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51 夫婦#1

ブックマークを外さずにいてくださった方、ありがとうございます。そうでない方もよろしくお願いします。久しぶりの更新です。

 赤ん坊になった夢を見た。ベッドに素っ裸で寝ている僕の頭を誰かが優しく撫でている。夢だな、と気づいた途端に周りの景色は見えなくなった。でも髪に優しく触れている手の感触は残っている。

 ゆっくりと開けた目にまず映ったのは僕の頭に触れている手から伸びた腕だった。そこから目の焦点を遠くに移した僕は、こちらをじっと見つめている優香の顔を見つけた。


「おはよう」


 肌に触れる布の感触から自分が夢の中と同じ全裸だとわかった。胸から下にシーツを被っているだけだ。優香はそんな僕の上にかがみ込んで優しい表情で僕を見ている。僕への複雑な想いを感じさせるいつもの表情とは違って、まるで愛香を見ているときのような目だ。

 本当に赤ん坊になってるわけじゃないよな。ちょっとだけ心配になった僕は確認のために彼女に向かって声を出した。


「まだ夢の続きかな」


 いつもの声で普通に話せた。赤ん坊にはなってなかったようだ。


「いい夢だった?」

「悪くはなかった。おはよう」


 優香は僕の頭から手を離すと上体を起こしてベットの上に座った。腰から下はシーツに隠れているけど僕と同じで全裸のようだ。その体は何度見ても惚れ惚れするほど綺麗だった。そして穏やかな優香の雰囲気からは僕を包み込むような愛情を感じられた。


 これまで優香の僕に対する態度にはどこか遠慮が感じられた。悪い言い方だと僕の顔色を窺っているところがあった。僕にとってのヒエラルキーではもちろん彼女が上位なので、それにはいつも違和感があった。

 だけど今の優香からはそれを感じない。それどころか今の彼女からは対等を超えた余裕まで感じられる。


 この優香の変化については心当たりがあった。この2日間、主にベッドの上で僕が彼女に醜態を晒したことだ。もちろんわざとじゃない。童貞の高校生である僕にはできることに限界があっただけだ。

 だからといって優香が僕を軽く見ている感じは少しもない。元々優香からの評価は僕には高過ぎて、その期待を裏切れないというプレッシャーを感じるほどだった。それが薄れたのならむしろ正しい関係になったと言えるだろう。


「そろそろ9時半よ」


 そう言われて、今日がホテルを出る日なのを思い出した。チェックアウトは12時だからまだ時間に余裕はある。寝過ごしても問題がないよう朝食はルームサービスにする予定だ。


「じゃあ、朝ごはんを頼もうか。昨日はよく体を動かしたから腹が減った」

「わたしがフロントに電話する。誠はその間にシャワーを浴びてて」


 以前の彼女ならセックスを思い出させる僕の言葉を聞いたら動揺していただろう。でも優香は笑顔を崩さずに僕に答えた。僕が望んでいた夫婦らしい関係に近づいた気がする。


「お先にどうぞ。朝食を頼むのはその後にするからゆっくりでいいぞ」

「わたしは起きた時に浴びたから」

「ん? シャワーを浴びたのに、またベットに?」


 僕がつい口から出した疑問に返事をしようとして優香が口ごもった。遅れて顔が赤味を帯びていく。


「め、目が覚めた時に側にわたしがいなかったら誠ががっかりするかなって」


 つまり僕が昨夜の続きをしたがるかもと思ったから居てくれたのか。照れてるのは自分の方が積極的だと思われるのが恥ずかしいからだな。たぶん。


「がっかりは、しないよ」

「え?」


 優香が微妙な表情になって僕を見た。


「いなくても良かった?」

「ああ。優香には自分のしたいと思うことをしていて欲しい。それで僕ががっかりすることはないよ。嫌なのは優香にしたくない事をさせることだ」

「わたしは誠の側にいたかったの」

「そうか。だったらすごく嬉しい」

「……そう?」


 彼女の顔に笑みが戻って、それから少し拗ねたような表情を見せると僕に言った。


「でも……誠はわたしに対して、もっと我儘になっていいと思う」

「我儘? もっと?」

「そう」

「僕はやりたい放題で言いたい放題だったよね? 優香にプロポーズした日からずっと」

「えっ?」


 状況が落ち着いてから僕は自分がしてきた事を何度も思い返している。優香のことを優先するあまり非常識な言動を繰り返していたことには自覚があった。

 鈴原家が寛大な人ばかりだったことや、悦子さんのことで過剰なほど感謝されたお陰で、優香を含む皆から受け入れて貰えただけだ。


「そんなこと……なかったと思うけど」

「そうかな。優香だって僕のすることに戸惑ってたことが結構あっただろ」

「でもそれは、誠がわたしの為に色々考えてくれて…」

「考えて行動はしてたけど、それは僕がしたいことを上手くできるようにだ。我慢とは違うだろ?」

「でも。その、初めて……した後で誠はわたしを抱きしめて言ったよね。ずっとこうしたかったって。それは今まで我慢してたってことじゃないの?」


 え? そんなこと言ったかな? 一昨日の夜は興奮しすぎてたから自分がどんな事を口走ったかよく覚えてない。


「それとも、あの言葉は本心じゃないの? そう言ったらわたしが喜ぶと思って……あ、誠を責めてるんじゃないの。遠慮しないで気持ちを教えて欲しいだけ」

「興奮して口走ったから言葉が足りなかったんだよ。これまで優香を抱かなかったのは我慢をさせられたとかじゃない。僕が待つことを選んできたんだ。その結果がこうなったことには凄く満足してる」

「そう。……でも、それだけじゃない」


 まだ他にも何か言ってたのか。これだと優香に聞いてからその誤解を解く、というのを繰り返すことになりそうだ。

 これは恥を晒してでも問題の根本的なところから説明するべきだろう。


「優香。誤解があると思うんだ。童貞の男子高校生なんてベッドの上だと君が思うよりずっと情けないものなんだよ」

「え?」

「普段の僕とは違うんだ。誤解されないように言葉を選ぶ余裕なんてなくて、対応力をレベルで言えば1どころかゼロなんだ」

「……そうかな? わたしが嬉しくなることを沢山話してくれたよ」

「もし落ち着いて見えたのなら見かけだけだ。あの時の僕はのぼせ上って冷静さを失ってた。僕は優香に無理をさせないつもりだったんだよ。でも何度も君を求めただろ?」

「う、うん」

「あの時、僕はずっと君の方が僕を求めてくれてると思い込んでたんだ」

「え?」

「そんなのは自分の欲望から生まれた妄想だった。後になって考えればわかることなんだ。でも興奮し過ぎていた僕にはそれが無理だった」


 ◇◆◇◆


 最初の夜に優香を抱いた僕にできたのは、彼女への溢れる気持ちをひたすら口に出しながらその体を求めることだけだった。

 興奮の波が一時的に引いたら、抱きしめた彼女と少しは落ち着いて話せるようになった。でもやがてまたムラムラと欲情が湧き上がってくる。彼女が嫌がってると思えば止めただろうけど、口に出さない気持ちを読むなんてことはできなかった。

 朝まで続くのかと思ったこのループは、僕が優香の寝息を聞いたことでようやく収まった。


 2日目の僕は、前夜の経験があるからレベル1ぐらいになれたんじゃないかと思っていた。でも残念ながら優香にはまた残念なところを見せることになった。


 ◇


「優香。今日は一緒に寝るだけにしようか。昨日は良くなかったなと反省してるんだ」

「……誠はしたくない?」

「い、いや。そんなことはない。男なんてセックスでは最初から気持ちいいだけなんだ。でも女の子はそうじゃないんだよね? 優香に無理なことはさせたくないんだ」

「無理だなんて思ってないよ。わたし誠とだったら……」

「いや。それって僕が望んでるからって話だよね? 僕が気になってるのは優香の体がどうなのかってことなんだ。昨日なんて最後に…」


 優香はほとんど気を失うように眠ってしまった。体力的にも限界だったんだろう。


「最後に?……あっ」


 思い出そうとした優香はその顔を赤く染めた。


「思い出した? 僕には女の子の体がどうなのかわからなくて、結局はあんな時間にまでなって」

「あんな……誠はずっとつまらなかった?」

「そんな訳ないだろ。僕がどんな風だったか覚えてない?」

「えっと」


 彼女の顔がさらに赤味を増した。


「……凄く一所懸命だった」

「うわあぁぁ…………しょうがないんだよ。童貞に心の余裕なんて無いんだから」

「……」

「優香はどうなんだ。自分では大丈夫だと思うのか?」

「……大丈夫だと思う。一回はできたんだから」


 本当だろうか。僕にはその判断ができなかった。


「うーん。……じゃあ今日は優香に任せてもいいか? 僕は言われたことに従うから」

「えっ、わたしが?」

「僕じゃあてにならないよ。君の体のことは君にしかわからないんだ」

「……」

「優香にもわからないって言うなら、今日はこのまま休んだ方がいい」

「……わかった。誠が納得できるように頑張る」

「頑張るんじゃなくて自分の体が出してる声を聴くんだ。それを遠慮しないで僕に言うんだよ」

「うん」


 そうして事が始まると僕はやっぱり彼女に夢中になった。だから2人の間に勘違いがあったことに気づくのが遅れてしまった。


 優香は辛くなったら僕を止めるだろう。そう思っていた僕は、優香が僕に体の動かし方を指示してきた時に驚いた。そして僕なりにその理由を思いついて納得した。

 知識も経験も無い僕はずっと同じことを繰り返しているだけで、それを受け止めてきた彼女が負担を他に分散させたくなっても不思議じゃない。

 少しずつ彼女からの指示は増えていって、僕は無条件にそれに従った。僕の言葉を聞きたいと言われた時は、優香への思いを壊れたスピーカーのように口から溢れさせた。


 そんなことを繰り返して僕の欲求もそれなりに落ち着いた頃、僕は少しづつ大きくなっていた違和感とその正体に気がついた。優香は僕からの頼みを、辛くなったら止めることじゃなく、彼女がセックスで快感を得られるようになることだと思っているんじゃないだろうか。


「優香。僕が何を頼んだのかわかってる?」

「うん。もう少し待って」


 そういえば、優香には『僕が興奮するためには優香が僕にそういったことをされて気持ち良くなれるかが大切なんだ』と言ったことがあった。


 2日目の夜も、彼女が僕にギュッとしがみついてからそのまま眠ってしまうまで続いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 連載中のままだったのを信じて待ってた甲斐がありました 更新ありがとうございます
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