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02 鈴原優香

 鈴原とは小学校から同じ学校だった。5年の時に同じクラスで美化委員同士になってからは、男子としては彼女とよく話をする方になった。


 僕はその頃から彼女を女の子として意識するようになっていた。周囲の目を集めるほど可愛いくて頭も良いいことは前から知っていたけど、話してみると珍しいほど素直で優しい子だとわかった。

 鈴原が風邪で休んだ時に彼女の家にプリントを届けに行ったことがあった。驚くほど大きな家で、彼女と雰囲気の似た美人のお母さんに菓子と飲み物を出してもらった。


 鈴原にとは付き合いの長さもあってそれなりに仲良くしていた。それは特別なことじゃなく、基本的に彼女は他人との付き合いを大切にしていた。

 鈴原には私立中学に進める学力と経済力があったけど、沢山の友だちと別れたくないという理由で進路を地元の公立中学に決めた。彼女と会えなくなることを心配していた僕も同じ中学に進んだ。


 鈴原を意識するようになってからの僕は、彼女と少しでも釣り合える人間になれるように努力をした。運動が駄目な僕には勉強で頑張るしかなくて、それには彼女と同じ高校に進学したいという理由もあった。

 必死に頑張った僕は何とか彼女より上位の成績をキープし続けた。鈴原の方は運動部でレギュラーとして活躍した上での成績なので実力で上だと言うつもりはない。


 鈴原は上級生も含めて何人かから告白されて、その全てを断っていた。活動的で次々とやりたいことのある彼女は、恋愛事で誰かに拘束されるのは嫌だったようだ。

 好きになれるかを試すための付き合いはしない。恋人になって欲しい人が現れたら自分から告白する。鈴原はそう言って断るようになった。それから彼女が告白されることはほとんどなくなった。


 容姿も頭も運動も優れている上に僕が最も惹かれている性格にも申し分がない。客観的に見て完璧な鈴原は、周囲から常にクラスカーストの最上位として扱われていた。

 いつも行動的な彼女は、よく考えた上で自分が良いと思ったことを周りに忖度せずに実行した。たまに失敗しても自分に原因があれば素直にそれを認めて経験値にしていった。

 妬みから他人の足を引っ張るタイプの連中でさえ彼女に対しては陰口を叩くのがせいぜいだった。


 ◇


 中2の修学旅行の時。男子部屋で誰が好きかという話題になった時、そこに居合わせた僕も尋ねられた。

 僕は迷わず鈴原の名前を言ったけど、それが特に注目を受けることもなかった。なにしろ半数ほどの男子が鈴原の名前を挙げたからだ。


 その数日後の教室で、僕はクラスの女子から鈴原のストーカーじゃないかと疑われることになった。

 それとなく鈴原を見ていることが多かったり彼女より少し後に下校していることが何度もあったことが、複数の女子からの証言で明らかにされたからだ。


 その場にいた鈴原は、それは不自然じゃない程度のことで僕の行動を迷惑に思ったことはないと言ってくれた。

 そこに男子から修学旅行で僕が彼女を好きだと言ったことが伝えられた。困った顔をしている鈴原を見て僕はこう答えた。


「女子の中なら一番好きなのは鈴原だな。でもそれは僕だけじゃないだろ? 僕は鈴原に告白しようとまでは思わないよ」


 それを聞いていた鈴原は、好きなのは彼女だと言った時には少し困った顔になり、告白しないと言ったら安心した顔になった。僕の中に僅かにあった期待はこの時に完全に消滅した。


 ◇


 何年にも渡って鈴原を見続けていた僕は、外見よりその中身に自分が惹きつけられていることに気づいていた。

 彼女の容姿がもっと普通だったら。そうと考えたことも何度かあった。それなら僕は自分にもチャンスがあると思えただろう。中学の時には告白していたかもしれない。


 だけど現実として鈴原と僕の見た目には大きな格差が存在している。そして恋愛感情に相手の外見が影響することは当たり前だ。

 鈴原に普通の顔を望んだ僕でも、クラスの中に何人かは外見で恋人として選びたくないと思う相手もいる。

 僕の容姿が鈴原にとっての最低ラインに届いてなくても不思議じゃない。もし圏内だとしても、山ほどいる鈴原を好きな男の中から選ばれるような何かが僕にはなかった。


 僕がNTR(寝取られ)やBSS(僕が先に好きだったのに)という言葉を知ったのはこの頃だ。

 特にBSSは高い確率で自分の未来の姿だと思ったので、僕はその系統の小説に興味を持っていくつか読んでみた。


 好きな女性が不幸になる話は自分としては論外だった。惨めな自分を楽しむというパターンもあったけど僕には理解できなかった。

 女性がBSS主人公との愛に気づいて結ばれる展開もあったけど、昔の些細な出来事を理由にして、それ以外に何もしていない主人公を選んだ女性の気持ちが僕には理解できなかった。

 女性の持っていたトラウマが理由だとしたら、順風満帆な人生を送ってきた鈴原とは違いすぎた。


 僕が気に入ったのはまだBSSという言葉がなかった頃の作品だ。恋愛を経験しながらやがて1人になったヒロインが人としての魅力を増したBSSと付き合うことになる。

 状況を冷静に考えると、僕が鈴原と付き合えるとしたらこのパターン以外にないだろう。

 

 女性の平均初婚年齢は30歳に近づいているそうだ。20代前半で結婚した女性の4割が1度は離婚しているとも聞いた。

 婚活をサポートしている企業のアンケートによると、女性は年齢が高くなるほど条件に容姿を含む割合が低くなって、30代では容姿が条件の上位から外れるそうだ。


 歳を重ねれば顔にその内面が出ると言われている。ヒョロガリメガネで貧相な顔の僕でも努力を積み重ねた末なら少しは変わっているだろう。

 鈴原が結婚してもいいと思う条件を未来の僕が獲得していれば、そしてその時に彼女に恋人がいなければ、僕を受け入れてくれる可能性はゼロではない。


 鈴原と知り合ってからずっと彼女を見続けてきた僕には別の女性と付き合う気持ちが全くない。今後にそれが変わるとは思えない。

 厳しい現実を理解していても鈴原以外に興味がない僕には、遠い未来の可能性を信じるしか手段(すべ)がなかった。

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