第7話 生きていてよかったです!
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短編版には未収録エピソードとなります。
翌朝。
ソフィアは朝五時ごろに自ら起床し、身につけているネグリジェにストールを羽織って机に向かった。
備え付けのノートに、昨日読書をして学んだ専門知識の覚えている要点を書き写しているのだ。
「それにしても、帳簿の付け方や専門用語の専門書が本棚に置いてあったので助かりました!」
他にも、領地経営のノウハウや使用人への接し方についての本が置いてあったので、参考にさせてもらおうと思った。
それらは、すでにアカデミーで学んではいたが、この部屋に置いてある本は更に上級の専門知識を記してありとても参考になった。
おそらく、この部屋の前の主人はかなり高い上昇志向を持っていたと思われる。
また、昨日どおりなら六時に侍女のテレサが部屋に訪れて身支度を手伝ってくれるはずであるので、彼女を待ってから身支度を始めるつもりだ。
実家では、侍女やメイドがソフィアの世話をすることはなかったので、誰かに世話をしてもらうことはとても新鮮だった。
そして、六時丁度にノックの音と共にテレサが入室して来た。
「おはようございます、奥様」
「おはようございます、テレサさん。今日も一日、よろしくお願いいたします!」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
テレサは辞儀をした後、手早く持参した洗面器にポットでお湯を張り洗顔を手伝ってくれた。
テレサがワードローブを開いて今日のデイドレスを決める段取りになったが、今日は一言添えられる。
「奥様。本日は、旦那様と共に朝食を召し上がっていただきますので、それに合わせたドレスをお選びいたします」
瞬間、ソフィアは固まったが、すぐに目を輝かせた。
「そ、そうですか!」
本心からの言葉だったので、自然と笑顔が溢れるがテレサは淡々としている。
(安心しました。これで公爵様と少しでもお話しをすることができそうですね! そうです、お手伝いの件も朝食の際に打ち明けられたらよいのですが……)
そう思うと身が引き締まる思いになり、ドレス選びも気合が入るようだった。
ただ、ソフィアは実家に住んでいたときは屋敷内では母親のお下がりの何十年も前のドレスを着たおしていたし、外出用のドレスは姉のお下がりをやはり着たおしていた。
それが破れたりほつれたりする度に、自分で裁縫をして手直しをして着ていたもので、このワードローブ内にあるうちの三着はソフィアが持ち込んだドレスであるが、数十着ほど元々掛けてあったものもある。
元々掛けられていたドレスは見たところ新品ではないようだが、管理がよかったのか状態がとても良好である。
サイズも大方前もって直してあるのか、ソフィアの身体にピッタリであった。
ドレスはデザインは流行のフリルやリボンが付けられたものではないが、ソフィアはかえってその方が好ましいと思った。
「奥様。本日は旦那様との会食ですので、昨日よりも色合いの濃いドレスになされるのはいかがでしょうか」
そう言ってテレサが手に取ったのは、スカートに見事な刺繍が施された桃色のドレスだった。
見目美しく、見ているだけで浮足立つように思うのだが、ソフィアは漠然と今の状況には合わないと思う。
(公爵様に大切なお話をするのに、このような華やかなドレスでもよろしいのでしょうか)
そう思い、ザッと並んだドレスから翠色の上品なレースをあしらった、あまり肌の露出の少ないシンプルなドレスを手に取った。
「こちらに決めようかと思うのですが、いかがでしょうか」
ソフィアは、他人の意見を覆したことなどないので、内心酷く冷や汗をかいておりテレサの反応が気になった。
チラリとテレサを見やると、彼女は頷き穏やかな表情をしている。
「はい。とても美しいドレスですね。奥様によくお似合いかと思います」
「……‼︎」
夏の日差しを連想させる眩い笑顔を向けて、自分の意見を肯定してもらえた。
ソフィアはそれだけで、思わず涙を溢した。
(い、生きていてよかったです……)
その様子に慌ててテレサはソフィアにハンカチを手渡し、身支度は速やかに行われた。
ネグリジェを脱ぎ、テレサにコルセットを締めてもらいドレスを身につけると、流れるように化粧を施し髪を結い上げてもらう。
化粧は薄めだが、色白のソフィアの肌に合うような白粉に薄めのリップ、桃色の頬紅を施されると先ほどまでとは別人かのような華やかさを感じられた。
「とても素敵です!」
「奥様がお美しいのです」
「そ、そんなことありません」
「いいえ。わたくしは薄めのお化粧しか施していないのですが、元がこのようにお美しくていらっしゃいますのですぐに引き立つのですわ」
なぜか、テレサは褒め倒してくれるので、全く褒めてもらうことに対して免疫のないソフィアの活力はゼロに等しくなった。
だが、せっかくの彼女の言葉を否定することはしたくなかったので、精一杯の言葉を伝えることにした。
「あ、ありがとうございます……‼︎」
(本当に生きていてよかったです‼︎)
実家にいたときは化粧はもちろん、他人に髪を結い上げてもらったこともなかった。
だが、普段はいないものとして扱われているはずなのに、なぜか母親と姉、その取り巻きの侍女らから、
『何て醜いのかしら。肌はボロボロだし、ドレスだってそれいつの流行りのデザイン? そんなものを着ている令嬢なんて、もうこの国にはいないのではないかしら』
ということを言われたことがあった。
ただ、そのときは単純に(確かに……)と思い、ソフィアはもしかして会話をしてもらえるのかと思い、意気揚々と
『そうですね! ところで、お母様とお姉様のお召し物はとても素敵ですが、そのようなお色味がお好きなのですか?』
と質問をしたのだが、一同はどこかに去っていってしまったのだった。
と思い出を噛み締めつつ、ソフィアの身支度は整い定刻になったのでいざ食堂へと向かった。
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