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31 容姿と誤解

 お義父さんはひとつ咳払いをしてから話し始めた。


「はっきり言わせてもらうよ神崎君。君は優香に対して下手に出過ぎなんじゃないか。卑屈な態度だと言ってもいい」

「お父さん!」

「優香も儂たちも心から君には感謝してるんだ。それをわかってくれない君の態度には不愉快な気持ちさえ感じ始めている」


 言葉では厳しいことを言ってるのに、お義父さんの口調には全くトゲを感じない。このくらい言わないと僕が考えを変えないと思っているんだろう。

 父親にまでもっと積極的にと言われてしまっている。僕は優香を傷つけることを恐れ過ぎているんだろうか。


「お義父さんやお義母さん、そして優香が、僕に感謝してくれてる気持ちは十分に伝わってます。感謝から生まれた好意が愛に変わることもあるんですね。優香がどれほど僕を愛してくれているかは彼女に教えてもらいました」

「だったら…」

「でも僕が優香にしたことは自分にとっても得になることばかりです。被害者だった彼女に後で火事場泥棒と思われないように遠慮はしましたが、それは卑屈と呼べるんでしょうか。お義父さん。自慢の娘に惚れている男に対してはもっと自信を持つべきでしょう」


 僕はお義父さんにそう言うと、優香の方に向き直って話を続けた。


「優香。僕にとって君がどれだけ価値のある存在なのか、それは十分に伝えてきたよね。だからいずれは僕がいま言ったことにも納得できるはずだ。公平な目で僕を見れるようになった君に失望されたくない」

「え? ええっ? で、でも」

「僕が優香の幸せのために何かをするのはこれからなんだ。あの辛い出来事からまだ2ヶ月だからそう思えないかもしれないけど、やがてその記憶も君の中で薄れていく。感謝と一緒に僕への気持ちを薄れたりさせないために僕は今から行動を選んでるんだ」


 僕の言葉に対する優香の反応はというと、ただ困惑しているようにしか見えなかった。


「悪いけど誠くん。私も誠くんは卑屈だと思ってる」


 お義母さんが厳しい顔を見せながら言った。


「どうして自分の魅力で優香ちゃんに好かれているんだと思えないの?」

「……思えません。彼女が僕に伝えてくれた熱いほどの気持ちは本当に嬉しいです。でもそれは先ず感謝があったからこそでしょう」

「何故そう思うの?」

「恋愛の対象として僕は優香の好きなタイプじゃないからです。嫌われてはいませんが恋人としてなら圏外でしょう」

「……そうなんだ。じゃあ優香ちゃんの好きなタイプを知ってるのね」

「それは……一度は恋人だったあの男のようなタイプでしょう。もちろん真面なふりをしていた頃の話です」


 認めたくないことだけど、問われても答えないのは嘘と同じだ。


「それまで誰から告白されても断ってきた優香が初めて恋人として認めた相手です。何が違うかと言えば飛び抜けて顔が良いことでしょう。話術の方も僕が感心するほどでした」

「優香ちゃんが見た目や口の上手さに惹かれる子だって思ってるの?」

「それならどうしてアイツだったんですか?」


 口の上手さだけで惹かれるような優香じゃない。彼女が心を開くような何かがアイツにあったはずだ。僕は容姿以外にその答えを見つけられなかった。


「相手の外見から好きになるのは普通のことでしょう。好きな理由の1番じゃないけど僕だって優香の美しさには惹かれてるんです」


 僕のその言葉を聞いたお義母さんは、振り返って優香を見た。


「そうなの?」

「……違う」

「どう違うの?」

「わたしが湊川と付き合ったのは、そんな理由じゃない」


 優香は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに僕の目を見ながら僕の言葉を否定した。


「そうなのか? もし他に理由があるのなら教えて欲しい。湊川のどこに優香は惹かれたんだ?」

「……わたしは、彼に騙されてたの」

「湊川が自分の過去の話で同情を引いてたのは知ってる。でも君がそんなことで…」

「そうじゃない。……死んだおばあちゃんのことなの」

「悦子さんの?」


 悦子さんは優香の祖母で、両親以上に優香に影響を与えた人だ。


「おばあちゃんが彼に助けてもらったって……そう思ったから」

「母さんが? どういうことなんだ、優香?」


 お義父さんが驚いて優香に話しかけた。優香は父親を見て、また僕に顔を向けてから話し始めた。


「皆知ってることだけど、わたしはおばあちゃんが大好きだった。ちょっと怖い時もあるけど、それはいつもわたしの方が悪い時だった。自分のためじゃなく皆にとって何がいいことなのかを教えてくれた。わたしのことを一番よくわかってくれてた人だったの」

「おばあちゃん子だったからな。優香は」


 父親の言葉に優香が頷いた。


「でも、おじいちゃんが死んで何年か経った頃に、おばあちゃんは認知症が進んで……それまでとは変わってしまったの。わたしが生まれる前に死んでしまった真琴おばさんのことを、今も生きてると思って探したり、死なせたのが自分のせいだって悲しんだり」

「真琴は儂の一番下の妹だった。生まれつき体が弱くてな。ずっと車椅子の生活だったんだ。優香が生まれる少し前に30歳を越えられずに死んだ。母はとても悲しんだが、すぐ後に孫の優香が生まれたことで慰められていた」

「死ぬ少し前。おばあちゃんは昔みたいにわたしと話してくれるようになってた。その時に教えてくれたの。真琴おばちゃんは今は男の子になっていて、病院で何度も会ってるって。それからお守りをわたしにくれて、お互いに大切にしなさいって言ったの」

「母さんがそんなことを?」

「……内緒って言われたから」


 ああ、あの鞄に付けていたお守りがそれだったのか。優香が自分で買ったものだと思ってた。()()()()()()()()()()()ことがあったから。


「おばあちゃんが死んでから、わたしは病院で色んな人におばちゃんに会ってた男の子について聞いたの。そしたら、顔は覚えてないけど高校生ぐらいの男の子がおばあちゃんと何度も会ってたって。その人に会うようになってから、おばあちゃんは笑うようになったって」


 あれだけ通っても誰にも顔を覚えられてなかったのか。確かに他人の目を避けてはいたけど、僕の特徴のないモブ顔もその理由の1つなんだろうな。


「わたしはそのことを友だちにしか言ってなかった。でも2年の時に湊川が鞄にそのお守りと同じ物をつけていて、聞いてみたら病院で話し相手になってたおばあさんから貰ったって言ったの。……今になって考えれば、あいつだったら病院の人が顔を覚えてないなんて言わないよね。きっと友だちからわたしの話を聞いて、わたしの気を引くために嘘をついたんだよ」


「まこと? 高校生の男の子?」


 お義父さんが僕を見ながらそう呟いた。周りの親戚たちも僕を見た。皆の視線に気がついた優香が、僕を見てハッとしたように目を見開いた。


 これはもう誤魔化せないな。僕と悦子さんの関係を正直に話すしかなさそうだ。

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