09 対決
僕は湊川に電話をかけ、アイツがよく利用している飲食店に呼び出した。木下と会話をしていたあの店だ。
「おい。優香はどこだ?」
「ここには来ないよ。湊川のやってたことについては、もう色々と知ったからな」
「何をだ? お前が優香に吹き込んだのか?」
「湊川はプロに調査されてることに気づいてなかっただろ。彼女にはその報告書を読んでもらったんだよ」
「プロ?」
「探偵事務所だよ。大手に頼んだら3桁万円かかった。丁寧な仕事をしてくれたから文句はないけど」
「……何を知ってる?」
「イジメの復讐に女生徒を利用したこと。素人を使ったダークな仕事。これまでの女性遍歴とその証言。無精子症の診断を受けたのか別人なのもわかってる。鈴原に関してならお仲間に話した内容が音声データとして残ってる。聞けば百年の恋だって冷めるだろう」
「全部偽造だ。優香がお前なんかを俺より信じたりするかよ」
「使った手が悪かったな。お前以外には妊娠させられなかったことを鈴原自身がよく知っている。僕に鈴原を嫌わせてその醜態を裏で笑うつもりだったんだろ。だけど教室であんなことを言わせるとはな。愛情がないと思われてもしょうがない」
「……お前。本当に優香とやってないのか?」
その言葉に僕は驚いた。湊川は騙していた鈴原さえ信じてないんだな。
「本気で疑ってたのか?」
「おまっ……自分が教室で何て言ったか…」
「湊川。お前は僕が思ってた以上に独りよがりだったんだな」
「なんだと」
「自分のことが本当に好きで浮気もしていないんだったら自分が何と言おうと女は子供を産むはずだ。不安になって堕したのはその愛情が偽物だからだ。お前はそう思ってるんじゃないのか?」
「……」
「鈴原は、お前の母親とは違うんだぞ」
「ああ?」
湊川は一層険しい顔になって僕をにらんだ。
「鈴原は妊娠とその後に浮気だと言われたショックで心が弱ってた。お前は彼女に妊娠させたのが僕じゃないのかと疑ってみせて、違うなら証明しろ言ってあんなことをさせたんだろ。僕に心当たりがあったら動揺するはずだとか言って」
「……」
「でも、鈴原はもう妊娠したことを親に話した。そしてそれを受け入れてもらったんだ。もう彼女にお前の手口は通じない」
「話した? あいつが親に? ……マジか」
湊川は本気で驚いていた。そうさせないように鈴原を追い込めていた自信があったんだろう。
「そういうわけだ。子供のことはもう解決した。彼女の両親はお前がしたことを知っている。鈴原はもう学校にもお前の所にも姿を見せることはない」
「……じゃあ、お前は何をしにきた? 全部解決したんだろ?」
そう思いたいところだが、湊川がこのまま大人しくしている保証はない。それにあの父親の様子だと湊川を放置しておくとは思えない。コイツがどんな目に合おうとそれは構わないが、鈴原の大事な家族が犯罪で手を汚すのは防ぎたい。
「僕はそう思ってない。お前がこれまでにしたことを考えたらな。湊川、どうしてあんなことをした」
「童貞には説明してもわからないだろうよ」
「その話じゃない。復讐に女を利用したことだ。それも無関係な人間を何人も巻き込んで」
「……何言ってんだ? 意味がわかんねえな」
「中学で大きな事件があっただろ。妊娠した女子生徒が自殺未遂を起こして、それがイジメ……というか犯罪だという話になって生徒が10人ほど処分を受けた」
「ああ、酷い話だったな」
「加害者たちは被害者から誘われたと言ってたそうだ。それで余計に世間から非難を受けることになったわけだ」
「アイツらクズばかりだったからな。そのくらいは言うだろ」
「死産になった子供のDNA鑑定では、加害者の誰とも一致しなかったそうだ」
「そうなのか。じゃあ、うまく逃げたやつがいたんだろう」
「どこからか女子生徒の証言が流出して、その曖昧な話にかなりの数の男子生徒が噂の的になった。そのせいで受験に失敗した生徒も少なくない」
「ふうん。関係のない俺は希望の高校に合格できたわけだ」
僕は懐から1枚の紙を取り出すと、湊川の前に置いた。
「何だ?」
「日本の男の100人に1人は無精子症だという話だ。男性不妊症の10人に1人が該当してる。閉塞性と非閉塞性があって、後者は精巣の発達に問題があることが多い」
話の途中で湊川は僕が言いたいことに気づいたようだ。
「ある10代の患者が自分の精巣、つまりキンタ◯が他人よりずっと小さいことを気にして診察を受けて無精子症と診断された」
「……」
「その患者は自分の名前で診察を受けるのが恥ずかしくて、同じ年代の他人の保険証を借りて病院に行った。その相手には今でも感謝しているそうだ。その患者の持っていた診断書のコピーがその紙だよ」
「……そいつが嘘をついてないという証拠は?」
「診断書には常人よりずっと小さかった精巣の大きさも記載されている。だからその診断書に名前のある人物の精巣の大きさを知ってる者がいたら、書かれた内容とその名前が一致していないことはすぐにわかる」
湊川の表情が僕の言葉に誤りがないことを示していた。どうやってこの事実を知ったかというと、以前診断書を見せられた女が病院の名前を覚えていたからだ。
もちろん病院は診察した患者のことを決して他人に話したりはしない。しかしその病院の窓口担当者に、記憶に残るほどの美形が訪れてないことを確認するだけなら問題はない。
後は探偵に頼んで湊川の知人関係にカマをかけてもらえばそれらしい人物の情報は集まった。なにしろ僕は同級生だ。湊川との付き合いが薄いその男に友人のふりをするのは難しくなかった。
「自殺を図った女子生徒は、間違いなくお腹の子の父親だと思っている相手に、自分は無精子症だからあり得ないと言われたのかな」
「……」
「彼女とその両親に僕の調べた内容を伝えたら、それとマスコミとかにも情報を流したら、前とは違った形で炎上するんじゃないか」
「……何が欲しい?」
「あえて言うなら、もう鈴原には近づかないということかな」
「……」
「じゃあ、そういうことで。その紙はコピーがまだあるからあげるよ」
そう言って僕はその飲食店を後にした。たっぷりヘイトを稼いだことだし、これで湊川が行動を起こすとしたらまず僕に対してだろう。