14 結婚式#2
式の時間が近づいて、僕たちは挨拶のために2人で控室に向かった。姿を現した新婦のあまりの美しさにそれを見た人の口からため息が漏れた。
「こ、この娘が? 今から誠と?」
しばらく口を開けたままだった兄さんが、ようやく声にしたのがその言葉だった。子どもの頃の優香としか会ってないから、こんなに間近で見たら驚くのは当然だ。
それから新婦は母親と3人の叔母さんに囲まれて、彼女達の絶賛を受けた。
「本当に綺麗よ、優香ちゃん」
「まだ子どもだと思ってたけど、こうして見たらケチのつけようがない花嫁さんね」
「これを見れるのが私たちだけなんてもったいないわ」
「こんな形じゃなかったらねえ」
優香が相応しい時に見合った相手と結婚していたら、親戚と友人を合わせて100人以上が出席する式で彼女を祝福していただろう。叔母さんがもったいないと思う気持ちは僕にもよくわかる。
「おい。優香を絶対に幸せにしろよ」
そう言ったのは三男の叔父だ。
「はい。全力を尽くします」
「何だかひょろっとして頼りないな」
「運動しても筋肉がつかないんですよね。優香のお父さんがうらやましいです」
「ちょっと、あなた」
次女の叔母が僕に話しかけてきた。少し不機嫌な顔つきだ。僕が彼女の思う優香にふさわしい男とは違ったからだろう。それについては僕も同意するしかない。
「今更だけど、どうしてもう少し我慢ができなかったの?」
「すみません」
「あの子ならもっと素敵な未来だって選べたはずなのよ」
「そうですね」
僕の言葉に叔母の眉が吊り上がった。
「何? 他人事みたいに言うのね、あなた」
「あ、いえ」
「優香をこんなことにした責任をわかってるの?」
「清香おばちゃん!!」
大きな声に振り向くと、いつの間にかそこには優香がいて次女叔母をにらみつけていた。
叔母を見る優香の顔には、僕がこれまで一度も見たことのないほどの怒りが浮かんでいた。掛け値なしの美人が怒った顔には迫力があった。その視線の先が僕だったら土下座して謝っていただろう。
「誠に何の責任があるの?」
「何のって、それは…」
「わたしが怒ってないのに、どうして清香おばちゃんが誠に怒るの?」
優香は叔父さんや叔母さんが僕に少しキツめの言葉をかける度に、僕に心配そうな表情を見せていた。この叔母さんはその表情を見ていたから、優香がこの結婚をあまり望んでないと思ったのかもしれない。
「優香。貴女はまだ高校生なのよ。本当ならまだ結婚なんて」
「それは子どもがいるからだってこと?」
「それは……そうでしょ?」
「わたしのお腹の子の父親は誠じゃない」
「え、ええっ?」
「だから誠には取らなきゃいけない責任なんてひとっかけらもないの!」
「ちょっ、ちょっと。えっ、こんなところで!?」
叔母が慌てて僕の方を見た。
「あ、ご心配なく」
片手を上げてそう伝える。
「誠はそれを知っててわたしと結婚するっていったの。最初はわたしのお父さんとお母さんにも秘密にしようとして、お父さんには気を失う勢いで殴られた時も笑ってわざと受けたのよ。誠は高校生だけどわたしと子どもを養えるだけのお金を自分で稼いでいて、自分が全部の責任を背負うってお父さんに言ってくれたの」
周囲からの目線を受けてお義父さんは無言で頷いた。
「お腹の子の本当の父親は酷い人だった。周りの人に沢山悪いことをしてたから死んじゃったの」
死んだという言葉を聞いて叔母だけでなく周りもぎょっとした表情を見せた。僕は慌てて言葉を挟んだ。
「死因は僕たちとは関係のない相手とのケンカで、事件はもう解決しています。そのことは優香のお父さんも知ってます」
「ああ。それは確かだ」
また自分に集まった視線にお義父さんは頷きながら言った。
「誠がわたしのことを好きだと知っていて、わたしはその酷い人と付き合ったの。誠はその人がわたしを不幸にすると思って忠告してくれたのに、私はそれを無視したの」
「……」
「だからわたしが不幸になったとしても、それは自業自得だった。誠はわたしを小学校の頃から見守ってくれていて、わたしのいいところを一杯見つけてくれてた」
優香の目から涙が溢れた。
「でもわたしの目が節穴なのもわかってた誠は、わたしに自分の気持ちを言わなかった。わたしには本当の誠が見えてなかったから、お腹にこの子がいなかったら誠の気持ちには応えてなかった」
「優香……」
叔母は名前を呼んだだけで後が続かなかった。優香の目から涙がボロボロと零れ落ちて、ウエディングドレスに落ちた。
「誠はわたしのお腹の子を好きになれると言ってくれた。誠とわたしを結びつけたのがこの子だから嫌いになれるわけがないって。生まれたらあんなことやこんなことをしてやりたい。こんなのがあったら喜ぶんじゃないかって、わたしと何度も話をして」
「……優香。ごめんね」
「わたしじゃない! 誠に謝って!」
「ありがとう、優香」
そう言って僕は優香を抱きしめた。
「優香の気持ちはすごく嬉しかった。でも僕は叔母さんの言葉を聞いても辛いとは思ってないんだ」
その背中を軽くポンポンと叩いてから、その頬を両手で挟んで顔を僕の方に向けた。映画か何かでこんなシーンを見た気がする。2人きりならともかく今は衆目の的だ。僕ごときがこんな気障な真似をしていいんだろうか。
「本当に?」
「僕が優香に悪いことをしてそれを責められたのなら辛いけど、叔父さんや叔母さんが僕を責めたのは、優香を妊娠させてこんな形でしか結婚式を挙げられなかったことだろ。そうなったことについては僕も怒っている一人だし、優香のために叔母さんが怒ってくれたことには感謝してる」
涙に濡れた優香の顔もやっぱり美しかった。でも僕が好きなのは笑顔の方だ。
「そもそも、お腹の子どものことを秘密にすると決めたのは僕たちだろ。それを知らないからって怒るのはむしろ叔母さんに申し訳ないよ。違うかな? 優香が怒ったのは自分のためじゃなくて僕のためだから、そのことは本当に嬉しく思ってる」
「……そうね。そうよね」
僕が優香の頬から手を離すと、優香は皆んなに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。叔母さんたちが悪いわけじゃないのに。誠に言われてやっとわかった。誠がこんなことを言われる原因になった自分が許せなかったの」
「ううん。私たちも悪かったわ」
「仕方ないなんて気持ちはこれっぽっちもない。誠に申し訳ないって気持ちはあるけど、それより幸せな気持ちの方がずっと大きいの。そのことだけは疑ってほしくない」
そう言った優香の目は僕を見ていた。
「最初に見た貴女はあんなに幸せそうだったのに、自分の思った通りの結婚じゃないからって酷いことを言ったわ」
「酷いとは思いませんでしたよ。優香の味方なら僕にとっても味方ですから」
「いい人に出会えたのね、優香。改めて心から言わせてもらうわ。おめでとう、優香」
「ありがとう」
優香は満面の笑顔でそう答えた。やっぱり優香はこの顔が一番だ。
「すごく素敵な笑顔だけど、化粧の方はやり直しが必要だな」
「本当! 急いで式場の人にお色直しを頼まないと」
「それと皆さんにお願いです。子どもの父親のことについては秘密にしてください。皆さんが他の家族に話す必要があると思った時は、僕か優香に相談してください。2人で話し合ってお答えします」
予期せず明かしてしまった秘密について念を押しておく。
「もちろんよ」
「いつかはこの子にも伝えるつもりです。でもその時までは」
「ああ、そうだな。酔っ払ってついうっかり、なんてないようにな」
「何でオレに向かって言うんだ。こんなこと話すわけないだろ。オレにだって酔っても話さない秘密はあるんだからな。それが一つ増えただけだ」
全員から快く返事をしてもらったけど、彼らからに限らず秘密というのは漏れるものだと思っておいた方がいい。例えば生まれた子の顔が僕にも優香にも似ていなかったら、事情を察する人間が出てくるだろう。
そうなった時の対策については幾つか考えている。今回の件でそれが少し早く必要になるかもしれないけど、僕としては優香からこんな言葉を聞けたことの方が遥かに大きなプラスだった。
結婚式と披露宴は、両家全員の心からの祝福の中で行われた。
「自分の親にまで秘密にする必要はなかったんじゃないか? でもまあいい。俺は自分の息子を自慢に思うよ」
「優香さん。あなたがいなかったら誠はこんな風に成長できなかったと思うわ。これからもお願いね」
「正直に言うと、儂は君が自分を犠牲にしてもと考えてないか心配していた。でも今は優香を必要としてくれてることがわかっている。安心して娘を任せられるよ」
「私が気になってたのは、優香ちゃんの気持ちがちゃんと誠くんに伝わってなかったことなの。でも今日のことでわかったわよね」
いつまでも僕の記憶に残るだろう結婚式だった。本番のキスでは優香がその手で僕の頬を支えてくれた。式前日の練習の時とは違って、軽く歯がぶつかった以外は上手くできたと思う。