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45 愛香

 しばらく愛香の様子を見るために退院は6日後まで遅らせることなった。僕は2人に会うため毎日病院に通った。共通テストまで残り1ヶ月もなかったから僕は病院に学習用のタブレットを持参して行った。

 少し早産なだけで健康に問題のなかった愛香は優香との同室が許されていた。基本的には優香のベッド横に置かれたベビーコットという小さな寝床に寝かされている。


 病院にいても愛香には構えない時間の方がずっと長い。彼女は昼夜関係なしに1日の5分の1しか起きていないからだ。

 僕は病院に面会時間一杯の13時から18時までいたけど、その間に愛香が起きている時間は合計で1時間あるかどうかだ。


 だけど寝ている姿なら見ていられるし、優香と話すこともできるんだから退屈とは無縁な状況だ。ただ僕の勉強時間が減ることを優香が嫌がるから、面会時間の大半を僕はタブレットに向かって過ごしている。


 病院では助産師や看護師から赤ちゃんの扱い方を学ぶことができる。普通ならその対象は母親だけだ。

普通より小さく生まれた愛香にはどんな注意が必要なのか。それを知りたかった僕が病院に頼んでみたら参加を認められた。出産前の愛香に対する僕の行動を優香から聞いた担当の先生が、参加する資格があると認めてくれだそうだ。


 僕が参加すると肝心の優香が練習する機会が減るんじゃないか。その僕の心配は不要だった。例えばおむつ替えは1日に10回以上あるから、病院に5時間しかいない僕が優香を暇にすることはなかった。


 愛香をお風呂に入れた時は、その小ささをより実感することになった。

 ベビーバスのお湯にゆっくりと浸けた後は、愛香の体を左手の上に乗せて右手であらう。指で愛香の頭を支えると、お尻が手のひらの手首に近い部分に乗るほどの大きさだ。


「いいですね。赤ちゃんが安心してるのがわかります」

「そうですか?」

「お父さんとお母さんでは、やっぱりお母さんの方が赤ちゃんはリラックスしてることが多いんですよ。この子はお父さんでも普通の子より落ち着いてますね」


 どうやら僕は愛香に信頼してもらえてるようだ。今後もそれに値する父親であり続けようと僕は心の中で誓った。


 ◇◆◇◆


 愛香はその後もNICU等に入れられることもなく、出産から7日目には母子揃って退院することができた。


 お義父さんはこのために特注で低体重児対応ベッド型チャイルドシートを購入していた。それをミニバンの真ん中、2列目シートの間に車体を加工して取り付けさせた。

 もし愛香が病気になったとしても、これなら安全かつ体への負担も最小限にして病院に運べるとのことだった。前側が広く衝撃吸収クッションに包まれているから、乗せた赤ん坊は3列目のシートからしか見たり触れたりできない。


 そのシートの性能を必要とすることはなく、愛香はお義父さんの超安全運転で我が家に到着した。

 移動中の僕と優香は3列目から愛香に声をかけ続けた。車が停まっている時には手であやす事もした。それもあってか乗車中に愛香がむずがることはなかった。




「おかえり。2人とも今日ぐらいはゆっくりしてなさい。愛香ちゃんの面倒は…… 愛香ちゃんの世話なら私がするから」


 お義母さんが僕を見て慌てて言い直した。


「僕がその言葉を使いたくないだけです。お義母さんが面倒と言うのは気にはなりませんよ」


 相手がわざと使うのでなければ、他人に対して言葉狩りのようなことはしたくない。


「私も言わない方がいいと思ったから」

「そうですか。それはそれとして、愛香の世話なら僕に…」

「いいから。今日ぐらいは2人の時間を作りなさい。そうだ。久しぶりに一緒にお風呂に入ったら?」

「えっ? い、いい」

「あら? 誠くんと入るのが嫌なの?」

「だって、子供を産んだばかりなのよ」

「あー、そういうことね。誠くんにはもっと体を整えてから見せたいのね」


 優香がそう思うなら無理に一緒に入ろうとは思わないけど、僕がそんなことを気にしてないことは伝えておきたい。


「ゆっくり入ったらいいよ。楽しみを先に延ばすのは嫌じゃないから」

「も、もう」

「着替えは後で置いておくから」


 頬を染めた優香は風呂の方へ歩いていった。子どもを産んだすぐ後でも初々しい優香に僕はホッコリした気分になる。


 少し経つとお義母さんに抱かれていた愛香が泣き出した。それほど大きな声ではないけど、お義母さんが優しく揺すってもなかなか泣き止まない。


「ちょっと抱かせてください」


 僕はそう言って愛香を受け取ると、抱きかかえてから背中を指先でトントンと優しく叩いた。妊娠中にお腹を叩いてた時と同じリズムだ。すると愛香はすぐに泣き止んだ。


「おむつとかミルクじゃないみたいですね」

「……何だか、すごく様になってるわね」

「そうですか? 愛香。眠くなったのならおやすみ」


 愛香の耳元でそう囁くと、お義母さんに向き直ってから言った。


「今までいた場所と音や光が違うから少し興奮しているのかもしれませんね。眠ったら優香の部屋に連れて行きます」

「そう? そうしてくれたら後は私が見てるから、誠くんは優香のお世話をお願いね」


 ◇


 眠っている愛香をお義母さんに任せて、僕は優香と話をするために階段を下りた。優香はまだしばらくはお風呂だろう。

 妊娠中は体温が上がり過ぎないように、優香は浴槽に数分浸かったら出るというのを繰り返していた。お腹が大きくなるとその回数が減ったから入浴時間も短くなった。

 今日からは遠慮なく長湯ができるから、1時間くらいは入ってるんじゃないだろうか。


「上がったわよ。次は誠が入る?」


 そう言いながら優香がリビングに現れたのは、入ってから30分も経ってない時だった。長袖長ズボンの露出の高くないパジャマだったけど、その見慣れた湯上がりの姿が僕の中に衝撃を走らせた。


「あ、あれ?」

「どうしたの?」

「い、いや。風呂に入ってくるよ」


 そう言って風呂に行った僕は、脱ぎにくくなったズホンとパンツを脱いで浴室に入った。浴室の鏡には勃起したアレが映っていた。

 考えてみれば、優香と愛香が入院してから僕は自慰をしていなかった。18歳の男子としてこのくらい溜まっているのは自然なことだろう。


 問題なのは僕が優香を見ただけで勃起したということだ。風呂ではお互いの肌を触れ合わせることが普通になっていたから、彼女がセックスを嫌がるイメージは僕の中から消えていたようだ。

 それでもこれまで僕が勃起していなかったのは、常にお腹にいる愛香の存在を意識していたからだと思う。だから愛香のいない場所て優香を見た途端にこんな状態になってしまった。


 1ヶ月後の健診で医師のOKが出るまでは性行為が禁止されていたはずだ。だけど優香が僕のこの状態に気づいたら、それより前でも僕の欲求に応えようとするかもしれない。

 僕の方も受験を控えた状況だ。一度でも抱いたら彼女に溺れてしまわない自信がない。僕はこれほど強い性衝動をこれまで感じたことがなかった。


 風呂を上がってから、僕はとりあえず自分の部屋に行って自慰を済ませた。一度洗面室に寄ってからリビングに行くとテレビを見ていた優香が笑顔で僕を迎えてくれた。すると落ち着いていた僕のアレがすぐにまたムズムズとし始めた。


「誠。あのね……」

「何?」

「その、……次の子どものための……練習のことなんだけど、誠が試験に合格するまでは待った方がいいのかなって」


 僕にとって予想外の言葉だった。優香が消極的なことを知ったからか僕の興奮は少し落ち着いた。


「前にも言ったけど、妊娠中の女性がそういう気持ちにならないのは自然なんだよ。出産したからすぐに変わるわけじゃないだろうしね」

「そ、そう? ……あ、あの。嫌ってことじゃないのよ」

「うん」

「……正直に言うと、今の体を見られたくないなって思ったの」

「あ、そうなんだ。わかった。言い難いことを言ってくれてありがとう」


 興奮が落ち着いたとは言ったけど、これから一緒のベッドで寝ても平気かといえば相当な自制心が必要になるだろう。つまり受験への影響が避けられないことになる。


「愛香はまだ寝てるのかな?」


 優香の言葉で思い出した。僕には愛香がいるじゃないか。この状態もここに愛香がいないから起こったことだ。


「見に行こうか」


 優香の部屋に行くと、お義母さんがベビーベッドに寝かせた愛香の姿を見つめていた。


「よく寝てるわよ」

「車で移動して初めての場所に来たんだから、やっぱり緊張していたのかもしれませんね」

「いつまでも見ていたくなるわよね。この寝顔は」

「本当に……!」


 愛香の姿を見つめていると、さっきまで僕の中にあったモヤモヤした気持ちが十分コントロールできるほどに収まっていた。このくらいならなんとかなりそうだ。

 僕が優香といる時はできるだけ愛香とも一緒にいることにしよう。あと3ヶ月くらいだから難しいことじゃないはずだ。

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