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25 現実の証明

 このまま再生を続けると、浴室から出てくる裸の優奈が画面に映る。

 それに気づいた僕は、まだ優奈の泣き声が消えている間に再生を止めた。ここまで見れば風呂場で何が起こったのかは優香に十分伝わっただろう。

 そう思って横にいる優香に話しかけようとした僕は、彼女の目からボロボロと涙がこぼれ落ちているのを見た。その目は動画の消えたスマホの画面を見続けていた。


「ゆ、優香?」


 意外な様子に僕が戸惑いながら声をかけると、優香はゆっくりと僕の方を振り向いた。


「……誠。……生きてる?」

「うん。この通り」

「本当に?」

「本当に」

「でも、でも。……死んでたよね?」


 僕が息を吹き返す前に再生を止めたから、演技じゃない優奈の様子を映像で見てたら僕が死んだとしか思えないだろう。

 だけどその僕は優香の目の前にいる。そもそも動画を再生して優香に見せたのは僕だ。普通に考えたら僕が生きてることを疑う余地はない。


「僕は優香の目の前にいるだろ?」

「本物?」

「そこを疑うの!? 本物でないなら僕は誰なんだ?」

「わたしの夢」


 夢? ……そういえば優香は僕と一緒なのが幸せ過ぎるから夢じゃないかと言ってたことがあった。その時は僕も同じことを言った。


「お前が見ていた幸せな夢は、残念だけどここまでだ」


 優香が表情の消えた顔でそう言った。


 夢だって? これが?


 確かに僕にとって夢のような展開だった。優香にとって全く恋愛対象じゃなかった僕が、彼女と結婚してその家族からも認められて……


「貴方はそう言うのよね? これから」

「誰がだよ! ……びっくりした。映画や芝居の場面じゃないんだから、そんなこと言う訳ないだろ」


 そう言い返した僕に優香は何も答えなかった。その顔に冗談らしい表情は全く浮かんでない。僕が一瞬だけ本気にしたことを、優香は真面目にそう思ってるのか?


「落ち着いて考えてみろ。これが夢なら始まったのは2ヶ月も前ってことになる。優香はそれからずっと現実じゃないと思ってたのか? 嫌なことだってあっだろ?」

「……」

「ほら。一昨日だって僕に裸を見られて…」

「でも、その後にもっと幸せなことがあった。……わたしの知ってる現実って、こんなに幸せだなって気持ちがずっと続いたりしないの。もちろん嬉しいことや楽しいことはいっぱいあるんだけど、こんなに強い気持ちじゃないし何日も続いたりしない」


 ずっと昔の僕は、今と比べたらささやかな楽しさしかなくて、それさえ長続きしないという点では優香と同じだった。

 でも優香を好きになってからそれは変わった。僕の心の中から、多分恋とか愛とかいう温かい気持ちが消えなくなった。

 そして彼女が僕の願いに応えてくれてからは、その気持ちは熱いと感じるほどに強くなっていった。


 優香の中にも僕と同じようにいつまでも消えない気持ちが生まれていた。それを理解できなくて夢だと思ってしまったのは、彼女がこれまでそんな気持ちを感じたことがなかったからだろう。


「誠に助けてもらうまで、嫌なことがどんどん増えていって、それがあの日から嘘みたいに変わったの。嫌なことがあっても、それは後でもっと幸せになるための準備にしか思えない」


 優香の言葉はまるで他人事のようだった。僕が死ぬ場面(?)を見たことが、彼女にとって大きな衝撃だったんだろう。

 彼女が教室でお腹の子の告白をした時でも、酷く苦しんではいたけどこんな魂が抜けたような感じじゃなかった。


 僕は現実だとわかってもらうために優香を思い切り強く抱きしめた。そうすると最初は固く強張っていた彼女の体から少しずつ力が抜けていった。僕は片手を離してその頭を何度も撫でた。


「僕はここにいるだろ」

「……ほら」


 優香が儚そうな笑みを浮かべた。


「わたしが悲しくなってもすぐに良いことがあるの。普通だったら誠はわたしに少しぐらい不満があるのが当然なのに、夢だからどこまでも優しいままなの」

「え? まだそんなことを言うのか? だったら嫌なことをしようか。優香のほっぺたを思い切りつねれば現実だとわかるのかな」

「……やってみて」


 僕は優香の頬をつねった。もちろん、こんな柔らかな頬を思い切りなんてつねれない。


「……どう?」

「それで思い切り?」

「じゃあ、これでどう?」

「このくらいの痛みなら夢の中でも感じたことがあった気がする。もしかしたら無意識に自分でつねってるのかも」

「それなら自分では手が届かない所をつねるよ。優香の背中とか」

「じゃあ、やってみて」


 そう言われた僕はタンクトップの背中に触った。指がブラの背中の部分に当たった。


「優香の手が届かないのはブラより上? それとも下?」

「わたし、そこなら手が届くよ」


 そう言って優香は自分の背中に手を入れた。


「ほら、自分で外せるでしょ?」

「その無理な姿勢で痛いと感じるほど力を入れてつねるれるか?」

「え? ……確かに力は入りにくいかも。じゃあ誠がやってみて」

「ああ」

「あ。服の上からじゃなく下から」


 僕は少し緊張しながらタンクトップの下に手を入れた。ブラのホックは優香が外したままだ。


「どう?」

「あんまり痛くない」

「でも痛みはあるんだろ」

「このくらいなら夢でも感じるかも」

「じゃあ、これだと?」

「それで強いの? 痛みはあるけど一緒にくすぐったいって感じるぐらいよ?」


 結構強くつねったつもりだった。これ以上力を入れると肌に跡が残りそうだ。


「あ、そうだ!」


 優香が突然大きな声を上げた。


「脇の下をくすぐってみて。それなら自分でやってもくすぐったくないよね」


 なるほど。それは確かにそうだ。


「邪魔だからブラは外すね」

「え?」


 優香はタンクトップを着たまま器用にブラを外してしまった。そしてそれを僕に見せた。


「ほら。ここが脇の下に被さってるからくすぐる時に邪魔なの」

「……ああ、そうなんだ」

「それじゃあ、お願いします」


 優香はそう言って両手をホールドアップの状態にした。タンクトップだから脇の下に少し肌が見えている。これはハグをするより精神的な難易度が高いのでは。


「服の下から直接にね」

「え? それは……だったら後ろから」


 前から手を入れたら、タンクトップの裾が持ち上がって色々と見えそうだ。優香が後ろを向いてくれたので脇腹に沿って手を差し入れる。そしてそのまま脇の下をつかんだ。


「……あれ? くすぐったくない。もっと指とか動かして」

「ええっ?」


 僕は他人の脇の下をくすぐったことがない。手のひらが触れている部分より指先の方が柔らかかった。少し指に力を入れると指先が肉に埋もれる。この状態で指を動かすのか?


「くすぐらないの? それとも、もうくすぐってるの?」


 その優香の声には彼女の不安が感じられた。僕はぎごちなく自分の指を動かした。


「ん、……んんっ、ん……んふっ、ん……」


 これは……余計にまずいんじゃないか? もちろん優香はくすぐったいだけなんだろうけど、声だけ聞いてると色々とヤバい感じだ。遠慮なしにやって思いっきり笑わせた方がいい。


「ひゃっ? ふっ、あはっ、あはははは、やっ、はははは」


 ああ、こんな感じでいいのか。優香は身をよじって笑い出した。これだけ刺激されて夢とは思わないだろう。


「あははははははっ、ははっ、あはははははははははは、あっ、ちょっ、あははは」


 優香が逃げるように上体を大きく動かした。バランスの崩れた優香が倒れそうになり、僕はくすぐるのを止めて体を支えた。


「優香」

「はっ……はあ。はあ。……ありがとう」

「いや。僕がちょっとやり過ぎ……」

「……」


 後ろから彼女を支えてる僕の手が柔らかいものをつかんでいた。特に右側は手のひらに完全に収まっていた。いや、僕の手には少し余る大きさだった。

 不自然な沈黙が続いた。優香が自分の足でしっかりと立つのを待って、僕は両手を彼女のタンクトップから抜いた。


「夢じゃなかった。うん。これではっきりしたよね」

「そ、そうだな。夢の中で息が苦しくなるほど笑ったこともないよな。目が覚めるから」

「……」

「……」

「じゃあ、部屋に戻るね」


 そう言って優香は僕の部屋を出て行った。精神的に疲れた僕がベッドの上に寝転ぶと、優香がまた僕の部屋に入ってきた。そしてさっき脱いだ忘れ物を手に取ると、赤面したまま無言で部屋を出て行った。




 1人で風呂に入ることが禁止になった。優香に禁止と言われたわけじゃないが、無茶苦茶心配するようになったので叔父や従兄弟と入ることにした。

 浴室での溺死は交通事故による死者の2倍だそうだ。盆が過ぎたらずっとお義父さんと風呂に入ることになるんだろうか。

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