第9話 試験をしようではないか
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瞬間、ソフィアは目を見開くが、すぐに頷いた。
「はい。一般的なお屋敷の奥様であれば、家や領地全体のお金の流れを記帳した帳簿の管理、領地の状態や各領地の管理者からの報告の取りまとめの補佐、使用人の管理などを行なっていると把握しています」
ジークハルトは持っていたコーヒーカップをソーサーの上に置き、トーマスと視線を見合わせた。
「……そうだな。また、必要であれば女主人は夜会などの参加もするが、君はそちらを希望しているのではないか?」
瞬間、ソフィアは目を見開いた。
「い、いえいえいえ、や、夜会などそ、そんな高レベルなコミュ力が必要なこと、わたくしには難しいですが、……もしお飾り妻として必要であれば、毎日特訓とイメージトレーニングをしてなんとか準備をいたします!」
「コミュ力……?」
ジークハルトは目を細め、息を小さく吐いた。
「そうか。内容は把握しているようだな。であれば、試験をしようではないか」
「試験ですか?」
「ああ。エドワードに託しておくが、今日一日でこの公爵家が所有している主要の領地と管理者の名前、及び使用人の名前を覚えるように」
「旦那様、それは流石に……!」
トーマスは異を唱えようとするが、ソフィアは大きく頷き立ち上がった。
「はい、かしこまりました。わたくし、誠心誠意全力で試験を受けさせていただきます!」
「ああ。では、夕食後に確認のための筆記試験を行うのでそのつもりでいるように」
「筆記試験……」
ソフィアは目を輝かせて頷いた。
「かしこまりました。わたくし、記憶力には少々自信があるのです」
ソフィアは、「それでは早速取り掛かりますと」とカーテシーをしてから退室したのだった。
◇◇
「旦那様、あれではあまりにも……」
「容赦がないか?」
「え、ええ」
「だが、彼女は自分から責任が生じる仕事をしたいと申し出たんだ。試験をするのは当然のことだ」
「しかし、内容があまりにも酷ではありませんか?」
ジークハルトは淡々と続ける。
「いくら手伝いといえども、女主人の仕事は重責だ。それを、易々と思いつきでやりたいなどと言ってもらっては困る。……それに、私の母親の例もあることだしな」
「それは……」
ジークハルトの母親は、社交界に存在意義を見出したような人物であった。
先ほどのソフィアの説明にあったような帳簿の管理などは、もっぱら家令に押し付けてほとんど仕事をしていなかったし、管理者の名前や使用人の名前なども一部の者を除きほとんど覚えていなかった。
「なに、筆記試験を実施して七割方正解を出せなければ今回の話はなかったことにさせればよい。その代わり、二度と女主人の仕事に関わりたいなどと言わせないように」
「……はい。かしこまりました」
トーマスは、どこか腑に落ちないといった表情をしていたが丁寧に辞儀をしてから食堂を退室していった。
ジークハルトもすぐに席を立ち、手元の鈴を鳴らすとすぐに執事が近寄りフロックコートを手渡した。
そして、身だしなみを軽く整え玄関へと向かおうとするが、目前にふと先ほどのソフィアの真っ直ぐな瞳が浮かんだ。
(まさか、試験を突破できるわけがない。経験や知識を兼ね備えておらず、ましてや正式な立場でない者が下手に公爵家に関わり負債を抱えるよりは、最初から触れることなどしない方がよいだろう)
そう内心で苦笑しながら、玄関の外で待機をしている馬車に乗り込んだのだった。