第31話 旦那様の笑顔の破壊力
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あれから約三ヶ月後。
「マジック・ガジェット商会」は、新製品の設計図を無事に納期内に工場に提出をすることができ、その後は大きな問題もなく、商会は滞りなく運営されている。
また、その商品の試作品が完成したとの報せを受けて、早速ソフィアは商会へと赴き、現在その試作品を見せてもらってるところであった。
「わあ、凄い! 自動で掃除をしてくれる箱なのですね!」
「はい。奥様におかれましては、開発にあたって多大なる尽力をいただきまして誠にありがとうございました」
そう言って、オリバーは深々とソフィアに対して頭を下げた。
ソフィアは、あれからも設計図の魔法式に問題点が見つかると、その問題の解決に取り組んだのであった。
ただ、ソフィアは商会の職員ではないために、あくまで会長の妻として事業を支援する範疇で行っていたので魔法陣の作成には関与することはできなかったが、自分ができる範囲であれば魔法式の情報をジークハルトに教えてもらい屋敷の自室で独自に解いたのだった。
そうして、無事に試作品が完成し発売日も決定したとのことである。
「いえいえ、とんでもありません! わたくしは思ったことを述べただけで、ここまで形にできたのは皆様のお力のたまものです!」
「ご謙遜を。……実は、奥様には是非弊商会のチーフ技術員となり指導していただきたいと我々技術者はみな思っているのですが、奥様は公爵夫人としてのお仕事もありお忙しくされているとのことですので、泣く泣く堪えているのですよ」
「‼︎」
それは初耳であったし、場を繋ぐための社交辞令なのかもしれないとも思ったが、「人から必要とされている」という言葉が何よりも嬉しく、ソフィアの心は震えた。
「……そのように仰っていただき、とても嬉しく思います」
そうなんとか気持ちを平静に保とうとしていると、後方の扉が開きジークハルトが技術室に入室して来た。
「ソフィア。今日はわざわざ来てもらってすまないな」
「い、いえ!」
ソフィアは慌てて振り返り、ジークハルトの姿を確認する。
(旦那様、相変わらずお仕事着もとても素敵で、思わず見入ってしまいます……)
うっとりとしそうになるが、なんとか堪えて背筋を伸ばす。
「それでは会長。私はこれで」
「ああ、立ち会ってもらい礼を言う」
「いえ、当然のことですので」
そうしてオリバーは退室し、ジークハルトは改めてソフィアと向き合った。
なお、室内の隅ではソフィアの侍女のテレサが静かに立って待機をしている。
「この商品は、自動掃除装置として再来月に販売することになっている。君のおかげだ」
「そ、そんな、それは」
「いいや、あの時君が来てくれなかったら問題点は決して見つけられなかっただろう」
その言葉に、ソフィアの脳裏にあることが過ぎる。
「旦那様。あの、例の魔法式の件ですが」
「ああ。実は『マジックファースト商会』に通知を送り先日回答が来たのだが、あちらも指摘されて問題点の深刻さに気がつき、君の父上と姉上に問題点の追及をしているらしい」
「そうでございましたか……」
ソフィアの胸がズキリと痛んだ。
父と姉には、普段ずっといないような者に扱われていたので正直なところ同情することもないのかもしれないが、それでも胸が痛むのだ。
そう思考をしていると、どうやら表情に出ていたようで、ジークハルトが心配そうにソフィアの顔を覗き込んでいる。
なお、件の問題点はマジック・ファースト商会としても当初に気がつくべきことであったので、エリオン男爵家が負うべき責任は商会も折半して負うとのことである。
「大丈夫か?」
「は、はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、いいんだ。……今夜は、新製品の発売経路について卸売業者と話し合いがあるので、帰りは遅くなるので先に休んでいてくれないか」
「は、はい。お仕事お疲れ様です……!」
二人は初めて屋敷の居間で会話をしたあの夜から、ジークハルトの都合がつく場合は時折二人で居間にて茶を飲んでゆっくりと過ごすこともあるのだが、ここ最近はジークハルトが忙しくて共に茶をしていなかった。
「旦那様。もしよろしければまたポプリを作って参りましたので、使っていただければ幸いです!」
「そうか、すまないな」
「い、いえ……‼︎」
ソフィアが紙包を手渡すと、ジークハルトはすぐさま中身を取り出した。
「うん。『スッキリ爽快』な香りがする」
「‼︎ 覚えていてくれたのですか⁉︎」
「ああ、無論だ。とても落ち着く香りだ。ありがとう」
そう言って微笑むジークハルトに、ソフィアの心臓は一気に跳ねた。
「い、いえ‼︎ それではわたくしはこれで失礼いたします……‼︎」
ソフィアは慌ててカーテシーをし、何とか気を振り絞ってテレサと共に退室して行った。
「だ、旦那様の笑顔は、相変わらずとてつもない破壊力です……」
「……奥様。来週の週末に旦那様とご一緒にお出かけをなさるのですよね。とても楽しみでございますね」
ソフィアはピタリと動きを止めた。
「は、はい! ……凄く楽しみです……!」
ソフィアは高鳴る鼓動を落ち着かせるために、何度も深呼吸をしてから商会の建物を後にしたのだった。
◇◇
翌日の夕方。
グラッセ公爵家のジークハルトの執務室では、ジークハルトと家令のトーマスが改まって密談を交わしていた。
「これまで何度も書簡を送っているが、相手方の返事は契約に関しては触れてはない」
「左様でございますか」
「ああ。であれば、直接赴くしかないが、……ソフィアにはなるべく気づかれないように頼む」
「かしこまりました」
トーマスは辞儀をした後、速やかに退室をして行った。
契約結婚の期限まで、あと残り八ヶ月。
まだ時間はあるが、そもそもジークハルトにはもう契約を続行する意思がないので、速やかに契約の破棄をしたいと考えていた。
だが、どうにも相手方は一筋縄ではいかないらしい。
「現在は、社交界のシーズン中のために、丁度エリオン男爵は王都のタウンハウスに滞在しているとのことだな」
ジークハルトは呟くと、意を決したのだった。
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