第6話 深夜の相談
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「ですが旦那様。いくら契約結婚といえども、これから一度も奥様と顔を合わせないおつもりでしょうか。奥様は書類上ではすでに旦那様の正式な奥様であられるのですよ」
トーマスの物言いは穏やかだが、その実、ジークハルトはそれに鋭利な刃物のような切れ味があるように感じた。
ちなみに、婚姻書類は昨日中に王宮の貴族院に提出をし、無事に受理されている。
「……そうだな。であれば、明日の朝食の際に話を聞くと言っておいてくれないか」
「明日の朝食でございますか?」
「ああ」
今はすでに夜の二十二時を回っており、おそらくソフィアは就寝している頃だろう。
予定を伝えるのは早朝になるのだろうが、確か今日は自室で朝食を摂っているはずであり明日もそうすると思っているだろうから、突然そのようなことを伝えられたら戸惑い、人によっては怒り出すかもしれない。
それが分かっているからか、トーマスはあまりよい顔をしなかったがすぐに辞儀をした。
「かしこまりました。早朝にお伝えするように手配をいたします」
「ああ、頼む」
「はい」
トーマスは、再び辞儀をすると「失礼いたします」と言ってから退室して行った。
ジークハルトは、残りの書類の処理を終えると先ほどトーマスと入れ替えで入室した侍女が持ってきたコーヒーを一口飲み小さく息を吐いた。
(思えば、エリオン男爵は困った末娘がいるので、是非、契約結婚でもなんでもして欲しいと、わざわざ夜会で私に今回の話を持ちかけてきたのだったな。それに、娘はわがままで手がつけられないから冷遇して灸を据えて欲しいとも)
冷遇に関しては、「一部の使用人に彼女の立場を前もって伝令しておく」「本来ならば夫人の部屋を割り当てるべきなのに、姉が使っていた子供部屋を割り当てる」等をしたが、流石にそれ以上のことをしようとは思わなかった。
ソフィアの用件が気にはなったが、ジークハルトはトーマスが彼女に対して丁寧な対応をしていることの方が気にかかった。
というのも、トーマスは実力主義的なところがあり、向上心がない者や努力を怠っている人間に対して容赦がないのだ。
だが、思えばソフィアに対しては最初から彼は上級の客をもてなすように接していたように思う。
そもそも、仕事や他者に厳しいトーマスがソフィアの申し出をわざわざ深夜に家令の服を着てまで伝えにくること自体が異例であり、そのこと自体彼がソフィアに一目置いているということなのだろう。
「ソフィア・エリオン……か。あの瞳に偽りはあるのだろうか」
ジークハルトはコーヒーカップをソーサーの上に置くと、昨日この執務室で意気揚々とお飾り妻に励むと言い切ったあの瞳を思い浮かべた。
彼女のあの瞳は強い信念を抱いているようであり、彼はこれまであのような瞳をした令嬢と会ったことなど一度もなかった。
だからなのか、ジークハルトはソフィアの話に少しだけ耳を傾けてみようと思ったのだった。