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23 録画再生#1

 次の日の朝食。僕と目を合わせた優奈は赤くなることもなく笑顔を見せてくれた。


「おはよう。誠お兄ちゃん」

「おはよう」

「あら。いつの間に仲良くなったの?」

「アタシたち、優香お姉ちゃんのことを大好きな同士だから」


 優奈に傷ついた様子がないのにはホッとした。あんなことがあったのに本当に気にしていないようだ。優香を大好きな彼女には嫌な思いをさせたくない。

 しかしこうも普通だとそれはそれで心配だな。いくら彼女が優香の件で僕に親しみを感じてくれたとしても、美少女といえる優奈に男への警戒心がここまで薄いのは気にかかる。


「優香。後で僕の部屋に来てくれ」


 そういった相談も兼ねて優奈のことを優香に説明しておこう。あの動画を見せながらだったら変に誤解を受けることもないだろう。


 ◇


「昨日なんだけど、風呂に入ろうとした時に優奈の裸を見てしまったんだ」


 一昨日に優香の裸を見たばかりなのに、昨日にはまた別の女の子の裸を見たということだ。変だと思われるのが当然で、優香も困惑した表情になっている。


「いや、ちゃんと開ける前にノックはした。ただ優奈の家でノックするのは母親が畳んだタオルを持ってきた時ぐらいで、音を聞いた優奈は自分でドアを開けちゃったんだ」

「……そう」

「もちろん僕はすぐに顔を背けたよ。優奈は服を着た後で自分の方から僕にドアを開けたことを謝ってくれたんだ。裸を見られたことも気にしてないって言ってくれて」

「えっ? 本当にあの子がそんなこと言ったの?」

「うん。そうだけど?」

「あの子……すごく男の人が苦手……というか嫌いなの。普通ならそんなことがあったら大騒ぎしてたと思うんだけど」

「そうなのか? ……でも、昔は叔父さんや従兄とも一緒に入ってたから平気だって聞いたんだけど」

「それって低学年のときよ。そのことで同じクラスの男の子にからかわれて、それも苦手になった理由の1つだって聞いてたけど」

「……嘘じゃないよ?」

「うん。()()()疑ってないよ」


 僕の優奈ちゃんに対する印象と優香の話とが一致しない。もしかして僕は優奈ちゃんに無理をさせていたのか? 

 これは早くあの動画を見せながら優香に相談した方がいい。そうすれば僕の言葉に嘘がないことがわかってもらえるし、優奈ちゃんにどう対応するべきかも教えてもらえるだろう。


 ◇


「……ということで、僕は優奈ちゃんにお詫びをしたいって言ったんだ。優奈は僕に優香の話を聞きたいって言ったから、僕は風呂に入りながら優奈と話をすることになった」

「お風呂で?」

「もちろん優奈は外にいてドア越しに」

「……」

「風呂で女の子と話をするのは僕も拙いと思ったよ。だから優奈にもそう言ったんだ。そしたら優奈から、変なことをしてない証拠として自分をずっと動画で撮って欲しいって言われたんだ。それで撮った動画がこれなんだ」


 そう言って僕は優香の隣に座り、スマホで撮った動画ファイルをノートPCの画面で再生した。


「えっ?」


 最初に映った僕の裸の上半身を見て、優香が戸惑ったような声を上げた。服を脱いで録画ボタンを押した瞬間から動画が始まった。

 画面の端には浴室に入る引き戸が映っていて、僕はそれを開けて中に入った。腰にはタオルを巻いてるから優香に見せたくないものは映ってない。


 画面の中心には洗面室に置かれた椅子が写っている。優奈が現れてその椅子に座ると、彼女は浴室にいる僕に声をかけた。そして画面の外から浴室内で反響している僕の声が聞こえ始めた。


 ◇


『優香は小さい頃からすごく可愛かったけど、目立ち過ぎてて僕には縁のない子だと思ってたんだ。それが変わったのは5年の時に同じ美化委員になった時だった。

 彼女ぐらい綺麗な子ならいつも周りからちやほやされてて、僕みたいに口下手な人間とは話し難いと思ってたんだけど、実際は全然違ってた』

「どんな風に?」

『挨拶は向こうからしてくれて話しかければ無駄話をせずに必要なことを話してくれる。委員の仕事を手抜きせずにこなして、時間があれば他人の手助けもする。それが必要なら予定外でもすぐ対応してくれる。そしてそれを当たり前だと思ってる』

「そうなの。優香お姉ちゃんは昔から完璧なの」

『一言で言ったらそうだね。もちろん何でもできる訳じゃないけど、できることには手を抜かない。そしてちゃんと考えて物事を進めてる』

「うんうん」

『美化委員の仕事ぐらい僕が何もしなくても優香は1人でできたと思う。でも僕は彼女と話をしてお互いのする事をきっちりと決めた』

「最初はそんな感じだったんだ」

『自分の仕事を済ませると優香がお疲れ様って言ってくれるのが好きだった。優香の都合が悪い時に代わると必ず後でお礼を言ってくれた。それも嬉しかった』

「それで、どんどん手伝うようになったの?」

『いや。手伝うのはあくまで優香の都合が悪い時だけにした。全部僕がするのは優香には嬉しくないと思ったんだ。僕が手伝った時も代わりの何かをしてもらってた』

「手伝い過ぎて怒られたから?」

『そんなことはしてないよ』

「だったら、どうして優香お姉ちゃんが嬉しくないってわかるの?」

『仕事をしてる優香は楽しそうだったんだ。優香にはくじ引きで決まった美化委員の役目さえ、仕方なくしていることじゃなかったんだ。楽しんでやってたんだよ』

「そうか。楽しんでることなら他人に手伝ってもらっても嬉しくないよね」

『優香は他人の嫌がることも進んでしてた。それを見て彼女がいい子ぶってると言うやつもいた。でもそうじゃなくて、彼女は誰かの役に立つことなら楽しんでできる人間なんだ。これってすごいと思わないか?』

「思う! 優香お姉ちゃんらしい。何かを嫌々してるところって記憶にないかも」

『僕がはっきり優香を特別だって思ったのは、それに気づいた時なんだ。苦労して他人を助けると褒められることが多いけど、それじゃ相手のプラスと自分のマイナスで合わせたらゼロだよね。他人を助けて自分も楽しいというのが一番素敵だよね』


 ◇


「それが……わたしを好きになった理由?」


 優香の漏らした言葉を聞いて僕は再生を止めた。


「うん。正確には理由の一つだけど」

「そんなに特別なことかな?」

「僕にも子どもの頃には良いことをしたいって気持ちがあった。だけどそれは段々と薄れていった。周りから茶化されて嫌になったんだ」

「茶化される?」

「『何だあいつ、かっこつけて』とか言われるんだ。良いことって面倒なことでもあるから、周りに貶されてまでしたくはないんだよ」

「そうなんだ」

「優香はその見た目だろ。わざわざ格好をつける必要はないから良いことをしてても様になるんだ。だからあまり悪口は言われなかっただろう。そもそも面倒だとも思ってないから、良いと思うことをするのが君には普通になってたんだ」


 僕がそう言っても優香はピンときてないようだった。これは彼女が育ったこの鈴原家の環境にもよるんだろう。

 優香だけでなく、親戚たちも日常の雑事を嫌々やっている人がほとんどいない。だから食事の用意も掃除も、当番とかを決める必要がなく誰かがさっさとしてしまう。

 皆がいつも楽しそうにしていたら子どももそれを楽しいことだと覚えて育つことになる。すれば必ず感謝してもらえるから尚更だ。


「優奈とは20分以上話してたはずだから、途中の動画は飛ばすよ」


 ◇


『……ていたんだ。それで優香がそこにイラストを描こうとしたんだけど、試し描きした絵がかなり個性的だったんだ。目で見た物を写して書くのは上手いんだけどね』

「あ……うん。優香お姉ちゃんに描いてもらった絵って確かに個性的だった」

『自分でもこれはマズいと思ったんだろうね。手を加えて別の動物にしようとしたんだけど、僕にはそれが何の生き物かわからなかった。だから職員室に行って先生の持ってるイラスト集を借りたんだ。優香が壁新聞から離れた時に先生の名前を書いた紙を挟んで置いておいた』

「どうなったの?」

『イラストは上手く描けてたよ』

「優香お姉ちゃんにはお礼を言ってもらえた?」

『お礼は先生に言ってた。本を返したときに』

「でも、借りたのは誠お兄ちゃんだよね?」

『優香が使うからって言って借りたんだ。優香が返してもおかしくないだろ』

「そういうのばっかり。お兄ちゃんはそれで良かったの?」

『僕は優香に上手く描いて欲しかったんだ。だからもちろん『良かった』だよ』


 ◇


「あれ? まだこんなところか。もっと先だな」

「あっ」

「何?」

「……ううん。誠ってこんなこともしてくれてたんだ。どうして前に言ってくれなかったの?」

「こんなの、本を持ってきただけだよ?」

「……」

「気になるところがあるなら後でもう一度再生するから。最後まで確認してからにしよう」

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