第30話 お役に立てましたでしょうか?
ご覧いただき、ありがとうございます。
「……なるほど。確かに、それは興味深い考察です」
あれから、ジークハルトが先ほどのソフィアの持論を技術員らに伝えると、主任のオリバーが舌を巻くような声音で頷き、そのまま直ちに会議が始まった。
ソフィアは、流石に自分がここに居合わせるのは好ましくないだろうと思い退室をしようとするが、ジークハルトから居て欲しいと言われたので、彼女も椅子に座って参加することにしたのだ。
「ああ。では直ちに魔法陣の魔法式の解明に取り掛かろう。資料はあるな」
「はい。……ですが、解析作業には時間を要します。やはり納期には間に合わないかと」
「……そうか。ならば仕方がないか……」
意気消沈とした空気が漂う中、ソフィアは遠慮がちに右手を挙げた。
「あの……、一つよろしいでしょうか」
会議中の五人の技術者とジークハルトが一斉にソフィアの方を向いたので彼女はたじろくが、このままだと納期を過ぎてしまう可能性があることを思うと、怯まず伝えようと思う。
「何だろうか」
「はい。実は先ほど申し上げた魔法式の誤記載の件ですが、わたくしに心当たりがあるのです」
「心当たり?」
「はい」
ソフィアは、一瞬憂いを帯びたような表情を見せるがすぐに息を小さく吐いてから表情を戻し、傍に立つ侍女のテレサから自身の鞄を受け取るとその中から数冊の本を取り出した。
「何かの役に立つかと思い、念のために持参して来てよかったです」
そう言ったあと、ソフィアは一冊の本を手に取り素早くページをめくって、該当する魔法式を皆に分かるように開き作業机の上に置いた。
「おそらくですが、この魔法式がうまく組み込まれていなかったのだと思います」
ソフィアが指定した魔法式を一同目にすると、皆目を見開き、一人の技術者が口を開いた。
「この魔法式は……、確か属性効果を高める魔法式を応用して魔力量を抑えるものですね」
「はい。画期的な魔法式なのですが、わたくしの見立てによればこの魔法式には欠陥があるのです。こちらを今回の魔法式に使用しておりませんか?」
一同、顔を見合わせてから強く頷いた。
「はい。こちらの魔法式は、最近開発された画期的なものであると、ある商会が技術を公開しておりまして、我が商会も今回から採用しました」
ソフィアは、再び小さく息を吐いた。
「そうでしたか。……では、こちらの魔法式を従来使用していた別の魔力量を抑える魔法式と書き換えてみてはいかがでしょうか」
再び一同は顔を見合わせ、そのあとに強く頷く。
「早速試そう。……皆、よいな」
「はい‼︎」
そうして、一同作業に取り掛かるのを見届けると、ソフィアはアリアに目で何気なく合図を送る。
(これ以上、長居をすると皆様の迷惑になりますので、わたくしはこのまま失礼をさせていただきましょう)
アリアは気がついたのか、すぐに表情を緩めてジークハルトに声を掛けた。
「ジーク、少しよいかしら」
「ああ」
ソフィアの意と反して、アリアがジークハルトに声を掛けたので彼女は身体をビクつかせるが、ジークハルトの目が生き生きとしていたので内心安堵した。
ジークハルトは、すぐにソフィアの近くにまで近寄り声を掛ける。
「ソフィア、貴重な助言をしてくれたことを心から感謝する。君のお陰で、行き詰まっていた作業が滞りなく進みそうだ」
ソフィアは、慌てて首を横に振った。
「い、いえ……! わたくしは、その、あくまで気がついた点をお伝えしたに過ぎませんので……!」
「いや、それは誰にでもできることではない。今の私たちには実に有益な情報だ。……ただ、少々気にかかる点があるのだが」
「はい、どのような点でしょうか」
「……件の魔法式は、『マジック・ファースト商会』が情報公開をしていたものだが、確かあの商会は……」
ジークハルトは、そのあとの言葉を躊躇っているからか、敢えて紡がないでいることをソフィアは察した。
「はい、そうです。……あの魔法式は、わたくしの実家のエリオン男爵家が開発したもので、実家はマジックファースト商会と業務提携をしておりますので……」
「やはり、そうだったか」
ジークハルトは、それ以上は訊かなかったが、ソフィアはきっと彼は先ほどの言葉で大方事情を察してくれたのだろうと思った。
ソフィアの実家であるエリオン男爵家は、このロジット王国において魔法使いとして名門であり、この国の魔法道具シェア一位の「マジックファースト」商会の専属顧問をしているのだ。
ただ、ソフィアがまだ実家で暮らしていた頃、今より二年ほど前に、彼女が先ほど指摘をした魔法式を父親と姉が開発をし世間に発表をしたのだが、その時点でソフィアは魔法式の欠陥に気がついて指摘していた。
だが、ソフィアは普段からいないものとされていたし、そもそも魔力が全くない彼女の言葉など家族は全く聞く耳を持たず、当然のようにスルーされてしまったのだ。
「ともかく、君には日頃からの礼と今回の礼は必ずさせてもらう」
「い、いえ! 旦那様、そ、そんなお気持ちだけで充分ですので!」
「いいえ。絶対にしてもらうべきよ!」
突然アリアが間に入り、声を上げた。
「ジーク。今は多忙で難しいかもしれないけれど、必ずソフィアさんにお礼をするのよ!」
「ああ、当然だ」
アリアの調子に特に動じず、ジークハルトは深く頷いた。
「旦那様……、お義姉様……」
ソフィアの心は震えていた。
自分は、誰かの役に立てたのだろうか。
そう思うと涙が込み上げてくるが、ソフィアの心の中は青空が広がっていくように晴れ晴れとしていたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次話から第4章が始まります(* ˊᵕˋㅅ)




