46 年末年始
鈴原家の恒例である盆と正月の帰省。その正月がやってきた。僕にとって共通テストまであと2週間というタイミングでもある
そのため僕は親戚たちからかなりの配慮をしてもらっていた。具体的に言えば、僕の受験勉強を邪魔するような行為は絶対に禁止という年少者へのお達しだ。
ただし大晦日の午後と元旦だけは例外とすることになった。これは僕から要望したことで、前回はあれだけ親しくしていたのに完全に没交渉というのは寂し過ぎると思ったからだ。
「あの……この前はごめんなさい」
僕にそう話しかけてきたのはJCの優奈ちゃんだった。
「え? 何が?」
「誠お兄ちゃんが生まれ変わりだって言ったこと。全然覚えてないんだったら、そんなこと言われて困ったよね?」
ああ。そのことに気づいてくれたのか。
「バカ兄ちゃんから誠お兄ちゃんとは仲良くし過ぎるなって言われてたの。でも生まれ変わりだったらいいのかなって思って。……後になって困らせたかもって気づいたの」
「そういうことか。だったら生まれ変わりでなくても気軽に話しかけて欲しいな。優香のことを話していて一番楽しいのが優奈ちゃんだから」
「本当? 怒ってない?」
「うん」
「鏡花お姉ちゃん。怒ってないって」
気がつくと鏡花が僕たちの近くに来ていた。
「でも、あたしの場合は優奈と違うから。誠さんにからかうようなことを言っちゃったよね」
「あれって、僕をからかってたの?」
「……はい」
「そうなんだ。良かった」
「えっ? 良かったの?」
「つまりあれは友だち同志でのふざけ合いだったんだよね?」
「う、うん。お母さんはもっと仲良くしろって言うし、誠さんもあの時はなんかノリが良かったからこのぐらいは言ってもいいのかなって。でも後で優奈と話をして拙かったかなって気づいたの」
「そうだったんだ。僕も鏡花とは気安く話せた方がいいな。女の子に慣れてなくて変なことを言うかもしれないけど、その時は遠慮なく突っ込んで欲しい」
「う、うん」
「じゃあ、よろしく」
「よ、よろしく」
良かった。2人とも真琴さんとしてじゃなく僕自身と仲良くしてくれてたんだ。
「もしかして結衣さんも?」
「……」
そうか。皆ってわけじゃないのか。
「で、でも。結衣お姉ちゃんはその方がいいかも。その……本人のためにも」
「そう言われたらそうよね」
「それよりあたし、また赤ちゃんを見たい」
露骨に話題を変えられたけど、僕は何も言わずに2人を愛香を抱いた優香のところに連れて行った。
「まだ本当の予定日まで2週間あるんだよね。どうしてこんなに可愛いの? 生まれたばかりの赤ちゃんなんて、しわしわのお猿さんじゃないの?」
「赤ちゃんはお腹の中では水に浸かってる状態だろ。生まれて数日間は水分が抜けて体重が減るんだよ。だから早く生まれたとしても、何日か経ったらしわしわじゃ無くなるんだ」
「あのシワって、お風呂に長く入った時のシワと同じなんだ」
「それと、赤ちゃんの体脂肪率は生まれた時は大人と同じくらいなんだ。その後は脂肪の割り合いが増えていくから、あと半月くらいでもっと肉付きは良くなるよ」
「ふーん。そうなんだ」
「でも赤ちゃんの時に太ると、大人になっても太りやすくなるんじゃないの」
そう言ったのは鏡花だ。
「肥満の心配をするのは離乳食が始まってからだよ。それに多少なら太りやすくなっても問題はないと思ってるんだ。病気でもないのに不健康なほど太るのは、際限なく食べて運動もしないという意思の弱さの問題だから」
「うぐっ。その指摘は胸に痛い」
「え? ……鏡花は全然太ってないよ」
「そうでもないの」
「辛いと思うのは目標の体重が軽過ぎるからじゃないか?」
「でも。ユカねえは…」
ああ、なるほど。
「優香。鏡花に説明してやって」
体格の違いによって最適な体重にも違いがあるのは、僕から話すより優香から聞いた方が納得できるだろう。
「ところでどうなったの? あっちの問題は? お腹に子どもはいなくなったわけだけど」
小さな声で僕にそう聞いたのは、アラサー後期の朱理さんだった。
「解決しました。今は受験が終わるまで僕が我慢している状況です」
「へえ。それは良かったね」
「何が良かったって?」
「愛香の弟か妹も生まれそうだって話」
「あ、そうなんだ。おめでとう」
そう言ってくれたのは、もう1人の子持ちの従姉、アラサー前期の藤子さんだ。
「すぐじゃないですよ。でも愛香と歳が離れ過ぎない内にと思ってます」
「そうなんだ。家も来年くらいにはもう1人欲しいかな」
そんな話をしながら、僕たちは年越しの時刻を迎えることになった。
◇◆◇◆
元旦。僕は自分より年下で5歳以上の全員にお年玉を渡すことにした。中身は鈴原家の相場に合わせた金額だ。
「誠。あけましておめでとう」
「ああ、信一郎。あけましておめでとう。はいこれ」
「え? ……えっと、おじさんから?」
「いや、僕から」
「ええっ! 同じ高校生だろ」
「同じ? そうかな?」
「1コ上なだけだろ」
「僕はもう結婚していて子供もいる。収入は20代で働く人の平均を超えてる額だ。だからもうお年玉を渡す方になってもいいと思うんだ」
「え? で、でも……そうなのか?」
「これは僕が凄く幸せで、親しい人に少しはお裾分けしたいって気持ちからなんだ。だから信一郎が就職した時も、愛香へのお年玉は義務じゃなくて喜ぶ顔を見たくなったら渡して欲しい。あ、優奈ちゃん。あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも、はい、お年玉」
「はい。ありがとう……えっ! これ?」
「お兄さんにも渡してる。幸せのお裾分けだから。じゃあ、また後で」
リビングに行くと鏡花と進の姉弟がいた。
「2人とも、あけましておめでとう」
「誠さん。あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
「じゃあ、これを。今年もよろしく」
「えっと、お年玉?」
「そう」
「……どうしてですか?」
「僕は優香と結婚できて、愛香という子供も生まれて、お年玉を余裕で渡せる収入もある。だから幸せのお裾分けだよ」
「それは……なるほどですね」
「納得してもらえた?」
「はい。ありがとうございます。……進?」
「あ、ありがとう」
僕は片手を上げると、次に渡す相手を探すために移動した。お年玉を渡す年下かつ5歳以上で、残ったのは朱理さんの長女のヒナちゃんだけか。
家の中には見当たらないので、玄関から外に出ると朱理さんとヒナちゃんが羽子板をしていた。正確には朱理さんが山なりに投げた羽根をヒナちゃんに打たせていた。
「あけましておめでとうございます」
「あら。あけましておめでとう。ほら、ヒナも」
「おめでとう、ございます」
「はい、どうぞ」
「え?」
「おかしいですか、朱理さん」
「……そうでもないのかな。ありがとう」
朱理さんはヒナちゃんの頭を撫でて言った。
「ヒナ。貰ったらお礼を言おうね。それはお金だからヒナに好きなお菓子を買ってあげる」
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
「春樹さんと結衣さんは?」
「春樹の車がそろそろ着く頃なんだけど。……あ。あれかな」
外にいたのは2人を待っていたからか。近づいてきた軽のRVが、僕たちの前を通り過ぎて鈴原家の駐車場に停まった。中から2人が降りてくる。
「やあ。あけましておめでとう」
「おめでとうございます。結衣さんも、あけましておめでとうございます」
「あ、はい。……おめでとう」
「結衣さんはまだ就職していなかったですよね。お年玉を渡しても構いませんか?」
「え? ……お年玉を……渡したらいいの?」
「いえ。僕から結衣さんへのお年玉です。結婚して子供も産まれたでしょう。だから今年からお年玉を渡す方になろうかなと」
「ああ……年下なのに圧倒的に格上」
「渡すのは年下だけでいいだろ」
春樹さんが僕にそう言った。
「他のやつには渡したのか?」
「5歳以上の年下には一通り」
「そうか。まあ、優香と結婚して子供も生まれたんだ。金も自分で稼いでるんだから渡したくなる気持ちはわからなくもないな」
春樹さんたちが到着してから1時間ほど後に、僕たちは4台の車に分乗して初詣に出発した。お義父さんの運転するミニバンには、同居の4人の他にJC、JK、JDの従姉妹3人が同乗した。
その目的はやっぱり愛香だ。例のチャイルドシートは保護カバーに包まれて3列目からしか子どもが見えない。そこで優香を挟んで3列目に座った鏡花と結衣さんは、目的地に着くまでずっときゃあきゃあと騒がしかった。
「優香の隣でなくていいのか?」
2列目の僕の隣に座った優奈ちゃんにそう言うと、彼女は笑顔で頷いた。
「アタシは昨日、ずっと一緒にいれたから。……優香姉ちゃん、幸せそう」
僕も全くの同意見だった。目的の神社に到着するまで、僕は何度も振り返って、愛香を見る優香の笑顔を確認した。
神社に着くと、お義母さんの勧めで愛香にはお祓いをして祝詞を唱えてもらった。お祓いの時は優香が、祝詞では僕が愛香を抱いていた。
愛香がいるから賽銭のために集まった雑踏には近づかなかった。イトコたちが代わりに僕たちの健康と幸せを願ってくれたようだ。
帰りは優香が少し疲れているようだったので、2列目にシートを深く傾けて休んでもらった。代わりに愛香を見るために僕が3列目の真ん中に座ると、鏡花と今度は優奈ちゃんがその両隣に座った。
移動中の2人は、僕の前に身を乗り出して愛香に手を振ったり話しかけたりした。冬で厚着だからって気安く体を寄せてくるのはどうなんだろう。僕が気にし過ぎるだけだろうか。




