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37 BMI

 ここは鈴原家では小さい方の風呂だけど、浴槽は大人2人が向かい合って入れる大きさがある。ただし互いの脚を交差させないで、つま先を突き合わせた座り方だとさすがに窮屈だ。

 そして今は窮屈じゃない座り方だ。僕の右脚は優香の両脚の間に、優香の右脚も僕の両脚の間にある。だからこの右脚は絶対に伸ばせない。


「こんなに丁寧に体を洗ってもらったのは初めてだよ。自分の体もこのくらい時間をかけて洗ってるの?」

「大体そうかな」


 だとすると、さっき優香が入った短い時間ではざっと汗を流す程度しかできなかっただろう。


 こうして向かい合って風呂に入ると、僕と優香の体型の違いがよくわかる。特に違うのが座高の差だ。彼女は肩までしっかり浸かっているけど、僕は乳首の上で止まっている。

 それと膝上と膝下の比率も違う。優香は膝下の方がずっと長いから前屈みにならなくても膝が胸のすぐ前にくる。豊満な部分を膝で隠せる体型だ。僕の膝が胸から離れた位置にあるのとは対照的だ。


「そろそろ、わたしの背中を洗ってもらえる?」

「ああ、いいよ」


 僕は先に立ち上がって浴槽を出ると、ボディソープとタオルを手に取った。後から浴槽を出た優香が僕に背中を向けて座るまで振り返るのを待つ。

 さっき浴槽に入ろうとした時に鏡に自分の顔が映っていた。特に自覚してなかったけど、僕にはいつもよりだらしない表情に見えた。優香に僕のニヤけた顔は見られたくない。


 先ずボディソープを泡立てるところからだ。やってみても優香のような細かい泡にならない。彼女に手本を見せてもらって真似をすることで少しマシになった。


「背中の手が届くところは先に洗ってくれないか? 僕は泡の付いてない部分を洗うから」


 こう言えば触られたくない場所は自分で洗うだろう。優香の洗い方を見て参考にしたいというのもあった。


「後はお願い」


 優香の洗い残した部分は思ったより広かった。彼女は自分でブラジャーのホックを外せるぐらい手の届く範囲が広い。わざと僕の仕事を残してくれたんだろう。


「じゃあ、これから背中を洗うから、やり方が間違ってたら言ってくれ」


 手のひらに泡を溜めて、擦るんじゃなく泡を塗る感じで手を動かした。指先がそっと触れるぐらいの力加減だ。手を細かく動かしながら洗っていく。

 背中のまだ泡のない部分がほんのりと色づいてきた。恥ずかしさを我慢してくれていると思うと優香が可愛くて仕方ない。


「どうかな」

「……」

「優香?」

「……上手だと思う。とっても丁寧に洗ってくれてるよね。それがわかる」

「泡が細かくなるほど膜になって触れてる感じが少なくなるんだな」

「少し触れてる方が洗ってもらってるって実感があるから、このぐらいで丁度いい」


 優香の小さな背中は、丁寧にやっても3分程で洗い終わった。その間に優香は腕や脚、身体の前の部分を洗い始めていた。


「わたしが体を洗ってる間に、誠は頭を洗ってくれる?」


 そう言って優香は髪留めを外した。


「頭を洗い始めたら目は開けられないよ」

「体を洗うのは手探りでも大丈夫」

「……了解。シャンプーはどれ?」

「そこの青いの」


 裸で目が見えない状態だと側に男がいるのは不安だろう。それをあえて無視することで優香は僕への信頼を示してくれた。


「本当なら最初にブラッシングをして、その後にお湯でよく洗うんだけど」

「さっき入った時に済ませてるんだね。じゃあお湯をかけてシャンプーを髪に馴染ませるところから?」

「シャンプーは髪の毛じゃなく頭皮を洗うの」

「へえ、そうなんだ」


 優香の頭は思った以上に小さかった。これで試験の結果が同じくらいなのは脳の効率に差があるんだろうか。

 頭皮をきれいにした後は、タオルで髪の水分を取ってからコンディショナーを馴染ませる。そして最後にシャワーで全身の泡と一緒に洗い落とした。




 最後にゆっくりと湯船に浸かることになった。先に優香に入ってもらって僕は後から入った。できるだけ優香の裸を見ないためだ。

 さっきのような危険な状況を避けるため、僕は自分の両脚を片側に寄せて座った。でも優香はさっきと同じように自分の両脚で僕の右脚を挟んでしまった。


「誠は、がっかりしてない?」

「え?」


 がっかりはしてない。今はドキドキにちょっとハラハラが混ざった心境だ。


「わたしの体を見て、痩せ過ぎだと思わない?」

「は?」


 確かにスリムな体格だけど痩せ過ぎとは全く違う。体型にあった肉付きなのはバグした時に確認済みだ。見た目だって文句のつけどころがない。


「全然。前にも言ったけど僕の理想だよ」

「わたしのBMIって17なの」


 BMIは身長と体重から計算できる値で、日本人だと22が標準とされている。18.5未満は低体重とされていて僕はそれより少し上だ。


「そうなんだ。それは低いな」

「男の人って、もっと標準に近い体の方が好きなんだよね」

「普通ならそうだね」

「誠は普通じゃないの?」

「普通じゃないのは優香の方だよ。優香はBMIが17でも痩せ過ぎじゃない体なんだ」

「え?」

「例えばBMIが標準の22でも、人によっては痩せてたり太ってたりするんだよ」

「そうなの?」

「僕の知り合いの野田って人だけど、肋骨の形がわかるほど筋肉がなくて体脂肪率が一桁なのにBMIはほぼ標準なんだ」

「え?」

「身長と体重で計算してるだけだから、脂肪が少なくても筋肉が多かったらBMIは高くなる」

「わたしは平均より筋肉があると思うから、数字よりも痩せてるはずなの」

「だけど影響があるのは筋肉だけじゃない。骨格が太目で内臓も平均より重かったらBMIは高くなるし、逆なら低くなるんだよ。優香は骨格からスリムってことなんだ」


 僕は浴槽の縁に置いた防水スマホを手に取ると優香に尋ねた。


「それに優香の場合は他に普通じゃないことがある。身長は165だったよね。股下は?」

「確か、81か82」

「81.5とするよ。すると脚の長さが身長の49.4%になる。平均は45%くらいだから優香より座高が6.5センチ高くて脚は6.5センチ短いってことになる。座高が同じ人との比較なら脚だけ13センチ長くしたのが優香だ。腕を広げたら身長と同じっていうから腕も6センチずつ長いのかな」

「えっと……それで?」

「同じ13センチでも脚は胴体よりずっと軽いんだよ。優香の脚と腕を平均並みに縮めて身長を152にしたら……17だったBMIが20近くになる」

「そうなの?」

「極端な話をしようか。例えば◯フィがゴムの手足を伸ばして身長を2倍にしたとする。BMIが同じなら体重は4倍になるけど、そうなるには肉を大食いして丸く膨れた◯フィにならないと無理だろ?」

「◯フィって、空気を吸い込んでも重くなるよね?」

「あ、例えが悪かったか」

「でも言いたいことはわかった」

「脚が長くてスリムな女優さんだと、BMIが18くらいなのに体にはメリハリがあって脂肪もそれなりに付いてる人っているよね。優香は特別に脚が長いから尚更なんだ」


 僕の言葉に優香はしばらく考え込んだ。そして僕の目を見て言った。


「じゃあ、誠にとってわたしが理想だって言ったのは本当なの?」

「うん。それに僕だけじゃないよ」

「え?」

「そのBMIって中学の頃からずっとだよね。聞いてないだろうけど、水着での優香は脚の長さも含めて男子に人気があった」

「そうなんだ」

「女子の友だちだって褒めてくれただろ?」

「BMIが同じくらいの子がいて他の子に羨ましがられていたの。でも、わたしには痩せ過ぎに見えてたから」


 モデルや女優を基準にして考えちゃうからだろうな。……いや。すぐ近くに見本がいたのか。


「もしかして、湊川に痩せ過ぎって言われたのか? BMIが17なんてガリガリだとか」

「……」

「やっぱり。あいつの言いそうなことだよ。優香の自信を無くさせるのが目的だったのか。……いや。あいつの好みがそっちだった可能性もあるか」

「……でも、それだけじゃないの。ネットとかにも女と違って男は痩せてる女は好きじゃないって書いてあったから。見るだけなら良いけど抱きたくないとか」


 抱きしめる相手として痩せ過ぎに人気がないのはわかる。その中には自分の目よりBMIで判断する男もいるだろう。


「でも僕の説明を聞いたから、優香のスタイルが普通に見ても魅力的だってことはわかったよね」

「普通っていうのは別にいいかな」

「うん?」

「誠にとって魅力的なら他の人はどうでもいい。それと、誠がわたしのために頑張って説明してくれたことも凄く嬉しかった」


 そう言って優香は僕に笑顔を見せた。


 最近の優香は、こんな風に自分とって僕がどれだけ特別かを教えてくれることが増えている。

 僕への感謝を積み増しされて彼女がこれまで以上に気を遣ってるんじゃないか。そう思って相談したお義母さんからは、こんなことを言われた。


「夫婦って似てくるって言うでしょ?」

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