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16 同衾

 結婚した日から、僕は優香と勉強していた鈴原家の部屋を自分の部屋として貰うことになった。西の階段(この家には階段が2つある)を上がってすぐの場所ですぐ隣は優香の部屋だ。


 部屋の内装も変えられた。最も大きな変化は家具としてソファー兼ダブルベッドを置いたことだ。これはある家具メーカーの試作品で、普通のダブルベッドと金属アームで持ち上がる軽量背もたれの組み合わせだ。

 ソファーとして使うときは座る側の布団をめくってベッドの上に背もたれを降ろす仕組みだ。座面となるマットレスは端に腰掛けに適した強度のスプリングが入れてある。


 ポイントは普段ソファーとして使っている時にはこの部屋でベッドが使えないということだ。部屋で女の子と2人きりになってもなし崩しにベッドに倒れ込んだりはできない。

 受験が終わるまではベッドとして使う予定はない。僕は今まで通り実家からこの家に通うことにしているからだ。優香には僕が受験に集中したいからと言ったけど、本当は妊婦である彼女に気遣いをさせ過ぎないようにだ。


 ◇


 僕と勉強をしているときの優香とは違い、その後で僕と映画やテレビを見たり雑談をしたりしている彼女には落ち着きがない。


「喉は乾いてない? それともお菓子とかの方がいいかな?」

「いや。それは少し前に…」

「じゃあ、肩を揉んであげる」

「優香のマッサージが上手いの確かだけど、1日に何度もすることじゃないよね?」

「……うん」


 理由は何となくわかる。優香は僕への感謝が強すぎて自分が何かの役に立ってないと不安なんだろう。結婚する相手と2人きりで自由な時間を過ごすなら恋人らしいことをしないと、なんてことを考えていそうだ。

 昔から優秀だった優香はいつも周りに何かをしてあげる方で、逆に自分がしてもらった時には必ずその借りを返していた。祖母の悦子さんが受けた恩は返すという信条の人だったから、優香にとってもそれが当たり前になっているんだろう。


 今日の式で優香が話してくれた僕への気持ちは、素直に言えば感動するほど嬉しかった。そして彼女の言った『申し訳ない』という言葉は僕の考えが正しいことを示していた。

 プロポーズの時に僕がしたことで優香は大きな借りがあると考えている。だけどあれはお互いにWIN-WINとなる提案で彼女にはそのことを何度も説明してきた。でも納得はしてもらえていなかった。


 優香は『申し訳ない』の後に『幸せな気持ちの方がずっと大きい』とも言ってくれた。でも本当にそうなら借りにこだわることはない。

 だから僕がこれから彼女の『幸せな気持ち』をもっと大きくすることで『申し訳ない』という気持ちを圧倒したいと考えている。


 彼女が借りを返そうと焦っている時間を増やしたくない。それが毎日実家に帰ろうと考えている理由だ。


 ◇


「え? 帰る? さっき結婚式だったのにか? 今日ぐらいこの家に泊まってもいいんじゃないか」

「そうよ。式のあった日に1人で寝るなんて優香が可哀想よ。一生に一度の日なのに」


 アルコールの入った叔父と叔母が、実家に帰ろうと挨拶をした僕にそう言った。


「これは優香と話し合って決めていたことなんです。彼女もそのつもりですから」

「まだ抱かないっていうなら、それはまあいいわ。お腹に子どもがいるんだから。でも今日は結婚式だったのよ。せめて同じ屋根の下で寝て、おやすみとおはようぐらいは言ってもいいんじゃないの?」


 言われてみてその通りだと思った。今日の優香の言葉で、彼女にとって僕と一緒にいることが幸せなのだと確認したばかりだ。


「今日は式を挙げた日だから、この家に泊まろうと思うんだけど」

「本当に!?」


 優香がすごくいい笑顔を僕に見せた。


「あ、でも。叔父さんや叔母さんが何か言ったから? 元々帰るって決めてたんだから無理はしなくていいよ?」

「確かにそんなことも言われたけど、僕自身がもっと優香と一緒にいたくなったんだ」


 優香の顔が笑顔のまま頬に赤味が差した。うん、可愛い。これはもう泊まることは確定だな。そのことを家に電話で連絡すると母親から呆れられた。


「えっ? 1人で帰ってくるつもりだった? 何考えてんの?」




 9時を過ぎた頃に優香がパジャマに着替えていた。湯上がりの優香を見たのは初めてだった。従姉妹たちと風呂に入ったようだ。

 この家の浴槽は2つあって、大きい方は2人が横に並んで座れ、向かい合えば4人まで一緒に浸かれる大きさがある。洗い場の広さもたっぷりだ。帰省で人の多い時にはまとまって入るのが普通らしい。


「ごめんね、お兄さん。ユカねえと一緒に入れなくて」


 もちろん優香と一緒に入ったことは一度もない。


「裸になってもキレイだよね。ユカねえは。お腹に子どもがいるなんて思えないくらい」


 そうなのか。僕が見たことのある優香の姿で肌が最も見えていたのは学校での水着姿だ。来年の夏にはもっと布地の少ない水着を着た姿も見れるだろうか。


「まだ17週だから、体重は増えても2、3キロぐらいらしいよ」

「あ、やっぱり自分の奥さんのことだと詳しいんだ。でも以前とは違うよね。太ったとかじゃなくて、その、大人っぽくなった感じがした」

「お肌の手入れとか気をつけてるって言ってたよ。やっぱり見せる相手がいると違うんだね」

「えっ、やだ」

「あれ? 中学生には刺激が強かったかな」

「……自分だって彼氏とかいないくせに」

「あ゛?」


 JKとJCの従妹2人が追いかけっこを始めた。そしてすぐ親たちに怒られた。


「今日は式があって疲れただろ。もう休むか?」

「できたら、寝るまでは2人でお話したい」

「わかった。じゃあ僕も風呂に入ってくるから部屋で待ってて」


 急いで空いていた小さい方の風呂に入った僕は、汗を流す程度に体を洗うと2階に上がった。

 寝る前に挨拶をと思って優香の部屋に行ったけど中には誰もいなかった。もしやと思って自分の部屋のドアを開けると優香はそこにいた。ソファー兼ベッドは今はダブルベッドになっていて、優香はその上に座っていた。


「こ、ここだったら、どっちかが眠っちゃうまでお話できるよね?」

「あ、ああ。そうだな」


 優香がベッドの上を手でポンポンと叩いたので、僕はベッドに上がってその場所であぐらをかいた。

 優香は僕の記憶の中の彼女のことを聞きたがった。僕だけが覚えてるのが何だか悔しかったらしい。


「赤ちゃんを抱いてたのって、中学の須田先生の子どもだよね」

「あ、その前に授業参観に来た父兄の子どもを嬉しそうに抱っこしてたことがあったんだ。それで中学の時に職員室で赤ん坊を見つけて、わざわざ優香の教室に行ってその話をしたんだ。優香にも聞こえる場所で」

「えっ、そうなんだ。……覚えてない」

「普通は覚えてないよ」

「……待って。もしかして他のことにも誠が関わってたことがあるの?」

「壁新聞の時は、優香にだけ任せてるのはどうなんだって話を皆にしたかな。何人かの男子から点数稼ぎだと言われた。まあ、実際にそうだったんだけど」

「……覚えてない。他には?」

「犬の飼い主を探してたときは、僕が見つけた飼い主を優香の友だちから伝えてもらった。点数稼ぎだと思われたくなかったから」

「……」

「石を拾ってたときは、優香に見つからないように僕も集めた。ただ葉の茂った低木の下やその裏とかのあまり人が入らない場所だったから、後で考えると意味がなかったけど」

「あああ……」


 優香が両手で顔を覆ってしまった。


「どうした」

「わたしの目が節穴なのって昔から?」

「気づかれないように気をつけていたんだ。見つかってたら僕が間抜けなだけだよ」

「どうして? 点数稼ぎって思われたくないから?」

「男子から何かにつけて助けようとされたら、それはそれで優香は困ったんじゃない? 僕は優香にストーカーだとは思われたくなかったんだ」

「ストーカー? そんなこと思ったりしないよ。何も悪いことしてないんだから」

「男が好かれてない女にまとわり付いてたら、それだけでストーカー扱いされてもしょうがないんだ。それに優香は僕が手伝ったと知ってたら借りだと思って返そうとするだろ?」

「駄目なの?」

「それだと僕が手伝った意味がないよ。どれも優香が他人の助けになると思ってしてたことだろ。それを楽しそうにする君を見てると嬉しくなって僕も手伝ったんだから。見返りのないことが大切なんだ」


 もし僕が優香と同じで誰でも助けようとする人間なら、もっと自然に手を貸せただろう。でも僕が助けたいと思ったのは彼女だけだった。

 そんなことを誰かに知られたら優香を手助けするのが難くなる。そう思って僕は全力で自分の行動を特に優香から隠していた。


「だったら……いま言うのもダメ? ありがとうって」

「嫌なのは見返りを期待することだったから、後でお礼を言われるのは嬉しいかな」

「ありがとう。赤ちゃんを教えてくれたことと、壁新聞のことと、犬のことと、石のこと。遅くなったけど教えてもらってすごく嬉しかった」

「うん」

「他にもあるのよね。教えて。そのお礼も言いたいの」


 赤ん坊のことのようにお礼を言われるべきか微妙な内容もあったけど、僕は思いつくまま優香に話していった。

 本当に些細なことでも優香は喜んでお礼を言ってくれた。僕がちょっと無茶をしたことには心配されて怒られた。

 色々あって疲れただろう彼女は、やがてベッドの上で横になって僕の話を聞いた。僕も彼女の隣で横になって話を続けた。


「だいぶ眠そうだね。そろそろ部屋に戻って寝る?」


 その言葉を嫌がるようにうとうとしていた優香が僕に抱きついてきた。僕はハグをし返すとその唇にキスをした。その後もしばらく抱き合っていたら優香は幸せそうな顔で寝てしまった。

 僕の方はそれから何時間も眠れなかったけど、それは寝るのがもったいなかったからだ。僕のすぐ横に優香がいることが嬉しくて仕方がなかった。


 ◇


 目を覚ますともう昼に近い時刻だった。


「昨日はお楽しみでしたね」


 僕にそう言ったJKの従妹はアラサー手前の従姉に頭を叩かれた。楽しかったのは本当だけどね。

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