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08 回答#1

 さて。ここまでの僕の言動はどう評価されただろう。嘘は一つも言ってないつもりだ。僕に対する鈴原の好感度は上がったのか、それともストーカーだと認識されて下がったのか。


 こんなに真剣な想いなんだから相手にも通じるはずだ。なんて考えるのはストーカーの発想で、相手に自分への好意がなければむしろ逆効果として働くことになる。

 僕もこんな状況でなければ優香にここまで自分の気持ちを話すつもりはなかった。だけど先ずは彼女が誰よりも信頼している両親を説得することだ。言葉に遠慮なんてしてられない。


 彼女は一度は結論を出していて、電話での母親の口調からそれが僕にとって悪い話じゃなかったと思っている。だけどそれは親の反対を押し切ってまでじゃないだろう。僕と両親のどちらを彼女が信頼しているかは考えるまでもない。


「君が優香のことを好いてくれているのはよくわかった。だが、少し冷静に考えて欲しいことがある。君は生まれてくる子どもに愛情を待つことができるのか? お…」

「はい」


 僕は即答したが、父親の言葉にはまだ続きがあったようだ。


「……はい? 随分と簡単に答えるんだね」

「僕の中でははっきりしています。生まれてくる子供を幸せにできないのに結婚して欲しいなんて言えません」

「今の君はそう思うかもしれない。しかしいずれ優香が君との子を産んだ時に、その子と比べたりしないと断言できるかね?」


 それについては自信がある。でもできると答えただけでは説明が足りないだろう。


「さっきも言いましたが、僕は優香さんが赤ん坊を抱いて見つめているときの姿がとても好きなんです。彼女の優しさが一番素直に出てる姿だと思います。今までに3回しか見ていませんが僕の記憶に焼き付いています」


 赤ん坊を相手にしているときは、多くの人が自分の優しい気持ちを隠さなくなる。鈴原だって例外じゃない。


「結婚すれば毎日それが見れるんですよ。しかも抱いてるのは彼女自身の子どもです。きっと僕が見たことのない表情を見せてくれるんですよ。経験から言いますが優香さんに抱かれてる子は僕にはとても可愛いく見えるんです。そんな気持ちを毎日味わって僕が好きにならないわけがありません」

「そ、そうか」


 少し熱の入ってしまった僕の言葉に、父親は引き気味にそう応えた。


「とはいっても、育児が大変過ぎれば優香さんも余裕のある姿を見せられなくなるでしょう。そのためにもお母さんには育児への協力をお願いしたいと思います」

「ええ、それはもちろん」

「子育てで僕にできることなら、いえ、できなくても練習しますから遠慮なく指示してください。もちろん言われなくても関わるつもりです」


 中学の時に鈴原がしばらく抱いていた赤ん坊を女子たちが可愛がっていたとき、僕はそれをすごく羨ましいと感じていた。


「それともう一つ。こっちの方がより大きな理由です」

「それは?」

「もし僕が優香さんと結婚できるとしたら、それは今お腹にこの子がいるからです。そうでなければ父親として優香さんがこの歳で結婚するなんて認めなかったでしょう」

「……そうだな」

「もし優香さんが僕と結婚してくれたら、もしその後で別れることになったとしても、僕は一生その子に感謝し続ける自信があります」

「そうか。わかった」

「それで? どうするの順平さん。貴方が難しいって言ってた条件だけど、神崎くんはどちらもクリアしたわよ」

「わかっとる。ここまで言わせて見苦しいまねはせん」


 父親は椅子から立ち上がると僕に向かって頭を下げた。


「神崎くん。娘からは最近どれほど苦しんでいたかを聞いている。それに気づいて娘のためにここまでしてくれた君には、これからも娘を見守って欲しい。君以上に任せられる者はいないと思う」

「は、はい。ありがとうございます!」

「私からもお願い。貴方に出会えたことはこの子にとって本当に幸運だったと思うわ」

「任せてください。必ず優香さんのために全力を尽くします」


 よしっ! 僕は心の中でガッツポーズをとった。

 さっきの両親の会話からすると鈴原は両親に湊川からどんな扱いをされていたかを話してくれていたようだ。僕がここで話した彼女へ気持ちが思ったより好意的に受け止めてもらえたのは、その酷さとの対比もあったからだろう。

 これで鈴原としては僕との結婚に対する抵抗感がかなり和らいだはず。そう思って視線を送った僕に目を合わせないまま彼女が言った。


「いま思うと、神崎はわたしに何度も忠告してくれてたんだよね。あいつはそれを嫉妬だと言って、何もわかってなかったわたしはそれを鵜呑みにしてた」

「恋人とただのクラスメートでどっちを信用するかは明白だよ。それで僕もはっきりとは伝えられなかったんだから鈴原に問題があったとは思わない」

「本当にいいの? こんなに目が節穴の女でも?」

「騙されたのは仕方ないよ。あいつは性根が歪みまくっていたけど頭は悪くなかったから。あの話術には僕も感心したぐらいだ。根が素直な鈴原に見抜くのは無理だったと思う」

「随分と詳しいようだね、神崎君。優香を妊娠させた男について」


 父親が僕の言葉に反応して口を挟んできた。


「すみません。優香さんの許可もなく勝手にプロに調査を頼みました。そのことについては非難されても弁解できません」

「その内容を聞かせてもらえないかね。ああ、もちろん2人だけで」

「待って。それはわたしにも聞かせて欲しい。わたし自身のことなんだから」

「いや、それは……」


 僕としては聞かせたくない。湊川がこれまで周囲の人間にやっていたことは大人の男から見ても酷すぎる。若い女性がそれを聞いたら男性不審になっても不思議じゃないほどだ。


「かまわん。愚かな行動もあったが娘は一番の被害者でもある。知る権利はあるだろう」


 そう言われると僕も断れなかった。知りながら両親に伝えなかったことで不審感を持たれるかもしれないが、こうなったら全てを話そう。中途半端に隠すのは相手の信頼を失うことになりかねない。


 最初に湊川が虐められていた頃の話をした時は父親に同情的な反応もあったが、その後の女生徒を利用した報復ではその表情が厳しくなり、話を進めていって最後に診断書を使った責任放棄のことになると鬼の表情になっていた。


 報告書や音声その他のデータを父親の指定したストレージに転送すると、何とか感情を沈めた父親が僕に言った。


「なるほど。とんでもないクズだな。いや、単にクズではなく危険な毒蛇、宿主を殺す寄生虫と言うべきだろうな」

「すみません。僕が知り得た範囲だけでももっと早くご両親に話していたら優香さんの妊娠は避けられたと思います」

「神崎くん。それは自分に厳し過ぎない?」


 そう言ったのは母親だ。


「もしかして、優香ちゃんに責任があるってそのこと? でも自分にしか責任は取れないっていうのは?」

「湊川に責任を取る資格なんてありません」

「……そういうことなのね」

「神崎君。君がしてくれたのは普通ならとてもできないことだ。あの男も娘が妊娠に気づくまでは本性を隠していたようだから、君という人間をよく知らない時にこんな話を聞いても鵜呑みにはできなかっただろう」


 父親はそう言ったが、娘のことで怪しい話を聞いて何もせずにいられる人ではないと僕は思ってる。


「これで君の責任にするようなら儂に親としての資格はない。最近の優香の様子から事の大きさを察してやるべきだった」


 父親の声には抑えきれない怒りを感じた。それも半分は自分に対する怒りだろう。


「娘が相談できない親だったことを恥じいるばかりだ。君が娘にしてくれたことを改めて深く感謝している。取り返しのつかない事態もあり得たと思うと、正直言って湊川という男に対して自分を抑える自信がない。あ……いや。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 僕が説明する間に口を挟まなかった鈴原だが、その表情は怒りではなく恐怖で青ざめているように見えた。少しは残ってたかもしれない湊川への同情心もこれですっかり消えたようだ。

 動揺している鈴原に対して大切な判断を急がせるのは酷だろう。それにこれで彼女が受けた恋愛自体に対する悪いイメージが僕への答えに反映される可能性もある。


「僕はこれで帰ります。落ち着いたらまた連絡をお願いします」


 僕はそう言って鈴原家を出た。そして湊川がまた鈴原に関わってくることがないように、もう一度対峙することを決意した。

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