34 転生
そろそろ日付が変わろうかという時刻になっても、僕は叔父さんや叔母さんから感謝をされ続けていた。
「優香はもう休んでおいた方がいい」
「でも…」
「妊婦としてはあまり良くないストレスを感じてたと思うから。僕に言いたいことがあるなら明日ゆっくり聞かせてよ」
周りも優香の精神的なダメージを感じたようで、末弟叔父の奥さんは彼女にもう休むように言いながら居間から一緒に去っていった。
場所がリビングに移ってからも僕は皆から感謝の言葉をかけられ続けた。いつの間にか話は悦子さんのことから他の昔話にも広がっていた。そしてテーブルの上に酒が置かれるとその場のテンションは更に上がっていった。
夕食後に酒が入った時はこれまでもそうだったように、年長者以外はリビングから追い出された。酔った勢いで湊川の話が出てそれを聞かれたら困るからだ。
酔いが回った叔父たちと叔母たちはすっかり宴会のように盛り上がっていた。それだけ悦子さんのことが心の重しになっていたんだろう。
感謝されるのは嬉しいけど、この雰囲気が明日以降も続いたりしたら既に強過ぎる優香から僕への感謝があり得ないレベルに達してしまいそうだ。
「皆さん、すみません。悦子さんのことで僕に感謝するのは今日限りにしてもらえませんか?」
「え、どうして? 鈴原家には『恩には必ず報いるように』という家訓があるの。お礼を言っただけで終わりにするのは難しいわよ」
「家訓という訳じゃないだろ。でも俺たちが母さんにそう言われて育ったのは確かだな」
「それだと困るんです」
「え? 何が?」
「優香の様子は見てましたよね? 僕と悦子さんの関係に気づいてなかったことで、彼女は自分を責めてました。今の僕はそれが一番気がかりなんです」
僕がそう言うと、騒がしかったリビングが少し静かになった。
「もし僕が身内だとしたら、病院で悦子さんに僕がしたのは当然のことですよね。この件をそんな風に見てくれませんか?」
「……そう。わかったわ」
「え? おい、清香」
「神崎くんにとって、皆に感謝されることより身内だと思ってもらう方が嬉しいのよね。それが優香のためだから。これからあたしが皆にその話をするわ。神崎くんは優香の様子を見てきてあげて」
「お願いします」
ちなみにお義母さん以外が僕を神崎と名字で呼んでいるのは、マコトと言ったら真琴さんのことだったからだ。
◇◆◇◆
親戚たちの帰省も今日で6日目だ。顔を洗いに行ってJDの結衣さんとすれ違った時、彼女が呟くように言った。
「転生・TS・叔母姪・幼馴染。こんな奇跡がこの世にあるなんて……」
母親から昨日のことを聞いたんだろう。最後の単語が掠ってるだけで他は全然違うからね。
例年だと盆休みの帰省は3日間か4日間というのが多いので、揃ってこんなに長く残っていたのは初めてのことらしい。
ほとんどの家族が明日には帰るということなので、イトコ達とは今日の内に挨拶を兼ねて話をしておくことにした。
◇
「変だと思ってたんだ。誠お兄ちゃんには裸を見られたり触ったりしたのに、全然嫌な気持ちにならなかったから。真琴おばちゃんの生まれ変わりだったんだ」
優奈ちゃんにそう言われた時は、すぐには何のことかわからなかった。もしかして、昨夜の話し合いの結果がこれなのか? 確かにそれなら身内がやったことになるけど。
優奈ちゃんは男に裸を見られたり体に触れたりするのは嫌なんだ。そのことに安心しつつも、そのせいで優奈ちゃんの言葉を否定し難くなってしまった。中身が完全に男だと主張したら彼女の心を傷つけてしまうかもしれない。
「えっと。もし生まれ変わりだったとしても、生まれる前のことは全然覚えていないんだよ」
「そうなんだ。でもそれが普通なのかな」
「普通?」
「覚えている人が世の中にいっぱいいたら、生まれ変わりの人ってもっと知られてるはずだよね」
「それはそうだね」
嘘は言ってないんだけど、優奈ちゃんがいい子過ぎるから僕は騙しているようで心が痛んだ。
◇
「誠さん。転生してたって本当ですか?」
JKの鏡花ちゃんにもそう言われた。
「結衣さんと一緒にいた時に言ったよね。僕には転生前の記憶とかはないって」
はっきり否定できないのは、それが優奈ちゃんに伝わると困るからだ。
「一度告白してしまったら、同性同士の方が照れずに気持ちをストレートに言えますよね。なるほどなって思いました」
「そうなの? 僕は女の子には詳しくないからわからないんだ。これも前に言ったよね?」
真面目に考えれば、生まれ変わりなんて一笑に付すような話だろう。どうしてそんなに抵抗なく受け入れてるのかな。
「誠さんには、私や他の女の子を意識してる感じが全然ないんですよね」
「僕も意識はしてるよ」
「そうですか? 誠さんは何というか……そう、いかにも天然って感じだから話したことやしたことが全然気に障らないんですよ」
「それって悪口じゃないよね?」
「違いますよ?」
「天然じゃなくて……それを言うなら自然だとかじゃないかな?」
「自然じゃないです。誠さんは色々とインパクトのある言動が多いので。まあ、台風だって自然の一部ですけどね」
◇
結衣さんに自分から話しかけるのは避けた。時々チラチラと視線を送ってくるが、それ以上の接触はしてこないようだ。
◇
「誠くんが真琴おばちゃんの生まれ変わりなんだって? 母さんが急にそんなことを言い出したから大丈夫かと思ったけど、割とみんな本気みたいだね」
アラサー前で0歳児の母親が僕にそう言った。
「皆って?」
「女性陣はほぼ全員。男性陣はよくわからないけど半々ってとこじゃないかな」
「藤子さんは?」
「だからほぼ全員。アタシは半信半疑ぐらいかな」
「半分は信じてるんですか?」
「誠くんは普通じゃないからね。言われてみると、ああって思うところもあるから」
「普通じゃないですか?」
「自覚のないところが余計にね」
あれから真琴さんの写真を見せてもらったけど、普通に綺麗な女で僕とは似ても似つかなかった。
「誠くんはおばあちゃんに真琴おばちゃんの気持ちを代弁したんでしょう?」
「ええ、まあ」
「母さんが言うには、どんな風に話したのかを誠くんから聞いてた時に、真琴おばちゃんの姿が頭に浮かんだそうよ。本当に真琴おばちゃんが話してるような言い方だったって」
いや。それは悦子さんが真琴さんの色々な言葉を僕に話してくれたからだ。それで覚えた口真似が自然に出ただけだから。
◇
「完全に同じってわけじゃないけど、言われてみれば真琴さんに似てるわよね」
アラサー後半、2児の母親にそう言われた。
「似てる? 僕と真琴さんが?」
「話し方とか仕草とか。完全じゃないけどちょっとしたところで似てるところがあるの。いま驚いた時に眉がちょっと上がったけど、真琴さんもそうだった」
そんな仕草は別に珍しくないだろう。この家では真琴さんだけだったのかな。
「それに病気のせいで痩せていて、本をよく読んでたからか亡くなる前には眼鏡をしてた。性格で似てるのは、あまり自分の意見を主張しないところとか、周りに対する目が優しいとか、好きな相手に素直に好きって言うところとか」
周囲に対して好意的だったり好きと言ったりするのは、あくまで鈴原家に限定した話だ。
でも思ったより共通点があった。それぞれは何となく似てる程度なのに、それが集まったことで偶然じゃないように思えるんだろう。
「それと、これは似てるってことじゃないけど。他の男の子供がお腹にいるのに喜んで結婚したことや、優香を相手にアレが立たないってこと。叔母としての目線ならそうなるかなって」
「優香のことを姪だとは全く思ってないんですが」
「それは見てたらわかるわよ。少なくとも意識としてはそうなのね」
潜在意識の方でも、僕は優香を姪とは認めてませんからね。優香に性的な興奮をしてないわけじゃないんだから。
◇
例の従兄弟3人は、向こうから僕の部屋にやってきた。
「ばあちゃんが誠の世話になってたんだって。具合が悪くなってから俺たちはあまり会えなくなってたんだけど、小さい頃にはよく世話になってたんだ。礼を言わせてくれ」
「実を言えば、僕は優香が悲しむのが心配でおばあさんに会いに行って、優香の話を聞きたくて仲良くしてたんだ」
「そうだとしても、それでばあちゃんが幸せだったんなら感謝したい」
悦子さんからは彼等についての話も聞いていた。一緒に暮らした時間は優香に比べれば短かくて思い出の数もそれなりだったけど、可愛い孫には違いがなかった。
彼らについて悦子さんから聞いた話は少ないと思ってたけど、全て詳しくとなったら話し終わるのに1時間近く掛かった。
僕の聞いた中には彼等が覚えていないことも幾つかあった。孫に会えるのをどれだけ楽しみにしていたかを話した時は、しんみりとした彼等が涙を滲ませたりもした。
「母さんたちは生まれ変わりがどうこう言ってたけど、俺から見たら誠はやっぱり男にしが見えないからな」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「生きてる真琴おばさんに会ったのは、この中では俺だけだ。まだ小さい頃で遊んだ思い出もほとんどない」
「車椅子生活だったそうだから。元気な幼児の世話をするのは無理だろうね」
でもそれを言うなら、JD以下の従姉妹たちも真琴さんと縁がないのは同じはずなんだよな。
「優奈のことなんだけどさ」
3人が部屋を出て行った時、1人だけ残った
信一郎が妹のことを口にした。
「あいつ、誠の話をする時はなんか嬉しそうなんだよ。ちょっと顔を赤くしてたりさ。もしかしたら誠に気があるのかと思うんだけど、上手く傷つけないようにあしらってやってくれよな」
彼女が赤くなっていたのは別の理由なんだけど、兄妹愛に配慮して僕は頷くだけにした。




