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03 湊川

 鈴原と僕が同じ志望校に合格すると(もちろん僕が鈴原に合わせた)、入学式に集まった生徒の中に鈴原と並んでも見劣りしないほど美形の男がいた。それが湊川だった。

 クラスが違うこともあって1年の時は湊川と鈴原が互いに近づくことはなかった。だけど2年で同じクラスになると2人の会話は自然と増えていった。


 湊川の話術は僕も感心するほどだった。辛かった自分の過去をさりげなく話して同情を誘う。少し荒っぽい言動の中に相手を信用したがっている素振りを混ぜてその好意を稼ぐ。

 それが演技だと僕が気づいたのはかなり後のことで、その間に鈴原は少しづつ彼に惹かれていったようだ。


 2人のどちらかに恋愛感情を持っている人間は、その並んだ姿の完璧さに近寄れなくなった。女なら鈴原の、男なら湊川の引き立て役にしかなれないからだ。自然と周りには2人は付き合うのが当然だという雰囲気が生まれていった。


 偏差値でこの地区のトップを争う進学校だけあって、周囲に対してあからさまに反抗的な態度をとる学生はほとんどいない。湊川はそのほとんどいないタイプだった。

 ただし本当に踏み越えるとまずいラインは超えたりしない。基本は無愛想だがここぞという時には愛嬌のある態度も見せる。あの飛び切りいい顔もあってのテクニックなので、もし僕が真似ても鼻で笑われるだけだろう。


 口の上手い人間にありがちなこととして会話の中に時々小さな嘘を挟むことがある。湊川の言葉に無視できない矛盾を見つけた時、僕はついそれを鈴原に言ってしまった。

 彼女はわざわざ湊川にその件を質問して僕の誤解を解こうとしたけど、その説明は僕を納得させられるものじゃなかった。

 だけど更に言い立てても鈴原の僕への印象を悪くするだけだろう。僕はその時は自粛して後でこっそりと湊川のことを調べることにした。


 鈴原に対しては節度を守ったストーカーである僕は、湊川と同中の生徒達からそれとなく聞き集めた話によって彼への不信感を高めていった。そんな僕の行動の原動力に湊川への嫉妬があったことは否定しない。


 湊川は母子家庭の育ちで、その母親は夜の接待業で働いていた。あの目立つほど整っている顔が僻まれたこともあって小学校ではかなり酷いイジメを受けていたそうだ。

 湊川が中学に入ると、そのいじめていた連中がマスコミ沙汰になるほど大きな問題を起こした。その被害者とされたのは湊川ではなく別の女生徒だ。

 事件によって加害者と被害者の両方が学校を去ることになった。事件に直接関わっていなかった何人かの生徒も、無責任な噂によって人生に影響するほどの被害を受けたそうだ。


 警察の捜査では生徒の人権への配慮が必要になる。合法的な手段で集めないと証拠として扱えない。

 そういう枷を外して調べれば新たな情報が見つかるんじゃないか。そう考えた僕は知り合いの探偵事務所にこの事件についての調査を依頼した。


 ◇◆◇◆


 僕は中2の誕生日から投資のための特定口座を持っている。父方の祖父が事前の遺産分けだと言って100万円の口座を僕の名前で作ってくれたのだ。

 ただし増やして100万を超えた分しか引き出せないというのが祖父との約束だ。法律上は無視して構わないルールだけど僕はそれを守っている。

 僕は約束を破る必要がないほどその額を増やしていた。大した知識もないのに祖父に頼んで購入した海外のAI企業の株が、その後に驚くほど高騰したからだ。


 僕の株式投資を知っているのは祖父だけで、僕の両親も詳しいことは知らない。源泉徴収ありの特定口座なので税金の処理は完結しているから、親の扶養控除などには影響しない。

 普通なら中学生には自由にできない金額を手にした僕は、祖父からの才能があるという言葉を受けて本格的に投資について学んだ。そしてこの数年間は株の暴落がなかったこともあって、僕の資産は堅調に増え続けた。

 少額ながらAI企業の株主になったこともそれを良い方向に進ませた。投資に関する知識が増えたことに加えて、投資の判断に迷った時に有効な開発中のAIツールを利用する権利も手に入れたのだ。


 僕が金儲けを始めた原動力となったのは鈴原だ。もし鈴原が私大の医学部を目指したらそれを追うために僕には数千万の授業料が必要になる。資産運用にはそれを払えるようにするという目的もあった。

 そんな資金が手元にあったから、僕は現実的な手段として探偵事務所による調査を選択した。そして面倒な分だけ調査料が高額な依頼をすることができた。


 ◇◆◇◆


 曖昧な記憶や不確かな推測なども含めて集まった情報から、被害者の女生徒と湊川は事件の直前まで相当に深い関係だったということがわかった。

 そして事件と無関係なのに噂によって被害を受けた内の何人かは、湊川へのイジメに関わっていた人物だった。


 母子家庭で育ったのなら女性に対して優しいだろう。僕にはそれまでそんなイメージがあったけど、少なくとも湊川に関しては間違っていたようだ。

 彼の女性に対する扱いには憎しみが感じられた。盗聴した湊川の会話データを専門家に分析してもらうと、湊川には幼少期に年配の女性からトラウマになるような行為をされた可能性があるとのことだった。


 僕は隙を見て湊川のスマホに盗聴アプリをインストールしていた。このアプリはスマホによる録音やその他の機能を外部から操作可能にするものだ。画面にアイコンなどは表示しない。

 湊川はあまりスマホに詳しくないようで、そのアプリは後で僕が遠隔操作で消すまで削除されることはなかった。

 原則として鈴原と一緒の時には盗聴はしなかった。鈴原のプライバシーを侵したくなかったことと、2人の親密な会話を聞くことで僕がダメージを受けるのを避けるためだ。


 盗聴したデータに基づいて更に探偵による調査を行った結果、鈴原と付き合った動機も含めて湊川の素行は僕にとって完全にアウトだということが確定した。

 鈴原に目をつけたのは彼女が他人に対して自慢のできる外見だからで、親しい人間には鈴原を自分の所有物のように自慢していた。俗にいうトロフィーワイフというやつだ。


 金持ちで処女の女をついに陥落した。実際にはもっと下品な言葉だったが、仲間にそう自慢している文章を読んだ時には僕の心に殺意が湧いた。

 もしその時に彼女が酷く傷ついている様子だったら本当に僕は実力行使していたかもしれない。だけど鈴原はそんな素振りを見せなかった。校内で湊川に対して甘えた態度を見せたりもしなかった。

 鈴原なら恋愛をしても他のことを蔑ろにはしない。友人やその他との関係を変わらず大切にし続ける彼女の態度を見て僕の彼女への評価は更に上がることになった。


 僕は予想される()()()()()()に備えて次の手を打つことにした。

 湊川の薄っぺらい友人関係の中には、自分の思い(びと)を湊川に取られた木下という男もいた。湊川はその女を落とした後にすぐに関係を切った。木下に自分の力を見せつけるためにやったことだった。

 探偵事務所が湊川を調査した時に、情報源となった1人が木下だった。密かに湊川を恨んでいた彼に僕は直接コンタクトを取った。

 僕の大切な女性が湊川と付き合っていることを知った木下は、それからは友人価格で僕に情報を流し続けるようになった。


 ◇


 湊川は無精子症の診断書を持っている。偽造ではなく、無精子症の男に自分の保険証を持たせて診察を受けさせたのだ。

 コンドームをつけても2%ほどは妊娠する可能性がある。湊川は自分の女に対して自分が妊娠させる確率はその何百分の1だと説明していた。そして避妊をせずにセックスをして女が妊娠をすると診断書を盾に自分の子供ではないと言い放っていた。


 DNA鑑定をすれはわかるはず。女からそう言われても湊川は応じない。法的には男性側が鑑定に応じなければならない根拠はない。男の髪の毛などで勝手に行った鑑定では法的には認められない。

 そう説明された女は腹の子を自分の責任で堕すことになる。その費用として湊川が売春を仄めかすこともある。そして結局、最後には浮気をしたという理由で女と手を切っていまう。


 ただ鈴原に関しては、湊川は妊娠させた今でもまだ彼女への執着を失っていない。

 妊娠させたことの責任を取る気がないのは過去と同じだけど、浮気を疑っているふりをすることで更に鈴原の行動を縛るつもりのようだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハッキリ言って、盗聴するまでもなく、一番最初に調査してもらった時の結果だけでも十分証拠になるでしょ。 何ですぐに鈴原に報せて阻止しなかったのさ? まるでわざとレイプさせて妊娠させるのを待っ…
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