第41話 旦那様の元婚約者の方
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それから、ソフィアは公爵家の馬車に乗り込み、三十分ほど乗車したのち本宮へと到着した。
ソフィアは、初めて王宮へと訪れたので緊張から背筋が凍りつく思いを抱きながらも、何とか受付の女性職員にジークハルトの元へと案内してもらった。
そして、王宮内の貴族議員の控室。
ソフィアが入室すると、ジークハルトは椅子から立ち上がりすぐさまソフィアを迎え入れてくれた。
「君が来てくれたのだな。忙しいところ申し訳なかった」
「い、いえ! お役に立てたようでしたら、とても嬉しく思います」
そう返答しつつ、ジークハルトが着ている銀糸のフロックコートが王宮の豪華な内装と相まって普段の彼とは違って見えるからか、ソフィアの鼓動が瞬く間に高鳴った
「それでは、わたくしはこれで失礼いたします」
「もう、帰るのか? いや、そうだな。君はあくまで用事を果たしに来たのだったな」
ジークハルトはボソリと呟くと、真っ直ぐにソフィアに視線を合わせた。
ソフィアの鼓動がより高鳴る。
「今日は感謝する。気をつけて帰宅するように」
「はい、旦那様。ありがとうございます」
今にも羽根が背中について飛んで行けそうなほど、ソフィアの心は舞い上がった。
(感謝する……。だ、旦那様から感謝すると仰っていただきました……‼︎)
普段のように声を張り上げたくなったが、今滞在している場所が王宮であることを思い出すと控えめに返事をした。
そして、カーテシーをしてから名残り惜しく思いながらも、テレサとハリーと共に退室した。
すると、しばらく廊下を歩いたのちテレサが切り出す。
「奥様。もしよろしければ、あちらのカフェでお茶を飲んで行きませんか?」
「お茶……」
ソフィアは、大きく目を見開いた。
(カフェに立ち寄る……。学園時代の三大憧れの一つの、あの『カフェに立ち寄る』……!)
「とてもよいですね! ぜ、是非行きましょう!」
「はい、それではこちらへ」
テレサは柔かに微笑むと、隣のハリーと小さく頷き合う。
そして、ソフィアは建物を出てからすぐにある王宮の敷地内のカフェに立ち寄ることにした。
店内の内装はとても豪華であり、流れている空気も心なしか鮮麗されているように感じる。
「いらっしゃいませ、グラッセ夫人。こちらへどうぞ」
給仕の言葉により、周囲の客が一斉にソフィアらの方に注目した。
給仕に案内され窓際の席に着席すると、ソフィアは目を見開く。
「給仕係の方は、わたくしのことをすでにお知りのようですが、それはなぜなのでしょうか」
疑問を呟くと、傍に立ったまま控えるテレサが答えた。
「奥様。それは、通達がなされているからです」
「通達ですか?」
「はい。特に各有力貴族の方々の絵姿が事前に配布されておりますので、スタッフは皆存じているかと」
「! そうでしたか!」
そのようなシステムがあること自体に驚いたが、確かにここは王宮内であるので、そういった仕組みは必要なのかもしれない。
そう思いながら、ソフィアはローズ柄の上品なティーカップに口をつけた。
茶葉の芳しい香りが広がって、慣れない場所にいることで緊張で固まった身体をほぐしてくれているように感じた。
そして、テレサの言葉通りお茶が終わったタイミングで、ソフィアはカフェに客として来ていた貴婦人方から声を掛けられた。
「まあ、あのグラッセ公爵閣下の奥様でいらっしゃるのですね。今度、お茶会にお誘いをしてもよろしいでしょうか」
「本来は、下位貴族のわたくしがこのように声を掛けることは許されないことなのですが、このカフェではあくまで交流を重視しておりますので許されているのですよ」
ソフィアは、ともかく固まった。
(こ、このような貴婦人の代表のような方々に囲まれる日が来るとは……‼︎ か、感無量ですが、どのように対応をすればよろしいのでしょうか……)
全く初めての体験なので思考が鈍るが、チラリと視界に入ったテレサは非常に穏やかな表情をしている。
その表情を見ていると不思議と気分が落ち着いてくるように感じ、ソフィアは小さく深呼吸をしてから立ち上がり口を開いた。
「皆様、初めまして。わたくしは、ソフィア・グラッセと申します。以後お見知り置きを」
挨拶を終えると、体幹がブレないようにつま先から指先まで意識をして、スカートの両裾を掴みカーテシーをした。
内心緊張でどうにかなりそうだったが、周囲に悟られないように何とかゆっくりと身体を起こした。
「奥様、丁寧なご対応をありがとうございます……!」
「なんと、美しい方なのでしょうか」
「奥様。是非、我が家の夜会に閣下と共にお越しください」
次々と、貴婦人方から話しかけられたのでソフィアは目が回りそうになるが、なんとか気力を振り絞ってそれぞれ一人ずつに対応をしていき、皆微笑みながら「それではご機嫌よう」と言ってから退店して行った。
周囲が静かになると、ソフィアはホッと小さく息を吐き出した。
「お茶がすっかり冷めてしまいましたね。すぐにかえの紅茶を注文いたします」
「テレサさん、ありがとうございます」
テレサが、スッと右手をあげて給仕を呼び出すのとほぼ同時に、カツン、カツン、とヒールの音が周囲に響いた。
無意識にソフィアは視線をそちらに向けた。
すると、──そこには、美しいハニーブロンドの女性が優雅な笑顔を浮かべて立っていた。
「ご機嫌よう、グラッセ公爵夫人」
濃いヘーゼル色の瞳で真っ直ぐと視線を向けられると、なぜか身体に電撃が走ったように身動きが取れなくなる。
「ご機嫌よう。わたくしはソフィア・グラッセです。あなたのお名前をお訊きしてもよろしいでしょうか?」
ソフィアの言葉を受けてなのか、ハニーブロンドの令嬢はふんわりとスカートの裾を掴んでカーテシーをした。
「初めまして。わたくしはフォーレ伯爵家の長女アイリス・フォーレと申します。……かつての、グラッセ公爵閣下の婚約者です」
アイリスは、無邪気に笑いかけた。
「……元婚約者の方……ですか……?」
ソフィアの思考は途端に鈍り、言葉を、事態を飲み込むことが中々できそうになかった。
「はい。ただ……」
アイリスは、スッと身を屈めてソフィアにだけ聞き得るように耳打ちした。
「あなたの契約結婚の期間が終わったら、直ぐにわたくしが閣下と結婚いたしますのよ」
ソフィアは、何を言われたのかをしばらく理解することができなかった。
(旦那様の……元……婚約者の方……。わたくしが……去った……あと……結婚……?)
「奥様、お屋敷に戻りましょう。フォーレ伯爵令嬢、ご無沙汰をしております。馬車を外に待たせておりますので、わたくしたちはこれにて失礼いたします」
「あら。あなた、まだ公爵家にいたの? ああ、そこのお飾り妻がお屋敷を去ったあとに閣下の後妻枠を狙っていらしているのね。まあ、相変わらず卑しい」
「……失礼いたします。さあ、奥様参りましょう」
テレサが素早くソフィアの手を取ったが、彼女は脱力して全く歩き出すことができそうにない。
「奥様。参りましょう」
不意に男性の声──執事のハリーの声が耳に届いたので、ソフィアはハッと我に返り、アイリスに対して辞儀をしてからテレサに手を引かれてカフェの近くに駐車している公爵家の馬車に乗り込んだ。
間もなく馬車が発車し、ガタンと車内が揺れる振動で改めて我に返る。
(あのような……素敵な方が……旦那様の元婚約者……)
胸が締め付けられた。
(わたくしは……、何かの事情で婚約を解消したあの方が、旦那様と改めて婚約を結ぶまでの繋ぎのお飾り妻として呼ばれたのですね……)
そう思うと、ストンと腑に落ちて様々なことに納得がいった。
だが、同時に胸がズキリと痛む。
『俺は、君との期間限定である結婚の契約を破棄したいと考えている。本来の契約期間の終了後も、君には俺の妻として俺のそばにいてほしいんだ』
(なぜ、あのようなことを旦那様はわたくしに対して仰ったのでしょうか……?)
そう思うと胸にモヤモヤしたものが溢れてくるように感じ、ソフィアはギュッと手を握って胸に当てた。
(……旦那様と、お話するべき……ですね)
だが、自分は冷静に話すことができるのだろうかと、ソフィアは窓の外の夕焼け空を眺めながらぼんやりと思った。
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あと6話予定です…!
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