18 誤解
清香さんを探しながら、僕は優香に何と説明しようかと悩んでいた。本当のことを話すとしても、すぐに洗面室から出ないで彼女の裸を見続けていたことの言い訳が思いつかない。
あまりに綺麗で目を離せなかった。素直にそう説明して、恥ずかしさで涙まで滲ませていた18歳の女の子が心から納得してくれるとは思えなかった。
多分優香は僕が謝罪すれば受け入れて許してくれるだろう。それは僕に対して負い目を感じているからで僕が一番彼女にさせたくないことだ。
しばらく探しても清香さんは見つからない。そこで彼女の娘である最年長の従姉に尋ねることにした。
「すみません。清香さんが今どこにいるか知りませんか?」
「母さんなら翠おばさんに怒られてたわ。何か余計なことをしたらしいね。目を離せないって言われて買い物の手伝いに連れてかれたわよ」
……やっぱり清香さんは怒られるようなことをしてたのか。きっとお義母さんは泣いてた優香を見て事情を聞いたんだろう。取り敢えずお義母さんが怒るようなことに僕が加担していたことはわかった。
2人が戻るまで待つべきだろうか。いや、今も優香が辛い気持ちのままだと思うとそんな悠長なことはしていられない。まず彼女に声をかけてみて、僕と話しても大丈夫そうなら全てを伝えて謝罪しよう。
謝るのは一度だけでなくていい。優香が僕に対してしっかり怒れるようになるまで、彼女への謝罪は何度でも繰り返すつもりだ。
◇
「優香。いるか? 話をしたい」
「……どうぞ」
「入ってもいいか?」
「うん」
部屋に入ると優香は椅子に座って机の方を向いていた。僕と目を合わそうとしないのは仕方がない。
「すまない。優香には嫌な思いをさせた」
「ううん。……清香おばさんから聞いたけど、この部屋での話は聞こえてたんだよね」
「優香の声は聞き取れなかったけと、清香さんの声ははっきりと。優香は僕に一番綺麗なところを見て欲しかったんだよね」
「……」
「違うの?」
「……本当はちょっと怖かった」
「怖い? 僕が?」
「変に思われないかとか、がっかりされたらどうしようって」
「そういうこと? がっかりなんてするわけないよ。優香がわざわざ僕に見せたいと思ってくれただけで嬉しいんだから」
「……それは嫌」
「え?」
「誠にどんな風に見えたのかが大切なの。わたしの気持ちに遠慮してとかじゃなく」
そうか。手間をかけて大事に育てたのに、それを忖度して褒められたって嬉しくはないよな。
「わかった。じゃあそれは改めてじっくりと見せてもらってから素直な感想を言わせてもらうよ」
「じ、じっくり?」
「え?」
「……ううん。お願いします」
優香の笑顔がいつもと違ってぎごちない。彼女からのお願いで話が終わったような感じになってるけど、肝心の僕からの謝罪が何も進んでいない。
「優香。僕も君には遠慮して欲しくないんだ。嫌な思いをしたならはっきり言って欲しい」
「嫌とかじゃない。その、ちょっと恥ずかしかっただけ」
「ちょっと? 泣くほど辛かったんじゃないの?」
「それは……」
「普通なら脱衣所で女の子が裸なのを見たらすぐにその場から出ていくよね。あんな風にじっと見てたりはしない」
「……」
「僕に見られて嫌だったんじゃないなら、泣いたのは何か嫌なことを思い出したから?」
「え? それは別に」
「本当にそう? 優香は男に裸を見られるのって初めてじゃないよね。その時の嫌な気持ちを思い出したりしなかった?」
「……だから、誠は怒ってたの? わたしが他の男にも裸を見せたことがあるから」
「え? 怒ってたって、僕が?」
驚いたり見惚れたりしたけど、怒った覚えは全くなかった。
「あの時、誠は最初は驚いてた」
「うん。本当に驚いたから」
「それから、わたしをじっと見たままいつもと違う表情になって。それでわたしも緊張しちゃって」
「いつもと違うって? もっとハッキリ言っていおいよ。いやらしい目つきだったとか」
「そんなんじゃないの。何かこう、素敵な景色に見惚れてるみたいな感じでわたしに綺麗だって言ったの」
そう言ったのは覚えている。
「わたし、急に恥ずかしくなってきて。でも今さら隠すのも変だから我慢してたの。そしたら誠がだんだん怖い顔になって、最後は歯を食いしばってた。わたしが恥ずかしがったからよね?」
「それは、まあ、そうだけど」
「誠はわたしと結婚したんだから、裸を見たり、それ以上のことだって当然なのに。自分から裸を見せたこともあるわたしが今更って思ったら余計に恥ずかしくなって。だから誠も怒ってたのよね。わたしなんかが何を勿体ぶってるんだって」
「ちっ、違うよ!? 全然そんなこと考えてないから!」
慌ててそう言っても、優香の暗い表情は変わらない。
「わたしは……誠がわたしに何もしないのは、わたしを大切にしてくれてるからだと思ってる」
そう。僕にとって優香は一番大切な存在だから。
「でも、前にも教えてくれたけど、誠にとって大切なのは女としてのわたしじゃないんだよね」
「そんなことない。僕には優香の全てが必要なんだ」
「誠が大切なのはわたしの心だけなんだよね。わたしのお腹に子供がいても、それには関係無いって言ってたよね。わたしと結婚してくれるって言ったときも、わたしの体は抱かなくていいって」
ええっ! そんな風に思われてたのか!? 僕に笑顔を見せてくれてる彼女がそんなことまで考えているとは思ってなかった。
「わたしが最初にあいつにされそうになって、嫌がった時に言われたの。もしかして処女じゃないんじゃないかって。それを知られるのが嫌だから抱かれたがらないんだろって」
以前から思っていたけど最低だな。
「誠がわたしが処女じゃないどころか、お腹に子どもがいるのに結婚したいって言ってくれた。わたしは普通の男の人がどう思っているのか知りたくて、そういうサイトを調べたことがあったの。そしたら妊娠どころか処女じゃない女に価値はないって言ってる人がほとんどだった。誠みたいな人はいなかった」
もしかして清香さんは、優香のこの誤解を解こうとして僕に彼女の裸を見せたのか。あの時に僕が普通にあたふたとして照れていたら、優香も僕が自分の裸に興味がないなんて思わなかっただろう。
「従妹の優奈ちゃんが言ってたの。正確には優奈ちゃんのお兄さんなんだけど。好きな子と一緒に一晩中寝ていて我慢なんてできるわけないって」
お兄ちゃんって、あっ、あいつか。
「優奈ちゃんは誠がわたしを大切にしてくれてるからだって言ってた。でも普通はお兄ちゃんの言うことが本当なんだよね」
「いやいや! 違うから!」
「高校生の男の子が、自分を受け入れてくれる好きな相手と一緒のベッドで寝て、大切だからって何もしないのが普通なの?」
多分普通じゃないです。でもそれは僕にとっての優香が全く普通じゃないからだ。あーっ、何て説明したらいいんだ?