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13 結婚式#1

 湊川の死を伝えた日から優香との関係が変化した。それまでの彼女は僕の前ではいつもどこか緊張していたけど、今は自然な笑顔を見せてくれることが増えてきた。

 彼女にとって最低な状況だった時からまだ半月ほどしか経っていない。男性不審になっても当然だと思う経験をした優香が、それをもう乗り越えようとしていることに僕は嬉しい驚きを感じていた。


 その緊張しなくなった優香は、僕がちょっと手が触れたり僕の気持ちを言ったりしただけで顔を赤らめるようになった。そんなことをされると可愛い過ぎて僕は言葉が出なくなる。

 あんなに強くハグをして互いの気持ちも盛り上がったんだから、これからはハグなんて挨拶程度になるんじゃないか。僕がそう思ってしまったのは経験値のない童貞だからだろう。僕の知らない反応を見せる優香に対して、どう応じればいいのかわからずに戸惑うことになった。


「こんな優香ちゃんを見たのは初めてよ」


 そんな僕を見ていたお義母さんからそう言われた。母親でも見たことが無いなら僕にもわからなくて当然だ。


「去年もこんなにわかりやすく変わってたら、優香ちゃんが男の子と付き合い始めたって気づけたんだけど」


 ……わかりやすいのか。まあ、母親だからな。


 女性との交際経験がゼロの僕に対して、これから子どもを産もうという優香。彼女の心さえ回復してくれば僕が未熟な言動しても彼女は『ああ、仕方ないわね』と余裕であしらってくれるだろう。

 その予想に反して、愛香は僕のアプローチに対して初々しい仕草を返してくる。そうなると僕は自分の迂闊な言動で彼女を傷つけてしまうのが怖くなって、積極的な態度に出れなくなった。


 湊川のやつは相当に女慣れしてたはずだ。それなのに優香の経験値がこんなに低いのは、彼女の心を掴みきれてないまま強引に関係を進めたからか。

 いや。それだけじゃないのかも。優香自身が無意識にそういった記憶を消しているのかもしれない。人間はストレスから心を守るために辛いことから先に忘れていくそうだ。


 ◇◆◇◆


 優香との結婚式を8月11日に行うことに決まった。それは彼女が18歳になった次の日で、僕の誕生日の約1ヶ月後だ。当日はまだ妊娠17週目だから、テニス部のレギュラーとして鍛えた腹筋を持つ彼女ならお腹はそれほど目立ってないだろう。


 参加者は両家の年長の親族だけだ。神崎家からは一緒に住んでいる両親と5歳上の兄。それに投資を教えてくれた祖父が参加する。鈴原家からは両親とその血族である叔父2人に叔母3人が参加する予定だ。

 前にも言ったが鈴原家では親戚の人たちと互いに親密な関係を保っている。優香も叔父や叔母とは毎年、盆と正月の帰省で顔を合わせているそうだ。結婚式は彼らが盆で帰省してくる初日でもある。お義母さんの話によると素直で可愛い姪の優香は皆に溺愛されているそうだ。


 優香は籍を入れたら後は記念写真を撮るぐらいでいいと言ってたけど、彼女を溺愛している叔母の1人がそれに猛反対した。そして他の叔父や叔母も巻き込んだ結果、彼らが出席する結婚式を挙げることが決まった。


「誠。もし叔父さんや叔母さんに酷いことを言われたらわたしに言ってね。誠のことをわかってもらえるように話すから」


 お互いに優香を愛する者として僕はその人たちに好意を持っている。彼女を思っての言動なら大抵のことは気にならない。でもお義父さんに殴られた時のように優香を悲しませるのは嫌だから、できるだけ穏便に済ませたいとは思っている。


 彼女が妊娠していることは出席者には知らせている。そのことに対して僕の身内からの風当たりはとても強い。

 素直に祝福してくれたのは僕が優香を好きだと知っている兄だけだ。ただし彼女が僕に対して全く脈がないことには当然だなと納得していたので、いきなりこうなったことには驚いていた。


 優香の両親は僕の両親から土下座しそうな勢いで謝られて困惑していた。優香の両親には真相を言わないようにお願いしている。

 僕の家族は人は悪くないけど少し口の軽いところがある。これから生まれてくる子どもには、できるだけ良いタイミングを図って事実を伝えたい。


 ◇◆◇◆


 高三の夏と言えば受験勉強の追い込みだ。僕も優香と一緒に勉強をしていることが多い。年末が予定日の優香が受験するのは1年後になるけど、その後の子育ても考えると時間のある間に勉強をしておいた方がいいだろう。


 僕が勉強を頑張ってきたのは優香に相応しい人間になるためだ。その優香を目の前にして勉強すると面白いほど集中力が維持できた。


「はい、もう休憩の時間よ。下に降りて休みましょう」


 ちょうど区切りのいいところで優香が僕にそう言った。単に時間が来たからじゃなく僕の様子を見て声をかけてるからだ。

 一階に降りるとお義母さんがお菓子と飲み物を用意してくれていた。


「ありがとうございます」

「2人のいる部屋に入ったりしないから、安心してね」

「お母さん! 誠はすっごく集中して勉強してるんだから、余計な心配はしなくていいの」

「優香ちゃんはどうなの?」

「そ、それは。ちゃんとやってるから」

「無理はするなよ。妊娠後の一番辛い時期は過ぎたのかも知れないけど、今の優香は勉強よりも健康が優先だぞ」

「甘やかしちゃダメよ、神崎くん。優香ちゃんは私に似てつわりとかは軽い方なんだから。もし集中できない理由があるとしたら…」

「お母さん!」

「……まあ、神崎くんの邪魔になってないならいいかしら」

「邪魔とかとんでもない。優香は僕のやる気を引き出してくれる特効薬みたいな存在です」

「優香もそっちのやる気だったらいいんだけど」

「お母さん! ……本気で怒るわよ」

「はいはい。2人が幸せそうだから、ついからかいたくなるのよ」

「もうっ。…………あの、誠も幸せ?」


 そう尋ねてきた優香の声には不安の色が混じっていた。彼女はテンションが上がっている時でも突然こんな風に僕のことで弱気になることがある。

 お義母さんはただ僕達を茶化していたわけじゃない。できるだけ多く彼女に気持ちを伝えられるよう僕に機会を与えてくれているんだと思う。


 優香のこんな質問に対して、僕は自分の気持ちを飾らず素直に伝えることにしている。


「幸せだよ。優香の側にいて幸せじゃなかったことなんてないよ。こんなに素敵な人ともうすぐ結婚できるんだと思ったら、叫びたくなるほど気持ちが高ぶってくるんだ」


 僕の言葉を聞いた優香は両腕を枕にしてテーブルに突っ伏してしまった。


「優香。僕の言葉が大袈裟だとか口先だけだとか思ってないよね。それならわかってもらえるまで何度でも言うよ。今は照れてるだけだなんだよね?」

「優香が心配なのはわかるけど、流石にそれは聞かないであげて。ほら、耳まで真っ赤になってるから」


 お義母さんがそう言うと、優香は子供かイヤイヤをするよう俯いたまま首を振った。お義母さんの言葉も追い打ちになってませんか?


 彼女の心の底にある暗い気持ちを薄れさせていくには、僕の強い気持ちをできるだけストレートにぶつけることが良いらしい。お義母さんからそう勧められた。優香にとって何が良いかをわかっている人として僕は全幅の信頼を置いている。


 ◇◆◇◆


 結婚式の当日。どうせ何を着ても可愛いんだから本番で見るのを楽しみにしたい。そう言っていた僕が初めて見ることになった優香の花嫁姿は、僕の想像を超えていた。


「……何というか……竜宮城みたいだ」

「え? ……派手すぎる?」

「ほら。絵にも書けない美しさっていうだろ。それと同じで言葉にならない美しさもあるんだなって」

「ああ! 座ったらシワになります。花婿さん。花嫁さんをあんまり弄らないであげてね」


 僕は式場のスタッフから注意された。


「すみません。でも『すごく綺麗だ』なんて言葉じゃ伝え切れなくて。照明が当たってもないのに彼女が輝いてるように見えませんか?」

「ああっ。せっかく立ち上がりかけてたのに」


 スタッフの人は僕にも化粧をしてくれた。メリハリのない僕の顔が中の下から中の上ぐらいにはマシになった。


「いつもの誠の方が良いかな」

「そう? じゃあ僕の化粧は落とそうか」

「でも一般受けしそうなのはこっちかな」

「僕は優香に気に入って欲しいんだ」

「ありがとう。でも披露宴はわたしたち以外へのお披露目でもあるんだから、こんな風なのもアリだと思う」

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