30 相談
優香の部屋に1人取り残された僕は、全くの予想外だった彼女からの新しい約束を一つずつ何度も思い返していた。
優香から感じたあの気迫を思うと誰かに言わされた内容とは思えなかった。でも話しながら彼女の精神力が疲弊していくのも感じていた。僕の返事を待たずに立ち去ったのは聞く耳を持たないのではなく優香がもう限界だったからだろう。
そんな状態でも彼女は口ごもったりせずに僕と話ができた。それは頭の中で十分に会話をシミュレートしてきたからだと思う。
コンコン
ノックの音に振り向くと、開いたままのドアの横にお義母さんが立っていた。その腕はノックした姿勢のままだ。
「お話ししていいかしら」
「はい。さっきの優香のことですね」
部屋に入ってきたお義母さんはさっきまで優香が座っていたベッドに腰掛けた。
「驚いたわよね?」
「はい。全然予想していませんでした」
「そうでしょう。といっても、あの子が話した詳しい内容は知らないんだけど。親には口にしにくい話だから義妹たちに相談したみたい」
「そうですか。だったら優香が何を考えてあんなことを言ったのかは、お義母さんに聞いてもわかりませんよね?」
「そうでもないわよ。誠くんが驚くようなことをあの子が言った理由は私にも思い当たるから」
「僕が聞いてもいいことですか?」
「ええ」
お義母さんは僕に笑いかけて、それから真面目な顔になって話を続けた。
「昨日、すぐに約束を取り消さなかったのはどうしてだと思う?」
「恥ずかしさとか不安とか……だと思ってましたが、違うんですね」
「あの子は誠くんに我慢させるのが嫌なのよ。あの時に約束を取り消したとしても、貴方は行動を変えないだろうって優香ちゃんは思ったのよ」
「我慢ですか? 僕はしたいようにしているつもりなんですが」
「優香ちゃんを傷つけないことが前提でね。その判断が少し、いえ、かなり過保護が過ぎると優香は思ってる」
「彼女も我慢し過ぎるところがあるから、僕がそのくらいで丁度バランスが取れるでしょう」
「そうかな。私も誠くんはやり過ぎだと思う」
そう言ってお義母さんは小さくため息をついた。
僕は優香を育てあげた鈴原家の教育方針を信用している。お義母さんが僕を間違ってると判断するなら、それを訂正することに異論はない。
なんといっても優香があの優香に育ったのは彼女の周りの人、両親や親族たちの影響だ。湊川の時は親に状況が知られてなかったから僕が介入したけど、そうでないなら僕より判断は確かだろう。
「それで優香は、どうすれば僕の過保護を止めさせられるかを考えたんですね」
「お陰で昨夜はほとんど寝てないみたい」
「えっ? そこまでして?」
「それだけ一所懸命なのよ」
「いえ。かなり大胆でしたけど思いつくのに時間がかかるような話じゃなかったんですよ。やっぱり本当は優香にも迷いがあって…」
「わかってないわね」
お義母さんは僕に余裕の笑みを見せた。
「優香ちゃんとしては思い切った条件にしたいんだけど、攻めすぎて誠くんに引かれたりしたら恥ずかしくて死にたくなるでしょう。その加減でずっと悩んでたのよ」
「僕はそんなこと思いませんよ」
「でも、驚いたわよね?」
「それはまあ」
「その表情が、不安になってるあの子には『何言ってるんだコイツ?』って風に見えちゃうのよ」
そういえば、最初の方で僕をチラッと見てからずっと目を逸らしてたな。
「それで優香は?」
「客間で気絶したみたいに寝てるわ」
「それなら、目が覚めたら話の続きをしたいと僕が言ってたことを伝えてもらえますか?」
「えっと……誠くん? できればお手柔らかに…」
「それから、優香が僕のために勇気を振り絞ってくれたことに涙が出そうなほど喜んでいたと伝えてください」
「……ありがとう」
優しい顔になったお義母さんは、僕にそう言って立ち上がった。
「あ、それと」
「え?」
「優香との新しい約束を守るために、僕がどうするのが一番いいのか相談に乗ってもらえませんか。僕は童貞なんでそういう経験がゼロですから」
明るい内に話すような内容じゃないので、相談は夕食の後ということになった。
居間に集まったのは僕と優香の他に、優香の両親と叔父と叔母の全員だった。僕としては優香の参加は考えてなかったけど、本人からの強い希望と共に叔母たちからも2人の問題だからと薦められたため、こうして同席してもらうことになった。
僕としてはこの手の話題に慣れた2、3人に相談させてもらうつもりだった。どうしてこんなことになったのか。特に娘のこんな話題に巻き込まれたお義父さんが気の毒だ。
こうなっては仕方がない。全員に事情を正しく理解してもらうため、最初に僕から改めて説明をした。
「僕と優香は夫婦ですが、セックスをしたことはありません。彼女が不本意な妊娠をしたこともあって、僕がそういう行為を避けていたからですが、いずれは彼女との子どもも欲しいと思っています。でも彼女の裸を見てもハグをしても僕が勃起できないので、このままでは彼女とのセックスができません」
もし僕が1人でこの問題に対応しようとしたら、見当違いな方向に頑張ってしまう可能性が高いだろう。僕にもその程度の自己分析はできる。
お義母さんの言葉やここまでの干渉ぶりから考えると、こういった問題に対応した経験がこの人たちにはあるはずだ。新たな約束で僕に与えられたタイムリミットが大幅に短くなった今、そのノウハウに頼るのが一番の早道だろう。
皆の表情を見回して一番乗り気じゃなさそうなのはやっぱりお義父さんだった。その隣にいたお義母さんが、僕の視線に気がついてお義父さんを膝で突いてから言った。
「ほら、誠くんが貴方に何が言って欲しがってるわよ」
お義父さんはすごく困った顔で僕を見た。あ、いや。そういう意図で見ていたわけじゃないんです。




