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第4話 公爵様のお仕事

ご覧いただき、ありがとうございます。

 廊下に出て、周囲を見渡してみると隣に個室の扉があった。

 位置的に考えて、もしやジークハルトの私室ではないだろうか。


(い、いえ。そんなわけないですよね。……わたくしがお飾り妻であることは、一部の方の間では周知のことでありますし……)


 ただ、何かのカムフラージュで本来の正妻の部屋を割り当てられたのかもしれない。加えて、内扉が自分の私室に備え付けられていたことも気になった。


 だが、たとえそうであったとしてもジークハルトのあの様子では隣の部屋にソフィアが赴くことはまずないだろうから、ともかく彼女は中央にある階段を降り記憶を辿ってジークハルトの執務室へと向かった。


 緊張しながらゆっくりと廊下を歩いていき、中央玄関から向かって屋敷の奥に位置している部屋を目指す。

 途中に何度も分岐があるのだが、記憶を辿って道を選んだ。


 すると、五分ほど歩いたところで、昨日到着するなり連れて来られた扉の前に無事に到着した。


「確か、ここですね」


 ソフィアは、逸る鼓動をなんとか抑えながら深呼吸をした後、しっかりと扉に四回ノックをした。


「こ、公爵様。ソフィアです。今、お時間をよろしいでしょうか!」


 震えた声でなんとか絞り出すことができたので、ホッと胸を撫で下ろす。

 だが、数秒後に扉が開き姿を現した人物を見るとソフィアは目を見開いた。


「奥様。御用でございましょうか」

「エドワードさん! あの、ここは公爵様の執務室ではなかったでしょうか?」


 誤って家令のトーマスの執務室を訪ねてしまったのだろうか。

 ちなみに、エドワードとはトーマスのファミリーネームである。


「いえ、ここは間違いなく旦那様の執務室ですが……、まさか奥様。おひとりで、誰の案内もなしにこちらまで出向かれたのですか」

「は、はい。そうですが、……やはり、ひとりでお屋敷の中を歩くのはまずかったでしょうか?」


 お飾りの分際で出しゃばるなということであれば、むしろ「お飾り妻がしてよいことの線引き」の判断材料になるので好都合だと思った。

 ただ、ショックをまったく受けなかったといえば嘘になるが。


「いいえ、そのようなことは決してございません。奥様におかれましては、誤解を与えるような物言いをしてしまい申し訳ございません」


 スッと頭を下げるトーマスに、ソフィアは慌てて上げるように促した。


「自由にお屋敷の中を歩くことができるのであれば、安心いたしました!」


 再びホッと胸を撫で下ろすソフィアに、トーマスは場所が場所だからなのか手短に説明を始めた。


「先ほど私があのように申し上げましたのは、奥様はお屋敷にお住まいになられてからまだこちらには一度しか訪れたことはないのにも関わらず、こちらまで迷わずにたどり着くことができたことに感銘を受けたからです」


 言われてみれば、到着するまでにはいくつか廊下が分岐していて、意識して記憶をしていなければ迷った可能性もある。


「そ、そのように仰っていただけて感無量です! わたくし、記憶力には少々自信があるのです」

「それは、左様でございましたか」


 トーマスは、このことについては特にこれ以上掘り下げないようだ。


 ただ、ソフィアが記憶力に自信があるのは理由があり、それは「誰かに話しかけても答えてもらえないから訊くことができないので、自分で対処をしているうちに自然と記憶力がよくなった」からなのだが、そのことをトーマスに打ち明けるタイミングを逃してしまった。


「旦那様は、現在お屋敷にはいらっしゃいません」

「そうでしたか」


 ソフィアはがっくりと肩を落とすが、それならばと思った。


「実は、公爵様にお願いがあって参ったのです。現在公爵様はどちらにおいででしょうか」

「旦那様は、お仕事のために外出なさっています」

「そうですか」

「はい」


 トーマスの話によると、なんでもジークハルトは公爵家が経営している「魔法道具の製造・販売を手掛けている商会」の会長であり、その他にも領地の管轄を行う傍らで貴族院の議員も務めているらしい。

 肩書きを聞いただけでも、多忙そうである。


(公爵様は、とても凄い方だったのですね! それに多忙でいらっしゃいます。わたくしのためにわざわざ割いていただくような時間は持ち合わせていないでしょうし、わたくしもそれは望みません)


 ならば、ダメ元だがトーマスに相談してみることにした。


「エドワードさん。わたくしに、何かお手伝いできることはありませんでしょうか。わたくし、アカデミーで少々帳簿の管理や書類の整理などには覚えがありますので、何かの役に立てればと思い立ったのですが」

「奥様がでしょうか」

「はい」


 トーマスの身に纏う空気が張り詰めているので、これは有無を言わさず断られるなと思い目をぎゅっと瞑った。


「その、あくまで、わたくしは行うだけで公には別の方が行ったことにしていただければと。ただ、何か不備があれば責任は必ずわたくしが負いますので!」


「左様でございますか。ただ、それは私では判断しかねますので、旦那様がお戻りになられましたら改めてお訊ねされるのはいかがでしょうか」


 否定されると思っていたのでホッと胸を撫で下ろしたが、同時に疑念を抱く。

 このまま質問をせずに去ることもできたが、それではきっと自分の要望が通る可能性は低いままだと思った。


「公爵様は、わたくしと会ってくださるでしょうか?」


 何よりも、まず会うことができない気がした。


 今回は思い立って執務室へと訪ねてみたが、ジークハルトは基本的に外へ働きに出ているし、戻ってきても屋敷でも仕事がありとてもお飾りの自分と会う時間など作らないだろう。

 それに、疲れているのだろうからわざわざ時間を作ってもらうのも気が引けた。


「それは私には判断いたしかねますが、……今晩、旦那様がお戻りになられましたら、内容は伏せますが奥様が旦那様に要望があるので面会を希望していたと伝えておきます」


 瞬間、ソフィアの表情がパッと明るくなる。


「そうですか! エドワードさん、誠にありがとうございます!」


 ソフィアは、深く辞儀をしたあと「わたくしはこれで失礼いたします」と挨拶をしてから自室へと戻った。

 自室のソファに腰掛けると、安堵の息を吐く。


「これで、一歩を踏み出せたでしょうか!」


 そう思うと、鼓動が高まったので落ち着かせるためにも本を読もうと本棚の本を何冊か持ってきたのだが、ふとあることが過った。


(わたくしは、どうも感極まって勢いよくお話しをしてしまう傾向がありますね。特に真面目なお話をする際は気をつけなければ! そうですね、さしずめ感動スイッチを切り替えると表現しましょう)


 そう思うと、改めて読書を始めたのだった。

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