺麗なアーモンド形の二重の瞳からぽろぽろと涙が零れてきた。
「わ、わわわ!ごめん!なんかごめんね!」
慌てた青年の服の裾がグイっと引かれ、そちらの方を見るも誰もおらず……そのまま視線を下げると小学校低学年程の、これまたものすごい美少女が居た。
母親そっくりに整った顔。母親と違う所といったら、肩口ほどで揃えた髪型に、露出の少ない薄手の長袖ワンピースくらいだ。体は冷えないだろうけど、こちらはこちらで暑そうだ。
「……ママがすいません」
「え、あ、娘さんかな!?お兄さん、悪い事してないんだよ!?」
慌てて弁明すると、少女は暗い顔で視線を落としたので青年はますます慌てる。
泣いている母親と、小さな娘に服を掴まれている男。
明らかに不審である。
駅前ということもあり、人目につくので今は遠巻きにヒソヒソとされているが、青年の大嫌いなポリスメンがやってくるのは時間の問題とも言える。
警察のご厄介になった場合、待ち人である部下がするであろう最高の渋面を想像し……青年はちょっと泣きそうになった。
「……うん、ちょっと落ち着こ??急いでるのは分かるんだけどー、あっちのほうでちょっとコーヒーとか?飲もうか?ね???」
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急いでいた割に、すんなりと言う事を聞いてくれた母親に買ってきたアイスカフェオレを渡す。
相変わらず青ざめてオドオドとしているが、もう泣いてはいなかった。
木の下のベンチで休んでいる母親に飲み物を手渡し、少し離れた所に座っていた娘に声をかける。
「ごめんね、びっくりさせちゃったよね。ええと……」
「愛莉」
「愛莉ちゃん?」
「うん。……ママはラブリって呼ぶけど気にしないで愛莉って呼んで欲しい」
「おっけー。あ、オレはね。アオって呼んでね」
「アオさん」
「うんうん。じゃあ愛莉ちゃんにも飲み物!オレンジジュースで良かったかなー」
「えっ、私にも?」
きょとんとした後に、青年-アオの持っているカップを見て嬉しそうに顔を綻ばせて受け取る。
「ありがとう。アオさん」
両手で大切そうにぎゅっと抱えた袖の下から見えた腕は、その年頃の子にしてはあまりにも細いように感じ、アオはブルーがかったグレーの瞳を少し細めた。
「アオくんでいいよ。友達になろっか、愛莉ちゃん」
戸惑った様子の愛莉だったが、こくりと頷いたので、アオはママの所に戻ろうかと声をかけた。
「さっきは泣いたりして、ごめんなさいね」
青ざめた顔に、笑みを掃いた母親はペコリと頭を下げた。
チラっと愛莉に目を走らせ、オレンジジュースに気が付いたのであろう。
「ラブリの飲み物まで……」
「暑いからねー、飲み物飲まないと。余計なお世話だったらごめんね」
母親の言葉を遮り、アオはへらりと笑う。
「それでー、そんなに急いでどうしたの?」
「実は……今日の夕方までに待ち合わせ場所に行かないと、父が殺されてしまうんです」
「え、まじで」
にわかには信じがたい話であったが、母親の怯える様子を見ると嘘だとも言えず、アオは顎に手を当てて首を捻り、ポケットに差してあったスマホを取り出して地図アプリを起動する。
「ええと、地形に弱くって。待ち合わせ場所ってどこなの?」
地図アプリを渡された母親は面食らったようだったが、綺麗なネイルが施された爪を画面の上に滑らせる。
「ここです」
「へえ……安芸国のあたりか」
「あき?」
聞き慣れない地名に戸惑う母親に、アオはニコリと笑みを向けた。
「いいよ。オレが夕方までにそこに連れてってあげる」
「ママ…「いいんですか!!!!!ありがとうございます!!!!」
何かを言いかけた愛莉の言葉を遮り、母親がペコペコとお辞儀をする。
「愛莉ちゃんも、おじいちゃん殺されたくないもんね~。ちょうどヒマだったし、オレが連れてってあげるよ」
誰がどこから見ても怪しすぎる話だが、アオという青年はへらりと安請け合いをしたのだった。