19 感想
優香が僕に感じている不安に気づかなかったのは、彼女が受けた心の傷に触れることを僕が恐れ過ぎたのが原因だ。清香さんが何を伝えようとしたかが今になってわかった。
『神崎くん。女の子を大切にするのはいいことだけど、大切にし過ぎると相手を不安にさせることもあるのよ』
ごめんなさい。余計なことをした人だと認識してました。あの人は優香から話を聞いて彼女が勘違いしてると気づいたんだ。
実際に優香の裸を見れば僕が照れて顔を真っ赤にするだろうから、その姿を見せることで言葉では解けなかった彼女の誤解を解こうとしたんだろう。
優香が結婚式の時に僕への想いを話してくれたのも清香さんの言葉がきっかけだった。そういう意図での発言じゃなかったけど2人の関係が進展したのは事実だ。後で合わせてお礼を言うことにしよう。
それはそれとして、先ずは優香の僕に対する誤解を解かないと。
「優香。僕と優香が付き合い始めてどのくらいになる?」
「え? 小学校に入学してからだから……11年半?」
「会ってからの時間じゃなく、僕が告白して優香に受け入れてもらってからだよ」
「結婚しようと言ってくれてからだと63日かな。わたしが誠に返事してからだと58日」
日数で即答されるとは思わなかった。
「つまり2ヶ月ぐらいだよね。それで今の2人の関係なら全く遅くないと思うんだ」
「プロポーズされてから2ヶ月で、今はもう結婚してるのに?」
「それは本来だったらあり得ないショートカットをしたからだろ? 何年も僕は片思いを続けてきて、それがようやく叶ったんだ。恋愛に関しては初心者もいいところなんだ」
「……初心者? わたし、プロポーズされてからは誠の手のひらで転がされっぱなじゃなかった? あっ、悪い意味じゃないの。わたしが勝手にやきもきしてただけで」
「……確かに最初は強引だったけど、あれは必死だったから」
付き合い始めてからの僕は、優香に自分の気持ちを隠さず垂れ流してきただけだ。彼女が僕を見るときには感謝というフィルターがかかっているから、良い方に誤解されてるんだろう。
「優香。僕がこれからする話に嘘とか変な配慮とか裏の意味とかはない。それを信じて聞いて欲しい」
「う、うん」
「まず、今日のことの誤解から解いていこう。優香の裸を見た時のことだ。できるだけ詳しく僕がどう思ったかを話すから」
「……うん」
「まずドアを開けて優香を見た時。鍵が開いてだから誰もいないと思ってて、姿を見た時にはびっくりした。バスタオルで体は隠れてたから、一言謝ってから部屋を出ようとした。だからと言って平気だったわけじゃないよ。僕にとっては衝撃的な姿だった。すぐに謝罪の言葉が出なかったくらいに」
「……」
「それからバスタオルが落ちて優香の裸が見えた。そういう時って手で隠したり、しゃがみ込んだり、キャーって叫んだりするんだと思ってたけど、優香はそのどれもしなかった」
「そ、それは」
「だから僕も状況がすぐに理解できなくて、そのまま優香の裸をみつめてしまったんだ」
「……」
「優香の裸は綺麗だった。僕だって写真や動画で女性の裸を見たことはある。でもそんなものとは比べものにならないくらい僕は優香の裸を見て感動した」
「か、感動って?」
「肌は輝くように白くて、胸も腰も僕の理想を絵にしたようだった。というか、僕が理想だと思っていた姿が優香の裸で上書きされたんだ」
「え、えっ」
「なんだか現実なのかどうかわからなくなるような光景だった。体に少し残った水滴が明かりを反射して宝石みたいに見えた。綺麗すぎてその姿が恥ずかしいものとは思えなかった」
そう言うと優香の視線が僕から逸れた。嘘だと思われたんだろうか。
「さっきも言ったけど嘘じゃない。信じてくれるよね」
「う……はい」
「それからしばらくして、優香の肌が少しずつ暖かい色に変わっていった。なんというか、芸術品として作られた像に命が吹き込まれていくように僕には見えた。正に奇跡が起こっている一場面を見ているようだった」
「……」
「その後なんだ。僕が優香の表情に気がついたのは。優香の顔は真っ赤に染まっていて目は僕を見てなかった。それで僕はようやく優香が恥ずかしがっていることに気がついたんだ。まずいと思って目を逸らそうとしたんだけど、僕にはできなかった。言い訳にしか聞こえないと思うけど、僕は優香に魔法をかけられたみたいに魅了されていた」
優香はまた下を向いてしまった。それにさっきから僕の話に一言も口を挟んでこない。
「そんな状態だったから、僕は自分が優香のことをだらしない顔で見てるんじゃないかと心配になった。それでできるだけ真面目な顔をしようとしたんだ。優香は僕が怖い顔をしてたって言ったけど、怒っていたんじゃないんだ。あ、いや。君の目に浮かんだ涙を見て悲しませたことに気づいた時には、ショックだったし自分に対する怒りが込み上がった。それでようやく目を逸らして部屋を出れたんだ」
そこまで話すと僕は優香の言葉を待った。だけど彼女は何も言わなかった。
「優香の体は僕にはそのくらい魅力的だった。でもそれが君に辛い想いをさせるのはそれ以上に嫌なんだ。僕のために無理はして欲しくない。きっと僕たちがそういう関係になるにはまだ時間が必要なんだと思う」
そう言い終えて僕は優香からの言葉を待った。だけど彼女からの反応は全くない。俯いたままだからその表情すらわからない。
優香の中で気持ちの整理をする時間が必要なのかも知れない。そう思って僕が立ち上がった時、優香の体がぐらっと傾いた。
「優香!」
僕が抱き止めても優香は脱力したままだった。声をかけても反応がない。僕は優香をベッドに寝かせると階下へ人を呼びに行った。すると玄関で帰ってきたお義母さんを見つけた。
「あ、お義母さん。優香が意識を失ってしまったんです。顔がかなり赤くて少し熱もあって」
「えっ? それでどこに? 部屋?」
「はい」
2階に上がる母親を見送っていると、後ろから声をかけられた。
「ごめんなさい。私が…」
「あ、清香さん。さっきはご忠告ありがとうございました。真面目に聞いていなかったことを反省しています」
「……それって、嫌味で言ってるんじゃないのね?」
「はい。僕は女性の考えることが良くわかってないので、これからも指導していただけるとありがたいです」
「私に? 結婚式で酷いこと言ったの覚えてる?」
「あの時も言いましたけど酷いとは思っていません。あれで優香の気持ちを知りましたから、僕はむしろ感謝しています」
「そう。……でも今回はやっぱりやり過ぎだったと思うから、今後は控えめにしておくわ」
しばらくするとお義母さんが2階から降りてきた。
「大丈夫よ。もう目を覚ましたわ。話を聞いたけど精神的なものね。熱の方は知恵熱みたいなものだからもう下がったわ」
「すみません」
「本当によ。神崎くんの話は途中までしか聞けなかったらしいから、続きは後で聞かせてやって。ただし手加減してね。今日はもう寝かせてあげて」
「……はい」
「心配いらないわよ。優香ちゃん、私にうわ言で『ありがとう、わたしをこんなに綺麗に産んでくれて』って言ったのよ。そんな言葉、あの子が生まれてから初めて聞いたわ」
確かにヒロインはとても綺麗な子ですが、例えば有名な美人女優の裸を見てもほとんどの男はここまで感動しません。つまりこの話の感想には主人公の主観が多大に入っています。
その美人女優が毎日の夢に出てくるほどの熱烈なファンだったら、同じような感想を持つかもしれません。