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39 胎児

 僕はベッドの上で優香を抱きしめている。今日はスケジュールで決めた彼女と一緒に寝る日の2回目だ。


 僕は優香を右腕で腕枕しながら、左手でその頭を撫でている。間近から見下ろす彼女の顔が幸せそうなので、僕はいつまでもその手を止められないでいた。

 僕の脇腹に押し当てられている彼女の柔らかい胸は、気のせいか先週より豊かさが増している気がする。


 僕があのぶっちゃけた話をしてから、優香は僕の気持ちを素直に受け入れてくれるようになった。僕への感謝の気持ちを何かで示そうと焦ることもなくなった。

 まだ僕に触れられるのが恥ずかしいようで、抱きしめていると優香の心臓の高鳴りを感じることもある。彼女に言うにはそれも幸せの一部だそうだ。


「あっ」

「どうした?」

「今……動いた」

「えっ……わかるんだ。……僕が触ってもいいか?」

「……うん」


 この姿勢だとお腹を触りにくいので、優香に言って僕に背中を向けてもらった。


「どの辺り?」


 僕がそう言うと、優香の両手が僕の左手をその場所に誘導してくれた。手のひらが柔らかな素肌に触れてドキッとしたけど、なんとか声は出さずに済んだ。

 親指がへその窪みに当たっているから、いま触っているのはそのすぐ下だ。かなり際どい位置だけど、この手の下に優香の子どもがいると思えば淫らな気持ちにはならなかった。


「ここにいるんだ。…………僕には動いてるのかわからないな」

「今は動いてないよ。動いたらその時に誠に教えるね」


 そう言われると動くまで手を離せなくなった。凄く手触りが良いから離したくないとも思う。母親は本能で子どもを守ろうとするはずなのに、こんなに無防備に僕が触れ続けさせてくれる優香への感動もある。

 こうしていると、この子が僕の幸せを象徴しているように思えてくる。前回一緒に寝た時には興奮して眠れず昼近くまで寝過ごしてしまったけど、今日はこのまま彼女と眠ることができそうだ。


 ◇◆◇◆


 優香がお義母さんと病院から戻ってきた。妊娠22週での妊婦健診だ。


「女の子だって」


 今回の超音波健診で初めてわかったそうだ。男の子ならアレがあるからもう少し早く確定するそうだ。


「そうか。きっと優香みたいな可愛い子だな」

「……」

「どうした?」

「わたし、女の子って言われてホッとしたの。もし男の子で、父親に似てたらどうしようって思ってた」


 ああ、そうか。僕にはそんな態度を見せてなかったけど優香はそんな心配をしてたのか。


「僕は男だろうと女だろうと、滅茶苦茶可愛がる自信があるよ。あいつに顔が似てたって構わない。いや、それで息子がモテるのなら自慢できるぐらいだ」

「……誠は本当にそう思ってるんだよね」

「ああ。こんなことで嘘をついたりしない。でも、優香がそれで嫌なことを思い出してしまうのなら僕も女の子で良かったと思うよ」


 僕が笑顔でそう言うと、優香は自分のお腹に手を当てて少し陰のある表情で言った。


「誠は……もう平気なの?」

「今みたいに優香が辛そうな時には腹が立つよ。だけど最近はそんな様子も見せなくなっただろ。僕自身はあいつに大したことをされてない。あんな最後だったのを哀れに思えるぐらいだよ」

「わたしも……許すとは言えないけど恨んでもいないの。この子のことだって」

「良かった」

「え?」

「血の繋がりだけの父親でも、母親に恨まれたら()()()が可哀想だろ?」

「あら? 早速ね」


 お義母さんが僕に茶化すように言った。


「優香ちゃんより生まれるのを楽しみにしてるんじゃない?」

「この子の出産予定日って、ちょうど共通テストの実施日なんですよ。それが終わっても僕には2次試験があるんです。この子が生まれたら僕が一番可愛がってやるつもりだったのに」

「2ヶ月ぐらいでしょう。我慢しなさい」

「優香の次には僕の声を覚えるように、いっぱい話しかけてやりたいんです。抱っこもしてやりたい。お風呂に入れたり、おむつを替えたり、泣いてるのをあやしたりしたい。父親だって実感したいんです」

「父性が芽生えるのって、子どもの顔を見てからじゃなかった?」

「僕は違いますね」

「優香ちゃん。このままだと誠くんを取られちゃうわよ」

「あ、それはありません。優香は僕の不動の一番です。僕にとって娘がこんなに可愛いのは優香の一部だからです」

「子どもは母親の一部なの?」

「えっと、言い方が良くなかったですね。もちろん僕は娘を1人の自由な人間だと思ってます。でも優香にとっては自分と分かち難い存在ですよね。損得なんて関係なくただ幸せなら嬉しいんですから」

「男の子に母親の気持ちを語られるのは微妙な感じだけど、誠くんには行動で無償の愛ってのを見せてもらってるからね。もしかして優香ちゃんも貴方の娘なのかしら?」

「え? 優香には凄く大きな見返りを期待してますよ。なにせ人生のパートナーになってもらうんですから。勃起はしてなくても彼女の裸を見たりハグをすれば興奮します。僕以外との恋愛を許すつもりもありません」

「まあ、そうなの。だいぶ夫婦らしくなってちゃんと独占欲もあるんだ。良かったわね、優香ちゃん」


 お義母さんの言葉に優香は照れながら笑顔を見せた。


「最近は一緒にお風呂に入ったり寝たりした時に、お腹に触らせてもらってるんです。優香に子どもが動いてるって言われて」

「まだ早いんじゃない? もっと大きくなるまで待ったら蹴ってるのが目で見てわかるぐらいになるわよ」

「今でもわかりますよ。じっと手を当てたままでいると手のひらに動きを感じられるようになったんです」

「えっ? そうなの?」

「はい。慣れてきて優香が感じた時の半分くらいは僕にもわかるようになってます。それでですね。僕が指先で軽くトントンとすると、そのタイミングで動いたことも何度かあったんですよ」

「わたしは偶然だと思うんだけど」

「優香の言う通りかもしれません。でもなんだか嬉しくなるんです。早くここから出てきて僕の指をぎゅっと握ってくれないかな。あ、トントンとするのは10分に1回くらいですよ。それとしばらく動いてない時にはしません。寝てるのを起こしたくないので」

「……優香ちゃん。これは親バカ確定ね」

「僕は甘やかすことしかしない予定なんです。それがこの子ためにならないとお義母さんたちが思ったら、その時は遠慮のないご指導をお願いします」


 ◇◆◇◆


 今日も優香を抱きしめながら眠る日だ。熟睡できるようになってからは頻度を上げて今は週に3回だ。

 風呂から上がって木綿のパジャマに着替えた優香が僕のベッドの上に座っている。結婚した日に比べてはっきりとお腹が大きくなっている。お腹ほどじゃないが胸もサイズアップした。


「今日はこれを使わせて欲しい」

「何?」

「子どもの心音を聞くための道具なんだ」


 医者の使うような聴診器や電子機器が市販されているけど、僕が取り出したのは木製のトラウベと呼ばれるもので、正確にはその模造品だ。


 ラッパのような形で本物はネットで買うこともできる。でも試しに買ったのは強く押し当てると肌に丸い跡がつきそうなことと、長さが20センチ近くあるので寝ながら長く聞き続けるには不向きだった。

 そこで僕はこけしを作る木工用ろくろを買って改良版を自作した。今日はその初回チャレンジだ。


 優香には仰向けに寝てお腹を出してもらう。僕がその上に短く軽い自作トラウベを置いて耳を当てると、少し戸惑った顔で見下ろしている優香と目が合った。彼女に笑顔を見せてから音に集中するために目を閉じた。

 思ったより色々な音が聞こえてきた。でもネットで調べた胎児のトットットッという早い心音はわからない。それよりも母親の内臓の音や胎児が動く音の方が聞こえやすいようだ。


 僕が指で優香のお腹をトントンと叩くと、聞こえていた音の一部が少し静かになった。そしてしばらくの間を開けてから、さっきより大きな音が数秒間続いた。やっぱり僕に反応してくれてるんだ。


「誠。嬉しそうね」

「嬉しいからだよ」

「まだ早いと思ってだけど、そんなによく聞こえたの?」

「色んな音が聞こえるよ。今もね」


 この子はこの音を聞いて育つんだな。


「え? 今は動いてないけど。ずっと聞こえてるなら子どもの音じゃなくてノイズだよね?」

「優香の体から出てる音だぞ。生きてるから聞こえる音なんだ。ノイズの訳がないだろ」

「……」


 優香が複雑な表情になって、その頰が赤味を帯びた。


「あれ? もしかして体内の音を聞かれるのって恥ずかしい?」

「ううん。誠の愛を感じただけ」

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