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48 新婚旅行#1

 2次試験前期日程の合格発表から2日後。そんな合格することを前提としたスケジュールで、僕は両家の家族と一緒での2泊旅行を予約した。

 そして僕は無事に志望大学の経済学部に合格した。AIに対して学部を超えて積極的にアプローチしている大学。そう判断したことが志望した最大の理由だ。


 僕と優香が泊まるのは新婚御用達のスイートルームだ。夜になれば愛香はお義母さんたちに預かってもらうようお願いしている。

 もっとも、僕の両親も含めて愛香は皆から大人気なので、頼まなくても世話をしてくれる人には事欠かない。


「あ、あの……優香さん。この鞄はどこへ」

「お義兄さん。そのくらいはわたしが待ちますから」

「い、いいえ。優香さんは愛香ちゃんを抱いていてあげてください」

「兄ちゃん。優香に敬語は使わなくていいから。義妹(いもうと)なんだから」

「だ、だってなあ」


 兄がすっかり挙動不審になっていた。まあ、それもわからなくはない。周りのホテル客の中には優香を芸能人だと思って近くの人に名前を尋ねている人もいた。

 いつもはわりと地味な服を選んでいる優香が今日は着る人を選ぶ派手目の服装だということも、そういった反応の原因なんだと思う。


 さっき声をかけてきた外国人たちには驚愕された。優香が英語で愛香と僕を紹介したからだ。日本人が幼く見える彼らから見たら優香に娘がいるなんて思えなかったんだろう。


 案内されたのはオーシャンビューの部屋だ。中には大きな窓のある浴室があって、そこからも間近に海が見える作りだ。


「こんなに海が近いんだ。波が光を反射してキラキラしてる。すごい……」

「そうだね。でも、もっと楽しみなのはこの海よりも夜だよ」


 僕がこの部屋を選んだのは星空が絶景だからだ。そして僕の言葉は誤解されたようで優香を赤面させることになった。


 生まれて3ヶ月になる愛香は、体重が順調に増えて5キロ台の後半になった。首はもう座っていて目もかなり見えているから、興味を持った物があれば顔を向けてじっと見ていることが増えた。

 親の欲目というやつかもしれないが、早産児にしてはという注釈がなくても愛香は同じ月齢の子供より知能の発達が早い気がする。


「この前、スーパーに行った時に愛香が水槽の魚をずっと目で追いかけてただろ」

「うん」

「ホテルの近くに水族館があるんだ。もっと色々な形や動きの魚を見せてやりたいと思わない?」

「思う!」

「じゃあ、夕食までは水族館をゆっくり回ろうか」

「お義父さんたちも行くかな?」

「誘うつもり?」

「え? だって、これから親戚として仲良くなるきっかけにしたいなって」

「折角のデートなのに?」

「デ……」

「普段行かない場所に2人で行くのは初めてなのに? 水族館ならそれなりにスキンシップの機会もあるかなって期待してたんだけど」

「2人で行く! あ、2人と愛香で」


 その言葉に僕がにっこりと笑うと、優香も笑顔でまた頰を染めた。




 3月前半の平日だけあって水族館の入館者はそれほど多くなかった。案内人の話によると、普段なら外国人は入館者の1割か2割だけど、今日は日本人が少ないから同数くらいだそうだ。


 畳むとコンパクトなベビーカーは畳んだままで携行している。人の多い場所ではベビーキャリアを付けた優香が愛香を抱っこして、話しかけながら魚を見せている。

 どうして僕じゃなく優香が抱いているかというと、要するにナンパ避けだ。乳児を抱いている女性に(よこしま)な気持ちで声をかける男は少ないだろう。


 もう一つの目的は、愛おしそうに愛香に話しかける優香の姿を思う存分に見ることだ。見るだけでなく、このために買った暗所に強いミラーレスカメラで2人の姿を撮りまくった。

 僕が撮影しているのを見て、外国人の女性や熟年夫婦などが次々と近寄って来た。そして2人を撮影することや、自分たちと一緒に撮ることの許可を求めてきた。


 優香の美しさは世界共通なんだと実感しつつ、優香の意思を確認した上で彼女たちの願いを受け入れた。ただし愛香の目に良くないのでフラッシュは禁止した。

 相手の持ち物が暗い場所の苦手なカメラだった場合には、僕が自分のカメラで撮影してから画像を転送した。


 何度か優香の強い要望があって僕も入れた写真を撮ってもらった。その写真を見た僕は、改めて僕と優香が夫婦だと思う人は少ないだろうなと実感した。

 このままだと僕を無視して優香をナンパしようとする男が現れるかも。そう思った僕は、優香に目を奪われた男が近づく度に2人が夫婦だとわかる言葉を口にした。

 

「優香と結婚できて幸せだよ」

「うん……わたしも」


「2人は僕の宝物だ。一生大切にする」

「わたしも誠が一番大切だから」


「こんな素敵な女性が僕の奥さんだなんて、僕は幸運だな」

「あ、ありがとう」


 僕の少しわざとらしいタイミングの、でも本心から口にした言葉に、優香もいい感じの反応を見せてくれた。




 暗くて人の少ない場所では僕が愛香を抱っこした。魚の動きや凝った照明に愛香が興味を示した時は、他の客の邪魔をしないにように注意しながら長い間その場を動かなかった。


「きれい」


 優香がそう呟いたのはクラゲが舞う大きな水槽の前だった。少しひんやりとした場所で、僕は優香の肩を抱き寄せた。

 水槽の照明に照らされた優香には普段とは違う美しさがあって、僕は心を揺さぶられた。愛香の方は疲れたのか僕に頬を擦り付けるようにして眠っている。その僕を信頼しきってる姿にも色々な感情が湧き上がてくる。


 僕は優香の耳元に口を近づけて言った。


「何だろう。言葉では説明しきれないぐらい今の僕は幸せなんだ」

「うん。わたしも」


 その柔らかに微笑んでいる唇に、僕は長めのキスをした。




 夕食の時間が近づいてきたので僕たちはホテルに戻った。キスをしてからの優香は僕に触れることを遠慮しない状態だったので、僕の幸福感はずっと維持されたままだった。


 夕食はフレンチのフルではないコース料理だ。赤ちゃん連れということで予約した時に個室にしてもらった。愛香はレストラン側で用意したベビーチェアで眠っている。


 魚料理が出てきたところで、愛香が目を覚まして小さな鳴き声を上げた。優香がすぐに愛香を抱き上げるとミルクの準備を始めた。


「折角のコース料理なのに冷めちゃうわよ。私が代わるわ」

「大丈夫。冷める前に僕が優香に食べさせるよ」

「え?」


 優香が驚いてミルクを作る手を止めた。


「はい。あーんして」

「おいおい」

「こうすればお腹が減った愛香に我慢させなくていいし、優香も暖かい料理を食べられる。論理的に問題はないだろ?」

「ぐっ、このバカップルめ。マナーとして問題がないかどうかを論理的なAIに質問してやろうか?」


 そう言って兄はスマホを取り出した。


「『コース料理を他人の手で食べさせてもらうのは構いませんか』っと」


 兄がアプリにポチポチと質問を打つと、すぐに答えが出た。


「えっと、『一般的に、他人の手で食べ物を食べることはあまり一般的ではありません。食べ物は個人的なものであり、他人に直接手で与えられることはマナー的にも衛生的にも好ましくありません』だそうだ。『一般的な状況では、他人に食べ物を手で食べさせることは避けるべきです』というのが結論だな」


 まあ、無難な回答だな。だけど質問に更に条件を追加したらどうかな。


「コース料理で手が使えない場合はって聞いてみてよ」

「じゃあ、『コース料理で手が使えず、他人の手で食べさせてもらうのは構いませんか』っと」


 その質問にもすぐに答えが返った。


「なっ! ……んだと。『ごめんなさい、先ほどの回答が不正確でした。特定の状況では、他人の手で食べ物を食べることが適切な場合もあります』」

「AIって謝るのね」

「『例えば、特別なディナーショー、伝統的な食事体験、または身体的な制約がある場合などです。そのような場合には、他人に手で食べ物を食べさせてもらうことは一般的に受け入れられます』という答えになったぞ」

「じゃあ、OKだね」

「待てよ。この状況は説明の条件に該当してるか?」

「愛香が自分でミルクを飲むのは身体的に無理だよ。じゃあ優香。あーん」


 僕が口元までスプーンを運ぶと、優香は観念して口を開けた。


「自分の料理が冷めるだろ」

「食事では料理を口に運ぶ時間より咀嚼している時間の方がずっと長いだろ。いやいやをする赤ん坊じゃないんだから、2人分を口に運んでも時間的には余裕だよ」


 優香の口の動きを見て、咀嚼し終わったタイミングで次を口元に運んだ。頬を少し赤くした優香がそれを咥える。その作業は思った以上に楽しかった。


「愛香の離乳食が始まったら、こんな感じになるのかな」


 次に肉料理が届くと、今度は僕がミルクを飲ませて優香に食べさせてもらうことになった。

 普通ならそれぞれの食べ終わるタイミングに合わせて次の料理を出す。でも今回は大きな肉で焼いてから皿に切り分けて出しているから、個々に出すタイミングを変えるのは難しかったようだ。おかげでとても楽しかった。

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