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43/56

43 義妹

 風呂から上がった優香は、お義父さんたちに娘の名前を伝えに行った。僕の寝相が悪くて愛香に何かがあると大変なので、妊娠30週を過ぎた頃から一緒に眠ることは止めている。

 でも優香が寝付けないときには、優香のベッドで彼女が眠るまで腕枕をしたり頭やお腹を撫でたりすることは続けている。


 僕が自分の部屋に戻って受験勉強をしていると、優香がドアをノックした。耳慣れた音だけどいつもより控え目な感じだった。


「どうぞ」


 僕の声で入ってきた優香の表情にはいつもの笑顔がなくて少し緊張しているようだった。


「どうした?」

「お父さんとお母さんが誠と話をしたいって。でも誠が疲れてるなら明日でもいいの」

「僕は大丈夫だよ。優香はどうなんだ?」

「……わたしは話には参加しない。とっても大切な話なんだけど、この件については誠に1人で考えて欲しい」


 何だろう。名前のこと……じゃなさそうだ。


「わかったよ。お義父さんたちはどこに?」

「応接室」




 僕の方に気持ちの準備があることを伝えるため、応接室に入る前にはゆっくりとドアを3回ノックした。


「入ってくれ」


 そう言われてドアを開ける。もう遅い時刻なのに2人は外出できそうな服装でテーブルの前に座っていた。僕はその2人の正面に座った。


「お話というのは何でしょう?」

「これは優香とも話し合った上での君への提案だ。生まれてくる子どもを、愛香だったな、愛香を儂たちの養子にしたいと思っている。戸籍上は優香にとっては実子だが君にとっては義理の妹になる」

「……え? どうしてですか?」


 全く予想していなかった話だから僕は困惑してしまった。


「愛香のためだ。君の籍に養子として入れるよりその方が良いと考えたからだ」


 さっそく僕の決めた名前をつかってくれた。その僕への配慮と話の内容とがかみ合っていない。


「養子? 僕と結婚した優香が生むんだから愛香と僕は親子でしょう。DNA鑑定で実子じゃないとわかった場合でも、子どもは結婚してる父親の籍に入るはずです」


 僕はそう考えていたけど、違うのか?


「それは妊娠した時に結婚していた場合だよ。妻が結婚前に妊娠していて夫の子でない場合は、夫が実子だと認知しても無効だとされている。例えば昭和50年9月30日の最高裁判決だ。だから愛香を君の実子にすることはできないんだ」

「そうなんですか」


 そのことは知らなかった。僕に日付まで言ったのは確認済みだという意味だろう。それなら僕は愛香を養子にするだけだ。


「儂たちの養子にする理由の一つは相続税の問題だ。儂にはかなりの額の財産がある。養子にすれば孫として渡すよりずっと多くの額を愛香に残してやることができる」


 確かにお金は大切だ。僕がお義父さんに負けないほど稼いで愛香に財産を残す、というのは現実的には難しい。

 でもそんなことは愛香を自分の子どもにしない理由にならない。生活に必要な額なら僕にも用意はできる。それ以上の金額についてはもっと大切なことがあると思ってる。


「納得できないようだな。もちろんそれは一番の理由じゃない」

「だったら一番は何ですか」


 お義父さんは僕の顔をじっと見た。どこか悩ましさを感じる表情だった。


「これは優香から儂に相談してきた話だ」

「優香が?」

「それを聞いた儂も同じように問題だと思った」

「問題?」

「優香は友人を含む大勢の前で君に妊娠を告げた。それを君は即座に受け入れて、娘とその子どもを幸せにすると言った。自分の子どもだと思ってなければ言えない言葉だろう」


 僕はそれで優香や湊川の意表を突いて、僕と結婚するという話に持ち込んだ。


「場所が場所だったから、このことは優香の知り合いには知れ渡っている話だ。いずれ愛香も誰かの口から耳にするだろう」

「それは……そうでしょうね」

「そんな愛香に、本当は君の実子でないと伝えたらどう考えると思う? 優香が君を騙して結婚した。そう考えるんじゃなないか? そして父親が自分を愛したのは騙されたからだと」


 その可能性は全く考えていなかった。優香には僕を騙してまで結婚する理由なんてないからだ。


「だけど僕は愛香を本当に愛しています。愛香にはそれを信じられるように育てるつもりです」

「そのことについては心配はしていない。愛香はそれで君を恨んだりしないだろう。恨むとしたら君を騙した母親や儂たちだ。そしてその気持ちは原因である自分にまで向かうかもしれない」

「え? でも……それは事実とは全く違いますよね? 実子じゃないことを話す時に愛香にちゃんと説明さえすれば…」

「何と言って? 本当に納得させられると思うのか? 優香や儂はそれが難しいと思ってる」

「どうしてです? 真実を伝えるだけですよ」


 そう言った僕を見て、お義父さんはため息をついた。


「君は愛香を本当に愛している」

「はい」

「だけどそれは普通じゃない。ほとんどの男は自分と血の繋がりのない子を、君のように愛せたりしないんだ」


 そんなことを言われても僕は困惑するだけだった。前に説明したように僕の場合は愛香を好きになる理由があった。そして生まれる前から愛香に構い続けたことで僕の愛情は更に深まっている。

 確かにこれは僕からの一方的な気持ちだけど、優香に対してもずっと一方的に気持ちを募らせていた僕にとっては何も不思議じゃない話だ。


「最初は自分の子どもだと思っていて、深く愛するようになってから真実を知った。そういうことなら世の中にないわけじゃない」

「愛香がそう考えると?」

「常識で考えればそういう結論になる。君がそれを否定したとしても、いや、否定するほど君が愛香のことを思って嘘をついているんだと考えるだろう」


 そうなのか? 僕のやったことは愛香に誤解させるほど常識から外れたことだろうか。


「他にも愛香が疑う理由がある」

「……それは?」

「優香が他の男の子供を妊娠して苦しんでいる時に、君は驚くほどの寛容さで娘を救ってくれた。そのことを娘がどれほど感謝しているか……君にはわかってるか?」

「式場での彼女の言葉を聞いて、それは理解しているつもりです。他にも何かにつけて僕に伝えようとしてくれています」

「感謝の裏には君に申し訳なかったという気持ちがある。娘だけじゃない。私たち親にもその気持ちはある。母さんのこともそうだ」

「悦子さんの?」

「君が1ヶ月近くもの間、母にあれだけ良くしてくれていたのに、儂らはそれに気づいてさえいなかった。本当なら子どもである儂が母にするべきことだった」

「いえ。それは違うと思います。僕は認知症の親を持つ人の体験談を読んだことがあります。過去のその人をよく知ってるからこそ、勘違いしたり苦しんだりしてしまうんです。他人に任せたから上手くいくことも多いんです」

「君はそんな風に感謝する方の気持ちを否定しようとするが、そんなに簡単に気持ちを割り切ることなんてできないんだ」

「そうですか。……それについては、理解できない訳じゃありません」

「愛香はそんな雰囲気を感じて育つことになる。そしてどうして母親や祖父や祖母が、父親に対して申し訳なさそうにしてるんだろうと思うだろう」

「……つまり?」

「優香や儂たちが君を騙して結婚させた。そう考えれば辻褄が合うわけだ。儂たちは愛香をそんなことで悩ませたくない」


 お義父さんの話を聞いている内に、僕もそれがあり得そうなことに思えてきた。


「……つまりこういうことですね。アイツの子を妊娠した優香が死に別れてから愛香を生んだ。まだ若い優香のためにお義父さんたちは愛香を養子にした。事情をわかった上で僕は優香と結婚をした。生活を共にしたことで僕は愛香に愛情を持つようになった。そういう筋書きにするんですね」

「君の愛香への愛情は疑いようがないと儂たちも思っている。愛香を儂たちの養子にするのは、そのことで愛香が君の親としての愛情を疑うとは思えないからだ」

「親として?」

「この家でも学校でも、優香は君を父親、私たちを祖父母として育てることになる。名字も神崎を名乗らせるつもりだ」


 通称名というやつだ。ほとんどの学校でも通称名として戸籍とは違う名字を使うことができるそうだ。例えば親が離婚して戸籍上の名字が変わった時も、元の名字のまま学校生活を送ることができる。


「僕への遠慮とかではなく、愛香のためを思ってなんですね?」

「そうだ」

「優香は?」

「十分に話をした。基本的には賛成だが何より君の意思を優先すると言っている」


 肝心の優香が認めている。それでも僕は反対するべきなんだろうか。


「君が愛香を自分の戸籍に入れたいと思うのは、2人を幸せにするという約束を守るためだろう?」

「そうです」

「愛香の戸籍が儂たちの養子だと、それはできなくなることなのか?」

「え? ……それは」

「君が愛香を娘として愛している。その気持ちが戸籍によって変わるかもしれないのか?」

「いえ。それは絶対にありません」


 僕はそう断言した。お義父さんから言われたことで、僕は自分の気持ちにはっきりと折り合いがついた。


「わかりました。そういうことなら、愛香はお義父さんたちの養子ということで構いません。いずれ愛香に僕の実子じゃないと伝えるときに、自分の意思で僕の養子になるかを聞いてみようと思います」

「そうか。それが良いと儂たちも思っている」

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん これに関しては正解がわからないけど何かとち狂ったら禁断の関係を望みそう 本人は優香一筋だろうけど
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