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47 骨盤底筋

 愛香の泣き声が聞こえて、僕は勉強の手を止めた。部屋を出て声の聞こえるリビングに行く。


「今の泣き声はウンチだよな」

「たぶんそう」

「じゃあ、今回は僕がオムツを替えるよ」

「うん。お願い」


 愛香の場合、泣いた理由を声で聞き分けられるのは泣き始めの調子に違いがあるからだ。だから最初を聞き逃してしまったときは前回の食事や排便や目覚めからの経過時間で判断することになる。


「ああ、いい色のウンチだ。ちやんと出してちゃんと泣いたな。偉いぞ、愛香」


 そう声をかけながら、オムツを外して、お尻を拭いて、新しいオムツに替えて、古いオムツを丸めて専用のゴミ箱に捨てる。


「ようし。スッキリしたな。また次も泣いて教えてくれよ」


 愛香を抱き上げて声をかける。泣き声はオムツを外した時点で止んでいる。できるだけ夜の間に眠らせたいから、昼間は話しかけて眠くなるまで起こしておく。


「そろそろ勉強に戻る?」

「そうだな。いい気分転換になったよ」


 愛香が新生児の時期を過ぎてから1ヶ月が経った。ちなみに早産児でも正期産児でも新生児と呼ばれる期間は同じで、生まれてからの4週間だ。


「2次試験が迫ってるのにこんなにオムツを替えてる受験生って、誠くんぐらいよね」


 お義母さんが僕にそう話しかけた。


「歳の離れた兄弟や甥とかがいてオムツを替えてる人もきっといますよ。僕の場合は自分の娘なんだから受験を理由にして何もしない方がストレスなんです」

「本当、良いパパよね」

「良いママと良い娘に成長させてもらってます」

「え? わたしなんて親としたらまだまだだよ」


 最近はAIの勉強をしていることの多い優香が、画面から目を離してそう言った。


「そんなことないよ。いつも愛香のことを優先してるだろ。最近は娯楽としてのスマホやテレビは見てないよね」

「それは愛香を見てる方が楽しいから。誠だってそうでしょう」

「受験生の僕には、元々スマホでつぶすような時間はないよ。優香なら教科書通りに育児をしていても時間には余裕があるだろ。それ以上のことを探して愛香にしているから暇な時間がないんだよ」

「愛香ちゃんの世話は私だって見てるのよ。それなのに勉強の時間を割いて、泣く間も与えずに愛香ちゃんの世話をする誠くんも、優香と同じに見えるわよ」


 勉強なんて本気で集中する時間は1日に8時間も使えば十分だ。暗記系なら何かをしながらの方が記憶に残りやすいと思ってる。


「愛香ちゃんって、私が物足りないと思うくらい手がかからない子よね」


 愛香は皆から構われ続けていて日中は起きている割合が多いからか、深夜にはよく寝ていて夜泣きすることがほとんどない。それで余計に手がかからないと思うんだろう。


 ◇◆◇◆


「どうしたの、誠くん。私に相談って。愛香ちゃんのこと?」

「いえ。……優香のことです」

「何か気になることがあった?」

「優香の部屋に入った時のことなんですが、棚の上に見慣れない物があって。僕の視線に気がついた優香が後でそれを隠したんです」

「つまり、見られたくない物ってこと?」

「はい。それで僕が記憶を頼りにネットで調べたんですが。どうやらこれみたいなんです」


 そう言って僕はお義母さんにスマホの画面を見せた。


「ごめんなさい。遠視気味だからメガネがないと近くはよく見えないの。それで何だったの?」

「骨盤底筋ってご存知ですか。そのトレーニングをしたり筋力を測ったりする機械らしいんです」

「あー……うん。そうなのね」

「調べてみたら、骨盤底筋が弱くなると排尿や排便に支障がでたり、子宮を筋肉で支えられなくなったりするらしいんです。もしかすると、これが早産になった原因かも知れないと思って」

「……」

「妊娠や出産が原因で骨盤底筋が弱くなることがあるらしいんです。調べてみたら骨盤底筋を鍛える体操というのがあって、優香がその体操を……?」


 僕の話を聞きながらお義母さんは何とも言えない表情をしていた。どうもこのことを僕より前に知っていたようだ。


「何が知ってるんですか?」


 僕からそう聞かれたお義母さんは、ため息をついた後に言った。


「最初に言っておくけど、そのトレーニングと優香の早産は関係ないから。むしろ間違ったトレーニングで腹筋を鍛えちゃったのが原因なのよ」

「腹筋?」

「鍛えると腹圧が上がるのよ。でも大丈夫。誠くんの子どもを妊娠した時にはそんな失敗はしないから」

「やっぱり知ってたんですね」

「まあ……ね。確かに優香はそのナントカ筋を鍛えようとしているの。少なくとも出産前の状態までは戻したいと思ってる」

「そうなんですか。だとすると排尿や排便で…」

「あっ、そっちは元から問題ないから」

「じゃあ子宮の…」

「トレーニングは順調だから目標の数字には戻ってるって聞いてるわ。だから誠くんはそのことで心配しなくても大丈夫」

「……優香が困ってるわけじゃないんですね?」

「ええ、心配しないで。誠くんは優香をすごく特別だと思っているのよね。あの子から聞いたけど最善の状態でいて欲しいのよね」

「えっと……そうですね。優香にはそうであって欲しいと思ってます」

「その期待に応えたくて頑張っているのよ。がっかりされるのが嫌で色々と調べたりもしてるみたいなの。でも努力していると思われるのも恥ずかしいの。誠くんは気づいてないふりをしていてあげて」

「あ、はい?」


 お義母さんがそう言うのなら僕が口を出す必要はないんだろう。この件についてはきっぱりと忘れることしよう。


 ◇◆◇◆


 ベビーバスは1ヶ月ほどで卒業して、今は愛香と普通のお風呂に入っている。先に自分の体を洗い終えてから、優香に連れてきてもらった愛香を風呂に入れる。終わったらまた優香を呼んで愛香を受け取ってもらう。


 今日も体を洗い終わると風呂の呼び出しボタンを押した。しばらくすると浴室の引き戸があいて愛香を抱いた優香が入ってきた。いつもと違って今日は服を着ていなかった。

 頭が真っ白になったものの、優香から反射的に愛香を受け取ってからは少し冷静になれた。優香は自然な素ぶりで洗い場の椅子に座ると自分の体を洗い始めた。


 湯上がりのパジャマ姿にさえ興奮した僕が平静でいられるはずのない状況だった。だけど自分の顔が熱くなるのを感じたものの僕のアレは反応していなかった。

 これは間違いなく僕の手の中に愛香がいるからだろう。寝る時も愛香とは一緒だけど、部屋が一緒なだけで寝ているのはベビーベッドだ。直接この子に触れている時の効果は僕の予想を超えていた。


 いつものように愛香に対して細心の注意を払いつつ、体を洗っている優香の裸を横目で見た。一瞬でその姿は僕の頭に焼きついた。

 最初に見た時よりも明らかに胸は大きくなっていた。腹の方もスッキリとしていて、最初に見た時はあれでも妊娠で膨らんでいたんだとわかった。


 手早く体を洗い終わると、優香は僕と向かい合うように浴槽に入った。膝を立てずに正座をしているから沈み過ぎることはない。

 入浴剤を使っていないから、正座だと浮力で持ち上がった大きな乳房が膝に隠れずに見えている。この光景も僕の記憶にずっと残るだろう。


 僕に向かって伸ばされた優香の手に愛香を預ける。優香は愛香をその乳房に乗せるように抱いてその体を優しく撫でた。

 2人のその姿を見ていると興奮を遥かに上回る幸福感が僕の中から湧き出してきた。涙が出そうになったほどだ。


「いつまでこうして入れるかしら」

「女の子だから小学校に上がる前までかな。その頃は弟か妹もいるだろうし」

「3歳まで待たなくてもいいよね?」

「お義母さんは孫の世話があまりできなくて寂しがってるぐらいだからね。でも受験だけじゃなく大学の授業が始まったら優香は今より忙しくなるから、その時の状況次第かな」

「子どもを作らないなら避妊すればいいよね? 誠が面倒だったら、わたしがピルを使ってもいいし」

「優香」

「何?」

「もしかして、積極的になった優香に僕が反応するかを確認してる?」

「え?」


 しばらく無言の状態が続いて、優香の顔が少しずつ赤くなってきた。


「ここには愛香がいるから僕が勃起することはないと思うよ」

「そ、そう」

「でも愛香がいない時だと、パジャマ姿の君を見ただけで僕は勃起するんだ」

「え?」

「もしここに愛香がいなかったら、僕は抑えが効かなくなってたかもしれない」


 僕のその言葉を聞いて、優香は顔だけでなく体まで赤く染まっていった。


「そういうことだから、優香には僕の受験が終わるまで待っていて欲しい。僕が勉強に支障があるほど優香に夢中になる可能性が高いから」

「ご、ごめんなさい!」


 優香はそう言うと急いで浴槽の外に出て、そのまま浴室からも出ていった……かと思うとすぐに戻ってきて愛香を僕に渡した。そして今度は本当に浴室から立ち去った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ... この鍛えてる理由って要はノクターン的なアレよね?
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