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36 夫婦風呂

 翌朝の9時過ぎに予定通り瀬田家の迎えが到着した。


「君が神崎くんかな。結婚おめでとう」

「ありがとうございます」

「優香ちゃんも、おめでとう。すごく幸せそうだね」

「はい。ありがとうございます」

「やあ、ご苦労様だったね久保くん。長い運転で疲れただろう。ゆっくり休んでから帰ってくれ」

「……順平おじさん?」

「ん? どうした?」

「いえ……お元気そうですね」

「ああ。こんなに晴々した気持ちは久しぶりな気がする。少し出かけてくるが昼には戻るよ」


 お義父さんを見送った後で、彼は自分の配偶者に話しかけた。


「どうなってるんだ? 優香ちゃんが高校生で妊娠して結婚だろ。伯父さん、間違いなく激怒、までは行かなくても不機嫌なのは決まってると思ってたぞ」

「ちょっと、失礼よ」

「え? あっ! すまないな、神崎くん」

「いえ。娘がそうなったら僕も普通はそうだと思います」

「普通じゃなかったのか?」

「その辺のことは私が後で話してあげる。聞けば納得するから」


 ◇


「驚いたよ。神崎くん、生まれ変わりなんだって?」


 久保さんが冗談っぽい口調で僕にそう言った。藤子さんから悦子さんに関しての説明を受けたようだ。


「違いますよ」

「そうだよな。でもそのおかげで妻のおばあちゃんが幸せに死ねたんだったら、それは方便ってやつだな」

「そんなところですね」

「すごいよな、神崎くんは。伯父さんが感謝するのは当然だと思う。経済的に自立もしてるんだって。本当に高校生か?」

「優香と結婚したんですよ。このくらいはできないと」

「高校生のふりした詐欺師とかじゃないよな?」

「スマホの個人情報アプリで確認しますか?」

「いや、冗談だよ。優香ちゃんと結婚するんだから並の高校生じゃ周りも納得しないよな」


 湊川の話はしていないのに僕が優香と結婚できたことに納得してもらえた。悦子さんに感謝することがまた増えた。


「でも安心したよ。優香ちゃんのことも」

「何がです?」

「春頃にちょっと見かけた時、珍しく少しやつれて見えたんだ」


 その頃は確かにそうだった。妊娠したショックとつわりで食べられなかったり吐いたりした時期もあったそうだ。


「その後に彼女が妊娠してて結婚するって聞いたから。結構心配してたんだよ」

「ありがとうございます。優香はもう大丈夫ですから」

「ああ、見たらわかるよ」


 そう言った視線の先には優香がいた。


「幸せ太りってやつかな」


 優香のスタイルでそれはちょっと言い過ぎだ。そう思った僕の表情に気づいたのか、久保さんは慌てて彼女にも聞こえる声で訂正した。


「いや、普通の女の子と比べたら細すぎるぐらいだな」

「ですよね」


 ◇


 昼過ぎに瀬田一家がこの家から離れると、鈴原家はすっかり静かになった。この広い家に今は4人しかいない。帰省前に戻っただけなんだけど暖かい多くの視線が消えたから寂しさを感じてしまう。

 お義母さんが作った夕食を食べ終わると、いよいよ次は2人で風呂に入る時間だ。食事中も優香が緊張しているのが目に見えてわかった。


「優香ちゃん、食欲がないの? つわりはもう大分前に終わってたわよね」

「ちょっと、間食したから」


 優香とは午後から一緒に勉強をしていた。間食というほどの量は食べてないはずだ。

 夕食を終えて一緒にテレビを見ている今は、緊張が更に酷くなっているように見える。もしかして本当に体調が悪いのかもしれない。


「体調が良くないなら、今日はもう休むか?」

「ううん。大丈夫」


 具合が悪いわけじゃないなら、やっぱり恥ずかしくなってきたんだろうか。優香が乗り気じゃないなら僕としては一緒に風呂に入るのを延期したい。

 だけど以前から過保護が過ぎると言われているし僕が消極的だと勘違いされるのも困るから、簡単には言い出せない。


 CMの時に部屋を出て行った優香が次のCMになっても戻らなかった。普段なら気にしないけど今日は風呂の約束がある。

 先に入って待ってるのかも。そう思った僕が風呂へ様子を見に行くと、風呂場の方からドライヤーの音が聞こえてきた。僕はすぐに元の部屋に戻った。


 風呂で待ってたのに僕が来ないから出たのか。いや、いつもは1時間くらい入浴しているんだから上がるのが早すぎる。

 僕が休むように言ったから今日はもう2人での入浴はないと思ったんだろう。時間が短かったのはやっぱり疲れていたのか、それとも生理……はあり得ないんだった。


 番組が終わったところで僕も風呂に入ることにした。浴槽に浸かって10分ほど経った頃にドアが勢いよく開く音がした。


「優香か?」


 僕の質問に答えはなく、呼吸数回分の時間の後に浴室の引き戸が勢いよく開けられた。


「どうして1人で入ってるの!?」


 堂々とした裸で優香は叫ぶように言った。目には涙が滲んでいたけど、恥ずかしがってる様子はなくて明らかに怒っていた。


「だって、優香はさっき風呂に入ってただろ?」

「えっ? それは……体を洗っておきたかったから」

「だから今日は一緒に入らないのかと」

「そうじゃなくて。1人で入る時はスマホで電話してくれるって約束したよね?」

「あ、そっちか。それは悪かったよ」

「……怖かったんだから」


 涙目だったのはそのためか。


「でも、どうして服を脱いでるんだ?」

「え、だって今日は……」

「もう体は洗ったんだろ?」

「で、でも。それは準備だから」


 話しながら優香の顔が赤面していった。そしてその色が身体中に広がっていく。前の時のような驚きは無くても、優香の裸は相変わらず凄味を感じさせるほど綺麗だった。


「……わたし、変?」

「何が?」

「……」

「えっと。優香を見てどうかってことなら前に説明した時と同じだよ。凄く綺麗だと思う」

「でも、…………細すぎるって言ってたよね」


 えっ!? 何のことを……あっ、もしかして。


「それって久保さんが言った? あれは久保さんが優香を幸せ太りって言ったから、太ってるなんてとんでもないって話だよ」


 それを聞いて優香の表情が安心したように柔らかくなった。あの会話が最後だけ聞こえていたのか。これからは今まで以上に言葉に注意する必要があるな。


「だったらもう体は洗わなくていいのか。お互いに背中を洗い合ったりとか、ちょっと期待してたんだけどな」

「せ、背中はあまり洗ってないから」

「それはありなんだ」

「う、うん」


 場の空気を和らげようと軽口を叩いてみたんだけど、優香が照れた仕草をするから僕も意識してドキドキしてきた。


「じゃあ、僕の背中から洗ってくれる? 終わったらお湯に浸かって温まって」


 昨日からの雨が夕方に晴れてからは気温が下がって、今は8月とは思えない気温だ。濡れた裸では寒さを感じるほどになっている。


「そうだ。入浴剤を買っておいたんだけど使う? お湯に色がつくのは好きじゃない?」

「ううん」

「じゃあ、入れておくよ」


 そう言って僕は浴槽から出ると、棚から入浴剤を取って浴槽に入れ、それから優香に背中を向けたまま風呂椅子に座った。

 優香は僕に裸を見られても隠さないように頑張ってくれている。こうして視線を向けなければ少しは気が楽だろう。


 優香はスポンジタオルにボディソープをつけると泡立てた。そしてその泡を手で僕の背中に塗った。


「えっ?」

「な、何?」

「タオルで擦らないんだ?」

「う、うん。手の届くところは。その方が皮膚の脂分を落とし過ぎないから」


 そうなんだ。僕は素手で体を洗うのは、お仕事で男の体を洗う女性がすることだと思ってた。

 ん? だとすると、僕も優香の背中を素手で洗うことになるのか? それはちょっと僕には刺激が強過ぎるんじゃ。


 自分なら数秒で洗い終わる背中を、優香は数分かけて洗ってくれた。僕は自分の番に備えて彼女が洗う手の動きを覚えることに集中した。

 洗い終わった優香には湯に浸かってもらって、僕は背中以外の部分をタオルでなく素手で洗ってみた。この後にすることの練習のためだ。


 最後に頭を洗おうとすると、優香が自分が洗いたいと言った。僕は浴槽の中から手の届く位置に椅子を動かして、後は優香に任せることにした。

 床屋で頭を洗ってもらっているが、優香の手はその何倍も気持ちが良かった。その指遣いには愛情が感じられた。


 最後にシャワーで泡を洗い流してもらってから、僕は浴槽の中で優香と向かい合った。

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