第40話 王宮へと出立いたします!
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今話から第5章(終章)が始まります…!(* ˊᵕˋㅅ)
そして、時が流れ十月の中旬。
ソフィアは、あれから公爵家の夫人の仕事をお飾り妻として隠れて行うことはなく、日中にごく自然にジークハルトの執務室に入室して仕事を行っていた。
今日も、午前中には帳簿や決済書類の整理をして過ごし、午後には料理長らと公爵家の料理のメニューの相談を行う予定だ。
(旦那様は、当初帳簿には触れるなと仰っていましたが、今では触れることに加えて記載をする許可も得ることができました)
流石に、ジークハルトの執務机を使用することはないが、それ以外であれば執務室の備品の使用をおおよそ許可されていた。
「奥様、お茶の時間でございます」
机に向かってひたすら万年筆を走らせていると、不意に侍女のテレサに声を掛けられた。
「ありがとうございます!」
万年筆を机の上に置いて、ティーカップを手に持ち角砂糖を一つ入れてから一口お茶を飲む。
たちまち芳しい香りが広がり、長時間事務作業を行い疲弊した身体にほどよい糖分が回ってホッと一息をついた。
お茶と共に提供されたお茶受けのクッキーもいただき、再び万年筆を握ったところでテレサが口を開く。
「奥様。実は、先ほど王宮から連絡がございました」
「王宮ですか?」
「はい」
ジークハルトは、朝から貴族議員の仕事のために王宮へと出仕している。
議会は先月から始まったので、議会が開催される日は早朝に王宮へと発っていくジークハルトをソフィアが玄関先で見送るのが日常となっていた。
家令のトーマスは、スッと一歩前に出てテレサに続いて説明を続ける。
「奥様。実は、議会で使用する資料が追加で必要となったとのことで、これから家人に王宮へと届けに来て欲しいと旦那様の秘書から要請を受けたのですが」
「そうでしたか」
ソフィアはスッと立ち上がり、ジークハルトの執務机の引き出しから資料をいくつか取り出した。
「件の資料は、こちらで間違いありませんか?」
「はい、相違ありません。……奥様。こちらは重要な書類となりますので、よろしければ是非奥様にお届けをお願いしたい所存です」
ソフィアの動きがピタリと止まった。
「わ、わたくしですか?」
「はい。是非ともお願い致したく思います」
トーマスの揺るがない瞳に、ソフィアの胸が熱くなった。
(このような重要なお仕事を、まさかわたくしに任せていただけるとは……‼︎)
「はい! わたくし、これからすぐに王宮へと出立いたします!」
「ありがとうございます、奥様」
そうして、意気揚々とソフィアはテレサと共に準備のために自室へと戻って行った。
◇◇
ソフィアが自室へと戻ると、トーマスは速やかにジークハルトの執務室の後片付けを行ったあと、家令部屋へと戻った。
自席へ座ると、ほどなくして執事のハリーが入室して来た。
「エドワードさん。馬車の手配は完了しております。いつでも出発可能です」
「ご苦労」
ハリーは、公爵家に仕えて二十年ほどのベテランの執事である。
彼は、静かな口調で切り出した。
「エドワードさん。例の契約の期限まであと半年もありません」
「ああ」
トーマスは立ち上がり、ハリーに背を向けて窓の外を眺めている。
「旦那様は先日男爵家に訪問し、話をおつけになられたとのことですが、男爵がうまくかわして契約書の回収にまでは至らなかったとのことですね」
「ああ、そうだな」
トーマスは、振り返り強く頷いた。
「何としても王宮に奥様をお連れして、奥様の存在を貴族間に認識させなければ。エリオン男爵が口を挟む余地がないほど、奥様がグラッセ公爵家の妻だとアピールするのだ」
「はい。挙式は旦那様の事業の関係で延期していると公爵家の使用人によって貴族間に噂は流れておりますし、今回奥様をお連れすることは旦那様のご指示ではありませんが、この程度であればギリギリ我々が動ける範囲でしょう」
「ああ。くれぐれも頼むぞ」
「はい、お任せください」
そう言って退室していくハリーを見届けると、トーマスは小さく息を吐いた。
「すでに、グラッセ公爵家は奥様がおられることを前提に回っている。もし、万が一に奥様が欠けるようなことがあれば公爵家の大きな損害になる。……これから、公爵家がかつて行っていた社交も開始できればよいのだが」
家令の立場では過分な判断だとは思ったが、それでもトーマスはかつてのように公爵家主催のパーティーの開催なども必要だと考えていた。
先代の夫人は頻繁に開催していたので、その点だけは彼女を評価していたのだ。
尤も、招待状の準備や礼状の手配などは毎回随分とトーマスが助力をしたのだが。
「奥様であれば、上手くご手配なさってくださるのだろうな」
そう呟くと、トーマスの脳裏に何かが引っ掛かったような気がした。
「奥様の姉君が出入りをしている魔法使いの管理棟は、議会がある王宮とは同じ敷地内とはいえ随分離れているはずだ。そもそも、姉君は月に三度ほどのみの出仕しかないと調査してあり今日はその日ではない」
自身を落ち着かせるように呟くと安堵感が広がるが、何かの予感を感じるのだった。




