第42話 二度と妻に近づくな
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あれから数時間後。
議会が終了したのち、ジークハルトは秘書と共に控え室へと戻っていた。
入室するなり、秘書がジークハルトに耳打ちをした。
「フォーレ伯爵令嬢が?」
「はい。先ほど、付き添いのアビーさんから連絡がございまして、奥様に対してなんでもフォーレ伯爵令嬢が挑発をなさったとのことでした」
ジークハルトは、小さく息を吐いた。
ちなみに、アビーとは公爵家の執事ハリーのことである。
「……そうか。ご苦労だった」
ジークハルトは思考し、秘書にあることを指示すると、控え室を退室して王宮の敷地内の「白梅宮」へと秘書と共に移動した。
また、議会のある棟から、王宮魔法使いが勤める白梅宮までは徒歩で十分ほどの距離である。
到着すると、前もって先触れを出すように秘書に指示を出しておいたので、問題なく目当ての人物と面会する段取りがすでに整っていた。
係の者に通された上級の客人を迎える応接間で待っていると、件の人物が入室する。
「まあ、ジーク! お会いしたかったですわ!」
すぐさま、自分の方に駆け寄って来たハニーブロンドの小柄な令嬢に、ジークハルトは心底背筋が凍り、嫌悪感を覚えた。
秘書が同席していなければ、おそらく彼女と関わりを持ちたくないので即刻立ち去っていただろう。
だが、今は彼女と話をしなければならない。
「久しいな、フォーレ伯爵令嬢。君は、行儀見習いとして白梅宮に出仕しているのだったな」
「はい。王宮魔法使い長様が、是非にとわたくしを抜擢してくださったのですわ」
「そうか。……であれば、君は当然王宮作法は完璧に身につけているのだな?」
「はい、当然でございますわ」
ジークハルトは、射抜くように眼光鋭くアイリスを睨んだ。
「そうか。ならば、なぜ君は私よりも先に言葉を発した」
瞬間、アイリスの顔は青ざめ、身を固めた。
「そ、それは……」
ワナワナと唇を震わせるアイリスに対して、ジークハルトは容赦なく続ける。
「ことに、貴族社会は縦社会であり、格上の者に格下が先に話しかけることは許されない」
普段のジークハルトならば、このようなことまでは言わないのだが、彼は今腸が煮えくり返っているのだ。彼女に対して、容赦なく接するつもりであった。
「そんなことも理解していない者に、私の妻が謂われない誹謗中傷を受けたと聞いた。どういうことか釈明してもらおう」
全くの無表情、圧を感じたからか、アイリスは震え上がっており、言葉を紡ぐことができなかった。
それを見かけたジークハルトは、更に眼光を鋭くする。
「君は、自分が過去にしでかしたことを忘れたのか? 二度と私と妻に近づくな」
そう言うと、ジークハルトはくるりとアイリスに対して背を向けて歩き出した。
「待って! わたくし知っているのよ。あなたとあなたの言う『妻』との本当の関係を」
ジークハルトは立ち止まり、チラリと振り返った。
「だから何だと言うのだ」
「暴露するわよ! あなたたちが契約結婚だと言うことを、国王陛下に伝えるわ!」
ジークハルトは、なぜよりによって彼女が自分の元婚約だったのだろうかと思った。
(自分の目的のためならば、貴族の矜持すら蔑ろにする者だったとは。昔の自分が見破ることができていたのなら、婚約自体結ぶことはなかっただろう)
ジークハルトは、苦虫を噛み潰したような顔をしたのち無表情に戻った。
「構わない。ただし、君にその覚悟があるのであればな」
「……待って、行かないで、ごめんなさい、ジーク! 誤解なのよ」
アイリスの言葉を気にせず、今度こそジークハルトは退室し扉を閉めた。
共に退室していた秘書に後処理を指示すると、すぐに帰路に就くべく、ジークハルトは馬車乗り場へと向かったのだった。
◇◇
ソフィアは、あれからどこかぼんやりとして過ごしていた。
王宮から帰宅すると、以前購入した紫色のデイドレスに着替えを済ませ通常通り帰宅するはずのジークハルトを自室で読書をしながら待っているのだが、どうも読書に身が入らない。
「このままではいけませんね……。そ、そうです! ともかく今は読書に集中しなければ!」
呟き読書を再開しようと意気込むと、そもそも本が逆さまになっていたことに気がついた。
「な、なんと……。わたくしは、とても動揺しているのですね……」
先ほど、カフェで出会ったハニーブロンドの令嬢アイリスは、まさに貴族令嬢の鑑といった印象をソフィアは抱いたのだった。
「何と言うか、その、わたくしとは違って友人も多そうですし、社交も上手そうでした……」
ただ、自分に向けられた敵意のような感情は、正直なところ悍ましく底が知れないとも思った。
「フォーレ伯爵令嬢が、わたくしが去った後に正式な公爵夫人となられるのですね。……引き継ぎなどもしなければなりませんが、フォーレ伯爵令嬢はわたくしの話を聞いてくれるのでしょうか……」
呟くと心中に不安が広がった。
それに加えて、あることも気にかかる。
「なぜ、わたくしがお飾り妻だとご存知だったのでしょうか……。いえ、そもそも、きっと始めから全てをご存知だったのかもしれません」
そう思うと、胸の中に不安感と黒い感情が立ち込めてくるように感じたが、それらから自分自身を守るためにソフィアは「割り切る」ことにした。
「そ、そうです! 始めから、わたくしはあくまで一年間限定の、それもお飾り妻として、この公爵家に滞在させていただいているいわば居候の身です。自分の立場をわきまえなくてはなりませんね……!」
自分自身を納得させるために必死に呟くのだが、どうしてもこの屋敷でのこれまでの出来事が脳裏を過ぎって、自身の言葉が心に浸透していかない。
『俺は、君との契約結婚を破棄したいと考えている。本来の契約期間の終了後も君には俺の妻として俺のそばにいてほしいんだ』
再びジークハルトの言葉が過り、思わず瞼をギュッと閉じる。
コンコンコン
モヤモヤとしていると、突然扉がノックされた。
「はっ! た、大変です! そろそろ旦那様がご帰宅なさる時間ですのに、出迎えの準備ができておりませんでした! テレサさんが呼びに来てくれたのでしょうか?」
ともかく返事をしてから急いで扉を開けると、そこにはテレサではなくソフィアにとって思わぬ人物が立っていた。
「ソフィア、ただいま戻った」
「だ、旦那様⁉︎ お迎えに上がることが叶わず、申し訳ありません!」
ジークハルトは目を細めると、小さく息を吐いた。
そんな彼を見ていると心が自然と落ち着いてくるが、同時に何か形容のし難い感情も湧き出てきた。
王宮内のカフェでの出来事を伝えるべきなのだろうが、うまく言葉にできそうにない。
「それはよいんだ。……ソフィア、話がある。夕食後に、……俺の私室に来てくれないか」
「……旦那様のお部屋に、ですか……?」
ソフィアの胸がドクンと強く波打った。
思考がうまく働かないが、ジークハルトの瞳を見ていると、彼にはのっぴきならない話があるのかもしれないと思った。
(おそらく、居間では使用人の皆さんに話を聞かれる可能性もあるので、自室にお招きいただいたのですね。それほど重要なお話ということは、やはりフォーレ伯爵令嬢のことでしょうか……)
そう巡らせると、ソフィアはギュッと手のひらを握って背筋を伸ばして覚悟を決めた。
「承知いたしました。後ほどお伺いいたします」
「ああ、待ってる」
「はい」
そうして、ソフィアはジークハルトの私室へと初めて赴くことになったのだった。
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