15 親戚たち
結婚式が終わってからの数日間。優香の叔父たちと叔母たちはその家族と共に恒例のお盆の帰省で鈴原家に泊まることになっている。
この家に住む優香の父親は彼女の祖父の長男だけど、結婚が遅かったので家族は17歳下のお義母さんと優香だけだ。だけどその弟や妹の中には伴侶と子どもの他に孫まで連れてきた人もいた。
叔母や結婚した従姉は普段は配偶者の実家やその近くに住んでいるから、盆や正月にもそちらには帰省する必要がない。だから帰省の時期には鈴原家にその大半が集まっている。
この家が一般的な一戸建てと比べてやたらと部屋数が多いのも、この人数の親戚を泊める必要があるからだ。
優香の親戚で結婚式を終えてから僕が初めて会うことになったのは、叔父と叔母の配偶者が合わせて4人。従兄弟が3人と従姉妹が5人だ。
アラサー前後の従姉2人にはそれぞれ2人と1人の子どもがいるが、その夫は今年はここに来ていない。
優香の親族だけあってみんな容姿の偏差値が高かった。僕の感覚では全員が日本人の上位2割には入ってる。
男性より女性の方をより美形だと感じるのは優香に似ていることで贔屓目になってるせいかもしれない。そしてその中でも優香の美しさは際立っていた。
ここには血族の他にその配偶者もいるわけだけど、明らかに見劣りしているのは僕だけだ。やはり互いに見目の良さでもバランスの合う相手と結ばれたんだろう。
僕が優香に比べて残念な外見なのを初対面の親戚一同はどう思っているんだろう。それで嫌悪を感じた親戚がいて優香が板挟みになったりしないだろうか。
広いリビングに幼児以下も含めた19人全員が揃ったところで、僕たちはその前で結婚の挨拶をした。すると社会人の従兄が驚いたように言った。
「結婚!? 優香がこいつと? まだ高校生だろ」
「春樹。言っとくけど神崎くんはアンタより稼いでいるわよ。もちろん自分の力で」
「え?」
「それと、優香が神崎くんの前に付き合ってた男の子は優香に負けないぐらいの美形だったそうよ」
「え?」
「優香が神崎くんを選んだからその子は振られた訳だけど」
「……」
「裕也には話せないけど、優香が神崎くんを選んだ理由は母さんも本人から聞いてるの。そしたら迷いなく2人を祝福する気になったわ。優香のお腹にいる子どものことも含めてね」
それを聞いた優香の従兄は表情を失って抜け殻のようになった。第一声で僕の容姿には触れなかったこともあって彼への好感度は低くない。中高生の従弟2人も巻き添えでダメージを受けているようだ。彼らにとっては突然過ぎる事態だということに申し訳なさを感じてしまう。
従姉妹たちの方は僕たちの結婚を素直に祝福してくれた。どうして優香ほどの女性がこんな男と? といったリアクションは全く感じなかった。
「ユカねえ。お母さんたちは2人のことをあんまり詳しく教えてくれないんだ。聞いたらダメ?」
「こらっ。新婚さんの邪魔よ」
「言えないこともあるんだけど……少しぐらいなら話していいかな?」
優香の言葉に僕が頷くと従姉妹たちから歓声が上がった。彼女たちに手を引かれて優香はリビングから出ていった。
「神崎くんだったよね。あんなに機嫌の悪かった母さんがコロッと意見を変えちゃうなんて驚いたよ。あの順平おじさんに愛娘との結婚を認めさせた方が凄いけど」
僕にそう話しかけてきたのは、赤ん坊を抱いた20代後半の従姉だった。
「お義父さんとお義母さんには優香に対する僕の真剣な気持ちを受け入れてもらえたんです。未熟さを理由に門前払いされなかったのは運もあったと思います。いくら一所懸命でも他人にそれを認めてもらえるとは限りませんから」
「うーん。その説明で母さんが納得したとは思えないんだけど」
「それについては優香の言葉がなければ無理だったでしょうね。式の前に僕への気持ちを皆に語ってくれたんです。あんな風に思ってくれてると知って僕も感動しました」
「やっぱり優香に聞かないとわかんないのか。……わかったわ。お幸せに」
「ありがとうございます」
従姉の人は笑顔でリビングから出て行った。優香のところに行くんだろうか。入れ替わるように近づいてきたのはお義母さんだった。
「今日はご苦労様。いい結婚式だったわ」
「僕は何もしてませんけどね」
「……あれで何もしてないの?」
「? してませんよね?」
「ずいぶんと自分に対するハードルが高いのね」
どう考えても自分の役割以上のことはしていない。頑張ってくれたのは優香の方だ。でもそのことで言い争うつもりのない僕は以前から気になっていたことに話題を変えた。
「結婚後は僕の名字でよかったんでしょうか? この家に子どもは優香だけなのに。婚姻届に僕の名字を書いて渡したことは申し訳ないと思ってるんです」
「そう思うならずっとこの家に住んでくれないかしら。広いから十分に2世帯住宅としても使えると思うわよ。こんなに若くて結婚したらあの子も5人ぐらいは産めるんじゃないかな? そしたら希望した子に私たちの養子になってもらえるかも」
それは難しいかもしれない。僕は優香がお腹の子を出産してから受験して大学を卒業するまでの5年半、なんなら就職して仕事に慣れるまでの数年間も子どもを作らないつもりだ。
もちろん優香の希望を最優先するつもりだけど、迷うようなら彼女の自由な時間を最大限で確保したい。
「それは優香に聞いてみないと」
「じゃあ、神崎くんは反対じゃないのね?」
「優香がプレッシャーに感じるようなら反対です」
「それはもちろんよ。私も優香しか産んでないんだから無理を言う気はないわ。後2人ぐらい欲しかったんだけどね」
「でもご両親の愛情と指導を独占できたから、優香はあれほどいい子に育ったのかもしれませんよ」
「誠くんは本当に優香が好きね」
「はい。あの優香に育てていただいて、ご両親には感謝しています」
「ふふ。ありがとう。……でもこの後は神崎くんに甘やかされ過ぎてダメな子になっちゃうかもよ」
「優香の性格ならそのくらいじゃ揺らぎませんよ」
あんな目にあったにも関わらず、今ではほとんど僕の知ってる優香に戻っているんだから。
「じゃあ、遠慮なく幸せにしてあげてね」
「少なくとも僕が幸せだと感じている以上に優香にそう思わせたいですね。僕のライフワークだと考えてます」
「神崎くんと話してると何だか優香が羨ましくなるわね。でも順平にそれを求めるのは可哀想かな。ああ見えて照れ屋さんだから」
しばらくして、優香が従姉妹たちとリビングに戻ってきた。
「あ、あの。頑張ってください。応援しています」
「アタシも応援してます。ユカねえを幸せにしてあげてください」
「ありがとう。そのつもりだよ」
「もう。2人とも、無理言うんじゃないの」
「ええっ?」
赤ん坊を抱いた従姉妹の言葉に、年少の2人が驚いたように言った。
「頑張れとか幸せにとか……これ以上にってことよね?」
「あ……」
「神崎くん。これからも優香を幸せでいさせてあげてね」
「僕はいつももっと優香を幸せにしたいと思ってます」
「うーん。びっくりするほど男前な言葉だね」
「そうでしょう。わたしが言った通りの人なんだから」
自慢げにほほ笑む優香の横で、彼女の従妹たちがとても暖かい目で僕と優香を見比べていた。優香は彼女たちに一体何を言ったんだろうか。