第45話 遂に夜会へ行く時が来たのですね…!
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その日の夜。
ジークハルトが、普段より早く帰宅することができたので、二人は食後に居間で過ごしていた。
普段であれば、ソファにそれぞれ腰掛けているのだが、今夜は昨晩のことを意識してなのか二人は並んで一つのソファに腰掛けている。
「夜会への招待ですか?」
「ああ。国王陛下から謁見の要請があったので赴いたら、陛下から直々に招待されたんだ」
そう言って手渡されたのは、王家の紋章が刻印された封蝋で閉じられた封筒だった。
「俺と君の二人が招待された」
「! わたくしもですか⁉︎」
ソフィアは思わず立ち上がったが、その際ソファの上のクッションを落としてしまい慌てて拾い上げると、改めて深く深呼吸をした。
「つ、遂にこの時が来たのですね……‼︎ わたくし、もしもの時のために、これまでイメージトレーニングと特訓は欠かさず毎日行って参りました!」
手のひらをギュッと握りしめて意気込むソフィアに、ジークハルトは口元を緩める。
「君は何に対しても全力で挑むんだな。そういう君がたまらなく愛しい」
「‼︎」
ごく自然に褒められた上に愛の言葉も囁かれたので、ソフィアの意識は途端に遠のいていった。
「ソフィア?」
「……は、はい!」
「君に少しずつ慣れてもらわないとな。……今晩一緒に、いや、それはやめておこう。きっと俺は歯止めが利かなくなるだろうからな。キチンとケジメをつけてから君と夜を共に過ごしたい」
「‼︎」
ソフィアは、胸が高鳴り過ぎて気が遠くなりかけるが、まだ用件が済んではいないので、すんでのところで堪えた。
「旦那様。今回の王宮で開催される夜会は、どのような趣旨のものなのでしょうか?」
ジークハルトは、目を細めてから小さく頷く。
「ああ。……実は、国王陛下が例の魔法式の件で君に褒章を与えたいと仰ってな」
「わ、わたくしに褒章ですか⁉︎」
「ああ。ただ、あくまでも表向きは通常の社交目的の夜会であり、君への褒章は公にはされていないようだが」
「そ、そうでございましたか……⁉︎ で、ですがわたくしにはとっても過分で身に余る光栄です……‼︎ じ、辞退をさせていただくことはできませんでしょうか……!」
ジークハルトはそっと腕を伸ばして、ソフィアの銀髪に触れた。
「できなくはないが、……それは君のためにあまりよい判断ではないかもしれない」
「……と言いますと」
「国王陛下は、表向きには君に褒章を与えるから招待すると仰っているが、おそらくあくまでも目的は君と実際に面会をすることだからだ」
「! そうでございましたか……!」
ジークハルトは次いでソフィアの頬を撫で、彼女はビクリと身体を跳ねさせるが今度は気が遠くなることはなかった。
ジークハルトの温もりに対してもう警戒は抱かず、反対にソフィアはそれに馴染んできたように心地よく感じていた。
「……それに、前もって動いたので陛下が誤解を抱く危険性は回避されたと言えるしな」
「危険性、ですか?」
「ああ」
ジークハルトは、まっすぐにソフィアの瞳を見つめる。
「これから、君に俺がエリオン男爵から持ちかけられた契約内容と、なぜそれを受けることになったのか、当時の俺が抱えていた事情を聞いて欲しいのだが、よいだろうが」
ソフィアは、胸が締め付けられる思いだった。
というのも、ジークハルトから直接契約結婚に関しての話を聞くのは初めてであり、彼の胸の奥にある哀しみのようなものに触れた気がしたからだ。
「……はい。是非、お聞かせくださいませ、旦那様」
「ああ」
そして、ジークハルトはソフィアにこれまでの事情や自身の幼き頃の境遇などを打ち明けた。
その全ての言葉をソフィアは真摯に聞き、時折相槌を打って涙を流した。
そうして、夜は静かに更けていったのだった。
◇◇
そして半月後。
王宮での夜会当日。
あれから、ジークハルトはエリオン男爵に面会の旨を書簡で送ったのだが、今夜の夜会に参加をするのでその際に話をするとの返答のみで面会は叶わなかった。
ただ、夜会で話すという回答があった以上、男爵邸を無理に訪問するわけにもいかず、ジークハルトは王宮内で話し合いの場を設けるために夜会の間に使用できる応接室を借りているのであった。
「旦那様、お待たせをいたしました」
ソフィアは、王宮の夜会のドレスコードである藍色のドレスに身を包んでおり、その胸元やスカートには煌めく宝石がいくつも散りばめられている。
このドレスは、以前に仕立て屋で仕立てた夜会用のドレスである。
王宮のドレスコードは、以前から藍色だと決まっているので夜会用のドレスも仕立てたのであった。
また、ジークハルトは夜会用のテールコートを身につけており、漆黒の髪は全体的に後ろに流している。
(ふわあ! 旦那様の夜会用のお姿、と、とても素敵です……!)
思わず見惚れていると、スッとジークハルトの腕が差し出された。
「……普段の君も、もちろん綺麗だが、今夜は神々しいものを感じるほど綺麗だ。……他の男に見せたくないと思うほどに」
そう耳元で囁かれると、夜会に行く前から気を失いかけたが、自身の手のひらにジークハルトの温もりを感じたので何とか気を取り戻した。
「さあ、行こうか」
「……はい!」
それから、二人は公爵家の馬車に乗り込み王宮へと向かったのだった。
夜会の会場は、王宮の敷地内にある本宮の大広間であり、到着後は係の者に控え室へと通され、定刻になるとソフィアはジークハルトのエスコートで会場内に入室した。
「グラッセ公爵夫妻の入場でございます!」
高々と宣言されると、会場内の視線が一気に二人に集中した。
途端にソフィアの鼓動は大きく跳ねるが、ジークハルトが穏やかな笑みを自分に向けてくれたので、観衆に呑み込まれずに済んだ。
それから、他の貴族も次々と入場を終えて開会の行程となった。
「今宵はよく集まってくれた。皆の者、乾杯!」
「「乾杯!」」
国王の合図により、一同が一斉に祝杯をあおぐと夜会が始まり、会場内に美しい弦楽器の音色が響き始める。
ソフィアは、ジークハルトと共に彼と交流のある貴人らと挨拶を交わしていった。
「皆息災だったか」
「はい。公爵閣下。今年は天災も少なく、領地も安定しておりますので気兼ねなく王都に赴くことが叶いました」
「閣下、ご結婚おめでとうございます」
「ああ、礼を言う」
ジークハルトが会釈をすると、ソフィアはそれが合図だと理解し、高鳴る鼓動を抑えながら優雅にカーテシーをした。
「お初にお目に掛かります。わたくしはソフィア・グラッセです。以後お見知りおきを」
身体を起こして笑顔を向けると、会場内の視線が一斉にソフィアに集中する。
「グラッセ公爵夫人。お会いすることが叶いまして光栄でございます」
「とてもお美しい方でございますね。先日、サロンで夫人とお会いしたと言っていた妻の話どおりです」
次々に会話を投げかけられるので、ソフィアは咄嗟に手に持つ扇子を広げて口元を覆った。
(や、やはりイメージトレーニングどおり、皆様わたくしにも社交辞令どおり話しかけてくださいますね。正直なところ非常に緊張いたしますが、ここはお飾り妻として、……ではなく、旦那様の妻としてお役目を果たさなければ……!)
そう思うと、ソフィアはそっと扇子を折りたたんで穏やかな笑みを浮かべた。
「ジラール伯爵の奥様におかれましては、以前にお会いした際に非常に丁寧なご挨拶と心温まるお言葉を賜りまして感激をしております」
「奥様。私の名をお知りになられてくださったのですね。感無量でございます」
ソフィアはパチクリと目を瞬かせたのち、伯爵の疑問の意味に思い当たる。
「いえ、公爵家の妻として当然のことでございます」
ちなみに、ソフィアは今日の夜会に出席するにあたって出席者各人の絵姿と出席者名簿を徹底的に読み込んで覚えてきたのだ。
「やはり、閣下の奥様は公爵夫人として相応しい方でございますね。結婚式は来年の春に執り行うとお聞きいたしましたが、どちらで執り行う予定なのでしょうか」
瞬間ソフィアは固まった。
(わ、わたくしたちは結婚式を挙げる予定でしたでしょうか……⁉︎)
まさか自分だけが知らずに話が進行しているのだろうかとグルグルと思考を巡らせた。
「ああ。場所に関しては、我が家が代々執り行っている教会で行うことになっている。時期も予定ではその頃を予定しているが、場合によっては早めることもある」
「ああ、授かりものですからね。いずれにしても大変おめでたいことです」
自分の知らないところで話が進んでいくが、ソフィアはふとこの話は世間に対してのカムフラージュのためにあえて広めた噂だったのではと結論に到達した。
(そもそも、結婚式の予定がないのは貴族の世間体的に好ましくないですから、きっとこのような対処をなされたのですね)
そう思うと納得し、そっとジークハルトの方に視線を向けると、彼はそっと微笑んだ。
(だ、旦那様……‼︎)
ジークハルトの笑顔にドキリとしていると、ふと背中に鋭い刺すような視線を感じた。
振り返るとそこにはソフィアの両親と姉、弟がいた。
彼らは何かを言いたげにこちらを見ていたが、すぐに振り返り別の者たちと会話を再開させた。
「ソフィア」
気がついたのか、ジークハルトは心配そうにソフィアを覗き込んでいる。
「……彼らには後ほど招集をかけておいた。その際に話し合う予定であるが、君は別室で待機をしていた方がよいかもしれないな」
ソフィアの両親らの視線の鋭さに気がついたのだろう。元々はソフィアも同席する手筈だったが、今夜の彼らの状態を確認して判断を変更したのだろう。
「旦那様。わたくしは大丈夫です。お気遣いをいただきありがとうございます」
「いや。……分かった。だが危ういと判断した場合君には退室してもらうが、よいだろうか?」
「はい。旦那様、お気遣いをいただきましてありがとうございます」
そう言ってカーテシーをすると、ジークハルトは小さく頷いたのだった。