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20 従兄弟たち

 優香のことが気になって遅くまで眠れなかった次の朝。僕を起こしてくれたのはその優香だった。


「おはよう、誠。もうすぐ朝ご飯よ」

「おはよう……」

「何?」

「今日は機嫌が良さそうだなと思って」

「そう見える? ……ふふ、正解!」


 優香の表情が昨日とは打って変わって明るくなっていた。鼻歌さえ聞こえてきそうな雰囲気だ。昨日の落ち込んだ様子とはあまりにも違うから無理に明るく振る舞ってるんじゃないかと心配になる。

 そういえば、彼女は昨日の僕の話を途中までしか聞いてないんだった。お義母さんに後で続きを話してと言われたぐらいだから、彼女の心を落ち着かせる効果があったはずだ。


「優香。昨日の僕の話はどの辺りまで覚えてる?」

「え? えっと……」

 

 思い出そうとしていた優香の顔があっという間に真っ赤になった。


「そ、その。誠は怒ってたんじゃないって……」


 それなら話のほとんどは聞いていたのか。


「優香は納得できたのか? 僕の話を」

「うん」

「やせ我慢とかしてない?」

「全然」


 裸を見られたんだから思い出した優香が顔を赤らめるのは当然だろう。でもその笑顔に翳りは見えなかった。平気を装っているわけではないみたいだ。


 だけどこれで安心はできない。僕の知ってる優香と比べて今の彼女は情緒が不安定だ。昔の彼女ならあんなにネガティブな考え方はしなかったはずだ。

 それと懸念点がもう一つ。僕は自分で思っていたより優香に対する欲望をコントロールできなかった。それが今回は彼女を傷つけることになった。


 でも対策の糸口はつかめた。僕の気持ちや考えたことを優香にはできるだけ詳しく正直に伝えることだ。

 こんなことを口にするのは恥ずかしいとか、僕の重すぎる気持ちに彼女がドン引きするんじゃないかとか、そう考えて僕が言葉を控えていたら、こんな良い結果にはならなかっただろう。


「朝ご飯が出来てるんだよね」

「そうだった。早く起きて」


 階段から降りたところで、顔を洗って出てきた最年長の従姉と鉢合わせた。


「おはようございます」

「おはよ……優香。ちょっとちょっと」

「はい?」


 従姉が声を潜めて言った。


「朝っぱらから何してたの?」

「えっ! な、何もしてないよ!」

「あなた、顔が赤いわよ。誤解されたくないなら、それを何とかしてから皆の所に行った方がいいよ」


 それから優香は洗面所で何度も顔を洗った。それからリビングに行って、遅くなったことを謝ってから僕たちは食卓についた。




 朝食の後、優香は最年長の従姉から話を聞きたいと言われてどこかに連れて行かれた。他の何人かの従姉妹も2人について行った。


 話が終わるまで僕は部屋に戻って受験勉強をすることにした。部屋のドアを開けたところで後ろから足音が聞こえてきた。振り返ると従兄弟たち3人が僕を追ってきていた。


「神崎くん」


 社会人の従兄が笑顔で話しかけてきた。高校生は真面目な顔。中学生はちょっとおどおどしている。


「何でしょうか」

「俺たちに少し君のことを教えてもらえないかな。これから親戚付き合いになるんだから。もちろん俺たちのことも知ってほしい」


 彼らには横から優香を掠め取った男としてライバル視されているかと思っていたが、予想以上に友好的な態度だった。

 僕としても、自分がどういう人間かを彼らに知ってもらうことは必要だと思っている。彼らの1人が言った『好きな子と一緒に一晩中寝ていて我慢なんてできるわけない』という言葉を聞いて、優香は僕の言動を誤解することになった。


「良いですよ。じゃあ、取り敢えず中へ」


 僕が椅子に座って従兄弟たちにソファーに座るように勧めると、中学生はすぐに座ったけど社会人と高校生は戸惑って座らなかった。


「そのソファー兼ベッドは買ったばかりなんです。だから思われるようなことには使ってませんよ。それにベッドとして使う時は上に布団をかけますから」


 僕がそう言うと、キョトンとした表情だった中学生が跳ねるように立ち上がった。


「いや、でも。一昨日の晩は?」

「おいっ、シン!」

「一昨日? ああ、2人で眠っただけです」

「ほ、ホントに?」

「服は着てました」


 僕がそう言うと、高校生は腰が抜けたかのようにソファーの上に座った。社会人と中学生もその横に並んで腰掛けた。


「聞いていい? かなりプライベートなことだけど」

「優香に関係のないことなら」

「じゃあ聞けないじゃん」


 高校生が少し不貞腐れたように横から口を挟んだ。優香が気にしていた言葉の主だ。ここは僕と一般的な高校生男子の違いを知ってもらうべきだろう。


「もしかして、一緒に寝たのにどうして何もしなかったか、ですか? それなら構いませんよ」

「それは関係あるだろ!」

「彼女が恥ずかしがるようなこと以外なら答えます」

「と言うことは、優香じゃなく神崎くんに原因があるってことかな」


 高校生に代わって社会人が僕に尋ねた。


「まあそうです」

「俺達には敬語じゃなくていいから」

「そうですか。だったら僕のことは誠と呼んでもらえませんか。皆さんお互いに名前呼びですよね」

「そうか。じゃあ改めて、俺は春樹(はるき)だ。高校生(こいつ)信一郎(しんいちろう)でシン、中学生(こっち)(すすむ)だ。それで誠。さっきの話だけど、それはつまり……アレがナニだったからかな?」


 会ったばかりの僕には言いにくい言葉だろうが、僕の方はノーガードで対応する。


「勃起したかってことですか? してませんよ」

「えっ! 嘘っ!」


 驚いた高校生(シン)が立ち上がった。目を見開いて僕を見ている。


「え、立たないの? でも子どもは作ったんだよね」

「いつも勃起しない訳じゃない。僕が精通したのは中学の時に優香の裸を夢に見た時だから」


 勃起しないと言っただけでは、僕が禁欲的なふりをしてると思われるかもしれない。格好をつけて言ってるんじゃないとわかってもらうために普通なら恥ずかしくて言えないことまで口にした。

 流石にここまであからさまな話をされるとは思わなかったんだろう。全員がしばらく絶句した。


「うーん。どう説明すればわかってもらえるかな」

「ま、待てよ。見たのか? 中学の時に?」

「だから夢だって。あくまで僕の妄想でだよ」


 それからしばらく無言の状態が続いた。その間に僕は自分にとって納得のいく説明を頭の中でまとめた。


「例えば、好きな女の子が目の前で裸になったら勃起するよね」

「ま、まあ」

「じゃあ、その子が気絶していたら?」

「え? ……ど、どうだろ。手を出したりはしないけど、アレが立つのは仕方ないんじゃないか?」

「じゃあ、その子がケガをしてたらどう? 死ぬほどじゃないけど痛々しい感じのケガで」

「それは、ちょっと」

「まあ、流石にな」

「つまりそういうことなんだ。優香は体のケガじゃなくて、心の方なんだけど」

「心?」

「事情はちょっと話せない。でも自分の彼女が何かに悩んで苦しんでたら、そんなこといいからセックスしようぜ、とは言わないよね?」

「……」


 全員否定はしなかった。どうやら納得してもらえたようだ。世の中には湊川のように気にしない人間もいるだろうけど、従兄弟たちはそうじゃないようだ。


「僕は自分の欲望を抑えられなくて、その結果彼女を傷つけたことがあるんだ。すごく辛くて不安な気持ちになった」

「それって、優香をにん……」

「おいっ!」


 高校生(シン)の言葉を社会人(はるき)が止めた。高校生(シン)は僕が優香を妊娠させたことだと思ったようだけど、もちろんそうじゃなくて昨日彼女の裸を見た時の話だ。


「後で自分が嫌な気持ちになるとわかってたら性欲なんて湧かない。自分の中で恋人としての優香と家族としての優香が切り替わる感じなんだ」

「そうか。誠にとって優香はもう家族なんだな」

「そうだね。女の子としてだけじゃない。色々な意味で大切な存在だよ」

「……はー」


 立ち上がったままだった高校生がソファーに腰を下ろした。


「やっぱオレ、エロ高校生だったわ。そういうことなんだな。モヤモヤしてたのがスッキリした」

「誠みたいに体が反応しないほど相手を思えるかというと自信がないよ。君よりずっと年上なんだけどね」


 思った以上にあっさりと僕の言葉を受け入れてくれた。特に高校生(シン)なんて、優香への恋心をはっきり自覚していたのにも拘らずだ。

 相手が優香の親戚でなければ言葉の裏を疑ったかもしれない。こうも素直に受け入れられるのは彼女と同じで育った環境の良さによる性格からか?


「春樹さんは6歳上なんですよね。……自分が僕ぐらいだった頃と比べて成長したなって思うことってありますか? 僕は夫としての自覚を期待されてると思うんです」

「まあそれなりに。……いや、よく考えたらそうでもないのか?」

「ええ? 春樹兄ちゃん。オレから見たらやっぱり年上だなって感じるけど」

「そうか?」

「そうだよ。なあ」

「うん」


 中学生(すすむ)が同意した。


「歳をとって変わった所とそうでない所があるってことだよね。多分どこを見てるかの違いなんだ」

「シンはおれに好意的だから変わったと感じてるけど、厳しい目で見れば変わってないと思うこともあるわけか」

「それは何となくわかる。いつまでも子供なんだから、って言われるのは怒られてる時だよね」

「言われても直せてないのは直すのが難しい欠点だからな。それを気にする人ほど余計に変わってないと思うんだろうな」


 ちょっと違うけど似たようなことがある。そう言って高校生(シン)が話し出した。


「友達に何でも積極的に手を出すやつがいて、大抵は上手くいくんだけど時々失敗することもある。オレは頑張ってるなって感心してるんだけど、その友達のことを失敗してばっかりだって言う男もいるんだ」

「あー、いるよね、そういう人」

「悪口とかじゃなく本気で言ってるんだ。相手が上手くできたことには興味がないから、その男の頭には友達が失敗した記憶しかないんだ」


 そんなのは家族内でのあるあるじゃないのか。『あんたって、いつも◯◯しないで遊んでばかりね』と母親に言われて『◯◯してる方がずっと多いだろ』と心の中で思うやつだ。

 優香と同じで、彼らは親からそんなことを言われたことがないんだろうな。僕は一度だけ言われたけど、しっかり反論したらその後は言われなくなった。

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