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56 愛香と誠太

「今月の下旬か来月の排卵日に妊娠したら、来年の8月か9月が予定日になるよね。ちょうどいいんじゃないかな?」


 優香が僕にそう言ったのは、彼女が大学生になって1年目の11月だった。


「もう少し遅れるかもしれないけど、それでも愛香とは3歳差だよね」

「3歳になってからって話だったよね?」

「それなんだけど、わたしが育児に忙しくなり過ぎたら学生生活に支障が出るから、というのが理由だったでしょう?」

「そうだよ」

「わたし、全然忙しくないんだけど?」

「いや。忙しいだろ」

「子育ての方よ。誠が頑張りすぎてるから。わたしやお母さんはもっと愛香の世話をしたいって思ってるのよ?」

「僕が頑張ってる? そんなことないだろ」


 愛香に関しては、僕はしたいことだけをしているだけだ。遊んでいるとも言えるけど、愛香のためになることを喜ばせるより優先してるから僕は世話という言葉を使っている。


「あー、うん。誠が子育てを楽しんでるのはわかってるの。それで、誠はもう1人増えたら大変だと思う? 誠が次の子の世話をする時間を愛香の時の半分くらいにしてもらうとしたら」

「愛香の世話にかかる時間は明らかに減ってるし、まったく問題はないと思う。あっでも、愛香ほど手間のかからない子に育っとは限らないんじゃないか」

「手間がかからなかった? 普通の父親がする何倍も愛香の世話をしていたと思うわよ。あれだけ先手を打って世話をされたら、愛香だって不満を言ってる暇なんてないわよ」

「時々は、泣き出してもすぐには手を出さないようにしてただろ。我慢できる訓練として」

「愛香もそれを覚えちゃって、少し泣いたら後は未だかなって顔で待つようになったけど」


 世話のかからない一番の理由は、何と言っても愛香が賢過ぎるからだ。これは親の欲目なんかじゃない。


「お母さんが可哀想だから、わたしは愛香の世話をするのを我慢してるぐらいなの」

「えっ! それだったら言ってくれれば」

「あ、ううん。誠がわたしたち以上に愛香に関わろうとしてくれるのは、本当に嬉しいと思ってるのよ。いつかあの子に本当のことを伝える時のことも考えたら」

「だとしても、優香を寂しがらさせていたのなら、それは僕が嫌だよ」

「だからもう1人なの」

「そうか。……じゃあ、僕も頑張るかな」

「あっ! 頑張らなくても、避妊をしないだけでいいの。今のままで……もう十分過ぎるぐらいだと思うから」


 そう言って優香はその顔を赤らめた。いつまでも僕の奥さんは初々しいなあ。


 ◇


 優香の妊娠がわかるまで、その日から1ヶ月もかからなかった。僕は愛香のときと同じように、ただし直すべきところは修正して、お腹の子に愛情を注ぐことにした。


 ◇◆◇◆


 長男であり愛香の弟になる子どもの出産予定日まであと2ヶ月になった。僕はいつもの通り親子で少し温めの湯に浸かっている。

 右の腿の上には優香が座って、少し上げた左の膝の上には愛香が横向きで座って肩まで浸かっている。愛香は時々立ち上がると大きくなった優香のお腹を撫でていた。


「せーた。もうすぐ、でてくる?」

「あと60日くらいかな」

「そんなに?」


 誠太(せいた)という名前は、超音波検査で性別がわかったすぐ後に優香が決めた。早く決めたのは愛香が名前を知りたがったからだ。

 愛香の時に行っていた胎教(後でそういうものがあると知った)もどきは、誠太に対してもやっている。でもその反応は愛香とはかなり違っていて、でもそれはそれで楽しい。経験したことは『誠太』のキングファイルにまとめている。


 自分の血を引く子どもができたら愛香に対する愛情が薄れるんじゃないか。僕はそんなことはないと思っていて、実際にそんなことは全くなかった。

 愛香も誠太も僕とっては間違いなく愛しい存在だ。愛香がお腹にいた頃の気持ちと比べたら迷うけど、より長く一緒にいた思い出の分だけ今は愛香に対する愛情の方が強いと言える。


 愛香の顔が僕に向くと、すぐにその顔に笑みが浮かぶ。きっと僕の笑顔が愛香に感染ったんだろう。この光景と2人から伝わってくる体温は僕にしみじみとした幸せを感じさせる。

 湯から出した僕の左手に、撫でてもらおうと愛香が頭を寄せてきた。僕は彼女が首をすくめるぐらいに強くその頭を撫でた。


 充分湯に浸かったので、体を洗うためにまず愛香を浴槽の外に出す。それから僕に支えられて優香が浴槽のふちを跨ぎ、最後に僕が湯から出た。


 まず最初に洗うのは愛香だ。僕が背中から脚まで洗って、同時に優香が体の前と腕を洗う。愛香が上を向いたらそのおでこから下に手を当てて、シャワーで髪に湯をかけてから少しのシャンプーで洗う。そしてまたおでこに手を当てるとシャワーで頭から足の先まで泡を流し落とす。


 次に体を洗うのは僕だ。愛香が背中を洗ってくれるのでその間に他の部分を自分で洗う。頭は優香が洗ってくれて、3人がかりの作業は2~3分で終わる。

 最後に洗う優香は、背中の腰から上を僕が、腰から下を愛香が洗う。後はゆっくりと体を洗いたい優香に任せて、僕と愛香は少しだけ湯に浸かってから上がる。


 バスタオルで愛香の体をくるむように拭いて、もうオムツのとれた彼女にパンツとパジャマを着せる。僕も体を拭いてからパジャマを着て、ドライヤーで髪を乾かすと浴室の優香に声をかけてから愛香と外に出た。


 風呂から上がった僕と愛香は、体から湿気が抜けた後でベッドに入って絵本を読み聞かせる時間になる。


 愛香は3歳児向けの絵本があまり好きじゃなくて、最後に落ちのあるもっと対象年齢の高い話が好きだ。

 気に入っている絵本には、良いことをした人が幸せになって悪いことをした人はひどい目に合う教訓的な話が多い。僕としてはもっとワクワクする話や笑い出したくなる話も聞かせたいんだけど、今が愛香が聞きたがる話を優先している。


 しばらくして優香がベッドに来ると読み聞かせる役割も交代になる。後は愛香がぐっすりと眠るまでベッドに居続けるだけだ。

 ヘッドから出るのが早過ぎると、目を覚ました愛香に悲しそうな目でじっと見つめることになる。それに耐えられない僕がまたベッドに戻るのは確定だから、忙しいからと焦っても意味はない。


 ◇◆◇◆


 誠太が生まれたのは予定日の15日前で、愛香の時と同じように陣痛も分娩室に入ってからも短い安産だった。今回は出産に立ち会うことができた。

 優香は出産までそれほど辛そうな様子は見せなかったから、僕がいたことで力になれたかは微妙なところだ。優香は僕に対してずっと笑顔を見せていたので、むしろ気を使わせたんじゃないかと気になった。


 愛香はというと、誠太が生まれたことをすごく喜んでくれた。2人が退院するまでずっと僕と一緒に病院に通ったぐらいだ。


「お義母さん。もう少し僕に愛香を任せてくれませんか。優香が生まれたばかりの誠太を優先するのは当然ですから、それで愛香を寂しがらせたくないんです」

「誠くんの気持ちはわかるんだけど、それは必要無さそうよ。愛香ちゃんの方はむしろ優香の代わりに誠くんの世話をするつもりみたいだから」

「え?」

「優香がパパのことをお願いねって愛香に言ってたから、なんかやる気を出してるみたい」

「世話って、何を?」

「仕事や勉強にちゃんと時間が取れて、ご飯とかも規則正しく食べるようにってことかな」


 最近の愛香はわりと規則正しい時間に寝ている。夜の9時から朝の7時までと、昼寝としての2時間程度だ。

 僕は6時間も寝れば十分だから、残りの時間は集中して仕事をできている。大学の課題や共同研究についても、愛香が側で1人遊びをしている間にこなせているつもりだ。


 むしろ今は夏季休暇中だから、講義が無いため普段より時間に余裕がある。僕は半ば起業しているので就活は必要ないし、友人関係は殆どが大学の構内とリモートでの付き合いだ。




 朝の8時頃に朝食が終わると、僕は自室に戻って大学関係の作業をする。愛香を部屋に連れて行くこともあるけど、最近になって彼女は僕が何も言わなくても玩具で1人遊びをするようになった。

 そんな時に画面から目を離して愛香を見ると、偶然とは思えない頻度で彼女も僕を見ている。そして目が合った僕に笑顔を見せてくれる。焦ったり少しイライラしている時も、それを見れば僕は気持ちが穏やかになる。


 今日は僕が声をかける前にお義母さんの所へ行った。別に珍しいことでもないけど、昨日の話があったので気を使ってるんじゃないかと声をかける。


「パパの部屋には来ないのか?」


 そういうと愛香はちょっと嬉しそうな顔になってから、すぐに真面目な顔になって言った。


「おしごとがあるでしょ」


 それは残念そうな声じゃなくて言い聞かせるような口調だった。


「わかった。頑張るよ」


 そう言って僕は1人で部屋に向かった。




 2時間ほどPCと向き合った後、ほとんど疲れてなかったけど休憩のためにリビングに向かった。愛香の様子が気になったというのもある。

 リビングに入るといきなり愛香と目が合った。足音で僕が近づいてくるのに気づいていたようだ。


「おしごとは?」

「休憩だよ」

「どのくらい?」

「パパが元気になるまで。愛香がパパとお話してくれたら早く元気になれるよ」

「うん!」


 僕は愛香に聞かれて、愛香が病院で生まれた時の話をした。愛香が生まれて僕がどれほど嬉しかったのかも話した。そして話しながら拙いことに気がついた。

 愛香が大きくなったら僕は自分とは血が繋がっていないことを話す。予定だとそのときは、まず愛香が生まれてお義父さんたちの養子になってから、僕が優香に結婚を申し込んだと説明するつもりだった。

 出産の場に居合わせたのはその話と矛盾することになる。まだ3歳にならない愛香だから、大きくなった頃にはこの話を忘れてくれているだろうか。


 そんなことを考えて僕の言葉が止まった時、愛香がハッと気がついたように言った。


「おしごと!」

「そうだな。愛香のおかげで元気になったから、パパは仕事をしてくるよ。今なら、休憩する前よりずっと早く仕事ができそうだ」


 そう言ってリビングを出た僕は、愛香に言った通りに休憩前より早いペースで資料の作成を終えた。

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― 新着の感想 ―
これは、愛香ちゃん色々と察してそうですね。
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