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29 約束#2

 結婚式の日から4回目の朝だ。つまり結婚式を含めても今日でまだ4日しか経っていない。その間に起こった出来事は僕の平凡な人生の数年分に相当するだろう。もう次のフラグも立っている。

 普通なら疲れを感じても不思議じゃない状況だ。だけど昔と違って今の僕は優香から特別な気持ちと時間と可能性を貰っている。それを思えばいくらでも僕の中から活力が溢れてくる。


 少し早く目の覚めた僕は、ベッドの上に寝転がったまま今日は何をしようかと考えていた。優香に言った通り昨日の返事を急がせるつもりはない。


 やがて朝食の時間になり、僕は1階に降りると顔を洗ってからリビングに行った。


「おはよう。……あら? 優香は一緒じゃないのね」


  お義母さんが言った通り、珍しく優香はまだ起きていないようだ。それを聞いた優奈が彼女を起こしに行き、しばらくすると一緒に戻ってきた。


「おはようございます」

「おはよう、優香」


 優香はその場の全員に向かって挨拶をして、僕は珍しく視線を合わせてこない彼女に挨拶を返した。いつもの笑顔が返ってこなかったのは、あの約束をどうするかについて彼女の中で結論が出ていないからだろう。


「どうしたの、優香。夫婦げんか?」


 優香のいつもとは違う僕への態度に、アラサー後半の従姉が声をかけた。


「ううん。そんなんじゃないの」

「僕が優香に今後の生活について相談して、その答えがまだなんです。急いではいないんだけど、優香は真面目なので気にしてるんですよ」

「へえ。どんな質問なの?」

「それはプライベートに関わることなので」

「そっか。余計なこと聞いちゃったね」

「いえいえ。心配してもらえて嬉しかったです。口に出してもらったから優香の様子がいつもと違う理由を他の気になった人にも説明できました。これからも遠慮なく声を掛けてください」


 僕が言い終わると優香が小さく頭を下げた。


「そう? じゃあこれからもお節介なおばさんでいくわね」

「お姉さんですよね。従姉の」

「一回り以上違うんだから気を使わなくていいわよ。優香も小っちゃい頃はおばさんって呼んでたんだから」

「幼児にとっては高校生だっておじさんやおばさんですよ。でもこの歳になった僕にはお姉さんの方が呼びやすいです」


 その後は食事が始まってからも、しばらくお互いの呼び方についての話で盛り上がった。食事が終わると優香が僕に言った。


「誠……さっきはありがとう」

「どういたしまして」


 僕はそう応えると受験勉強のために2階の部屋に向かった。


 ◇


 今日の昼食は、次女叔母とお姉さんが料理の担当だった。僕は食器を並べるのを手伝った。


「お姉さん。そっちは大皿一枚と人数分の小皿でいいですか?」

「そうね。……優香はまだあの宿題中?」

「何人かに相談に乗ってもらってるようですね」

「……そのことだけど、実は私もあれから少し話を聞かれたんだ。うちの2歳と5歳が寝てる間にちょっと話をしただけだからあまり役には立ってないけど」

「そうですか。ありがとうございます」

「詳しく言えないけど、いい答えになると思うよ」

「そうですか。楽しみにしてますね」


 食事の準備ができると、優香が叔母たちとリビングに現れた。このメンバーで今まで相談していたということだろう。

 お姉さんからはいい答えと言われたけど、叔母たちに説得された結果じゃないかと気になっている。叔母たちは優香の味方のはずだけど、中には僕を贔屓して発言しそうな人もいるからなあ。




 昼食が終わると優香から僕に声をかけた。


「あの約束について話をしたい。今からでもいい?」


 僕は頷くと優香の後をついて彼女の部屋に行った。叔母たちはついてこなかった。


「わたしから話す前に、誠から何か言うことはある?」

「優香が自分で決めたことならどんな結論でも構わない。だけど叔母さんたちに言われて押し切られた内容だったら考え直して欲しい」

「それはないよ。参考にはしたけど、それはわたしの考えが間違ってないかを確認しただけ」

「そうか。それなら僕に文句はない」


 とは言ったものの気になることはある。優香の顔が尋常じゃなく赤くなってることだ。真剣な表情のまま赤面している優香を初めて見た僕は、彼女がこれから何を言うのか予想できなくなっていた。


「まず1つ目。これから7日に最低1回はわたしと同じベッドで抱き合って眠ること。つまり7日以上1人で寝るのは禁止。間が短くなるのは構わない」

「……え?」

「駄目なの?」

「い、いや。ちょっと予想してたことと違ったから」

「わたしは誠にハグしてもらいながら眠りたいの。前にそうしてもらった時にすごく幸せな気持ちだったから」

「それは…」

「誠はそうじゃなかったの?」

「いや。僕も優香と同じで、こんなに幸せでいいのかと思うくらいだった。でもいいのか?」

「わたしが嫌がったら誠は何もしないって言った。だったら問題はないよね」


 確かに昨日はそう言ったけど、それは間違いを起こしそうな時には優香に触れなければいいと思ったからだ。

 ベッドの上で薄着の優香を抱きしめてたら、少なくともこの前のように僕は朝まで眠れないだろう。7日毎なら寝不足はなんとかなるか?


「2つ目」


 僕の考えがまとまらない内に、優香が次に話を進めた。


「これから7日に最低1回はわたしと一緒にお風呂に入ること」

「ええっ?」


 どうしてそんなことを決めるんだ? この前はあんなに恥ずかしがっていたのに。


「それは決めなきゃいけないことなのか?」

「誠は妊娠している女の人の裸をどう思う?」


 質問に質問で返された。今まで特に考えたことのない内容だ。


「どうって特には……大変だなって感じかな」

「わたしのお腹はこれからどんどん大きくなる。体に脂肪だってついていく。そんなわたしの裸を見たらきっと誠はがっかりする」

「え? いや、そんなこと…」

「誠は一昨日見たわたしの裸が理想だって言ったよね。それは嘘?」

「いや、嘘じゃないよ。誓ってもいい」

「だったら、その理想からすっかり変わったわたしの体を見たら、前はあんなに綺麗だったのにって思うんじゃない?」

「いや。それは……ないと思うけど」

「本当に?」

「……」


 どうなんだろう。そんな経験がないから自信を持ってないとは言えない。


「7日しか経ってないならそんなに変わらないよね? 少しずつ変わる体を見ていたら、誠もそんなにがっかりしないと思う」


 僕が外見で優香にがっかりするとは思えない。あるとしても彼女が思いもしない言動をした時だろう。


「わたしの裸について感想を言った時に、誠は後でじっくり見たいって言ったでしょう。一緒にお風呂に入ったら遠慮なく見れるよ」

「えっ! そんなこと言った? 覚えがないんだけど」

「言ったよ。間違いなく」


 そうか。優香に自信があるなら僕の記憶に残っていないだけなんだろう。裸を見たいのは確かだから思わず口に出ていたのかも。


「3つ目。お腹の中にいる子が3歳になる前に、わたしと子供を作ること。そのために必要な色々は誠が責任を持ってすること」

「いや、それだと大学が…」

「受験を伸ばすのは良くて入学した後の休学は駄目なの?」

「……」

「いとこ達には年の近い兄弟や姉妹が多いでしょ? わたしは小さい頃からそれが羨ましかったの。このお腹の子にそれを諦めさせるのは可哀想だと思う」


 僕には拒否しづらいところを突いてこられた。彼女の性格として言ったことには嘘はないんだろう。


「焦らせるつもりはないの。そういうのは良くないって聞いたから。今はお腹にこの子がいるし、誠だって大事な受験が控えてる。だけどその時になって焦ったりしないように、今からそのことは考えておいて欲しい」


 そう早口で言い切ると、優香は跳ねるようにベッドから立ち上がった。そして僕に話しかける隙を与えず部屋から足早に出て行った。


 優香の顔は最初から最後までこれまで見たことがないほど赤くなったままだった。最後まで僕と目を合わさずに次第に早口になっていった優香を僕は呼び止めらなかった、

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