21 リピート
優香は僕の良くないところを咎めたことがほとんどない。過去のストーカーもどきの行為まで自分のためだったからと否定しなかった。
「優香は……僕の良いところばかり見てくれてる気がする」
僕がそう口に漏らすと社会人の従兄が反応した。
「それはやっぱり好きあってるからかな?」
「でも、優香の場合は誰に対してもそんなところがあるだろ」
「好きな相手だと尚更ってことか」
「なんとなくわかる。アバタもエクボって言うんだよね」
僕が口を挟まなくても、従兄弟たちは会話を進めていった。
「女の子に好かれたければ自分の長所に目を向けてもらう必要があるけど、先そのためには先ず好かれる必要がある。何という矛盾」
「矛盾じゃなくてジレンマだよね」
「そんな知識が必要になるのは、誰かに好かれるためじゃなくて付き合ってる彼女に嫌われないためじゃないか」
「というと?」
「最近知ったんだけど、鼻毛が見えただけで大好きだった相手が急に嫌いになる女の子がいるらしい」
「えっ、怖っ。それホント?」
それは僕も聞いたことがある。
「実際には鼻毛だけの問題じゃないんだと思う。進がアバタもエクボって言ってたけど、それは好きだと相手の欠点も魅力的に見えるって意味だ」
「うん」
「だけど何かの拍子に一つでも嫌だと感じるようになったら好意が薄れてその魔法が解ける。すると他の欠点まで気に障るようになる」
「あ。さっきの話か」
「外見だけじゃなく言動とかも含めてそんな欠点がいくつもあったら、あとはもう次々と嫌いが増えていく。女の心の中で起こってることだから男には嫌われた理由がわからない」
「そう考えると一目惚れされるって結構怖いのかな」
「まさか、シンにそんな経験が?」
「もちろんないけどね!」
そんな雑談をしている間に、気づけば部屋に来てから1時間以上が過ぎていた。新婚さんの所に長居し過ぎるのは良くないと彼らは挨拶をして僕の部屋から出て行った。
彼らの話していた内容について、僕は自分がどう参考にするべきかと考えた。彼らの話を鵜呑みにするのは危険だろう。女心は男の理屈では測れないんじゃないかと思ってる。
とはいえ、親戚として親しい彼らの考えたことを無視するのもどうかと思う。これまで恋愛にのぼせたことの少ない優香だから、女じゃなく人としての考え方で参考になるかもしれない。
彼らには優香が僕に甘いと言ったけど、もしかして僕が優香に悪意を感じないのも少しは贔屓目が入っているのかもしれない。
普段から他人に柔和な態度の優香だけど、自分の考えはしっかり持っているから偶には意見が対立することもある。そんなとき僕は事情をよく知らなくても正しいのは彼女だと考えてしまう。
それは僕が小学校の頃から優香の言動に注目し続けていて、その中で僕の期待が裏切られたことが一度もないからだ。たとえ贔屓だとしても僕の心に揺るぎようがないほど染み付いている。
優香の僕に対する贔屓目は僕に助けられて生まれたものだ。だから時間が経って心のパランスを取り戻した彼女は僕の欠点にも目が届くようになるだろう。
優香に失望されるのは僕にとって大ダメージだ。想像しただけでゾッとする。そうならないように優香には自分の欠点を隠さないようにしよう。そしてそれを直す努力も見てもらうことにする。
自分ではわからなくて他人からは欠点に見えるのが何なのかは、それこそ人によって違うだろう。僕が欠点だと思って頑張って直したら優香はむしろ長所だと思ってた、ということもあるわけだ。
優香にさえ長所に見えるなら僕は他の全員から短所だと思われても気にしない。だからまず優香から僕がどう見えているのかを知るべきだな。
優香と従姉妹たちの話が終わるのを部屋で勉強をしながら待っていた僕は、部屋のドアをノックする音に手を止めた。この叩き方は優香だ。
僕がどうぞと応えると彼女は遠慮気味に入ってきた。その微笑みを浮かべた顔は僕を安心させて、気がつけば考えていた言葉を口に出していた。
「優香。僕のことで嫌だと思うことはないか」
「嫌なこと? ……特に無いかな」
唐突な質問だったが、優香は気にせず答えてくれた。
「嫌と言うほどじゃなくても、直した方がいいと思うことは? 些細なことでもいいんだ」
「うーん…………」
「そんなに考え込まなくてもあるだろ。例えば見た目とかでもいいよ。服がダサいとか、髪型が変とか、口元に締まりがないとか」
「あっ、それ」
「えっ、どれ? 最後の? 全部?」
「自分の外見ことを悪く言い過ぎ。誠の身なりには清潔感があるし表情だって私は好き。逆にわたしの顔とかは褒め過ぎだとおもう。わたしぐらいの子なら世の中に一杯いるよ」
それはどうだろう。僕の外見が中の下というのは僕の勝手な評価ではなく、同級生とか家族とから聞き続けてきた評価だ。
優香の容姿については、男子たちが誰がタイプかという話をする時に、アイドルや女優と並べて彼女の名前を出すほどだ。
日本中を探せば何百人とか何千人という数で見つかるのかもしれないが、逆に何万人かに1人しかいないレベルとも言える。
でも、だから何だいう話でもある。大切なのは世間の評価がどうこうではなく、優香がどうして欲しいかだ。
「わかった。じゃあ、見た目のことであまり優香を褒めたりしないようにする」
「……言わないの?」
「ああ、気をつけるよ」
優香が戸惑った表情を見せている。あまり嬉しそうじゃない。
「どうした?」
「誠が自分を悪くいうのは直して欲しい。でもわたしを褒めてくれるのは少しだったら嫌じゃないの。一言くらいなら」
そう言いながら優香の頬が赤くなった。ほら可愛い。
「あまり言わないようにするって言っただろ。全然言わないなんて僕には無理だから」
「そ、そう。だったらいいの」
「それと顔形の良し悪しとかじゃなければ、気にせず褒めてもいいんだよね?」
「え? 例えば?」
「そうだな。悔しくて『ちぇっ』とか『ああ、もうっ』とか言いたくなる時に、優香はしょぼんって顔になっちゃうよね。それがとっても可愛い。この前、優香の好きなお菓子を皆が先に食ちゃった時もそうなったけど、僕の残った一口分をあげたら素敵な笑顔を見せてくれたよね」
「えっと? それは、わたしが食いしん坊だってこと?」
「一口しか食べれなかったのに、すごく喜んでくれたのが可愛かったってこと。思い返すと僕は胸が暖かくなるんだ」
「えっ?」
「優香には他にもこんなことが結構あるから、思い返すと楽しい記憶が増えたんだ。空いた時間にスマホを見ることがすっかり減ったよ」
「じゃあ……最近よく何か考え事をしてたのは?」
「ほとんどは優香のことだな。全部じゃないけど記憶をリピートしてた時間もある」
優香の顔が赤くなって、その手が意味もなくわたわたと動いた。
「へ、変なのはないよね?」
「変? どういうのが駄目なんだ?」
「その……恥ずかしいのとか」
「昨日みたいな?」
優香はブンブンと首を縦に振った。
「それはないかな。ハグとかキスとかも刺激が強い思い出だから、少なくとも普段思い出してることじゃない」
「そ、そうよね」
「さっきのお菓子の話とかはいいんだよね?」
「……ちょっと恥ずかしいかな」
「そうなの? だったらどれならリピートして良いのかわからないな。一通り聞いて判断してくれる?」
「い、いい。ハグとキスとかそれ以上とか、そんなの以外は気にしないことにするから」
「わかった」
「沢山あるの?」
「すぐに増えるから。さっきの優香が手をこんな風にしてるのも可愛かった。……あ、そんな風に照れてるのも」
「も、もー」
優香は手を動かすのを止めて首をブンブンと振った。
「また増えた」
更に顔を赤くした優香は、何も言わずに僕の部屋を出て行った。
「誠。それも食ってみろよ。結構美味いから」
「ん。……本当だ。美味しい」
「なんか、仲良くなってない?」
「昼間に男同士で話をしたんだ。それで誠が良いやつだってわかったから。優香姉ちゃんが結婚するだけのことはあるよ」
「へえ。認めるんだ」
「確かにオレはエロ高校生だった。お前の言った通りだ」
「えっ!」
「ちょっと、信ちゃん。ご飯食べてる時に何の話をしてるの」
「お兄ちゃんが認めるなんて。……何があったの?」
「後でな」
「絶対だよ」
そろそろ22時にという頃に僕は小さい方の風呂に向かった。大きい方は家族優先だから普段は遠慮している。
昨日の失敗を繰り返すことは絶対にしない。流石に今度は優香に軽蔑されてしまうだろう。開ける前にまずノックをした。
「はい」
その声と同時にガチャっと鍵の音がした。すぐにドアが開いて中にいた中学生の従妹の姿が見える。頭にタオルを被っただけで服は何も着ていない。
僕は裸だと気付いた瞬間に体ごと顔を背けた。僕の背後でパタンとドアの閉まる音がした。




