第29話 旦那様、その不意打ちは心臓に悪いです!
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開発部の研究室に入室した途端、ソフィアは室内に漂う緊迫感を肌で感じた。
「また失敗だ。なぜうまく組み込めないんだ」
「現在、魔法式を解析しているのですが、原因は不明です」
声の方へと視線を移すと、そこには白衣を着用した人々が集まり、大きな羊皮紙を両手に持ち何やら眉を寄せている。
「やはり失敗か」
「はい、主任。何度やってもダメです」
「そうか。なぜだろうな。つい一ヶ月ほど前には問題はなかったはずなのだが……」
ソフィアが彼らのやり取りを眺めていると、そっとアリアが耳打ちした。
「今、新開発の魔法道具に使用する魔法陣の試験をしているところなのだけれど、うまく発動しないようなの」
「魔法陣の試験……!」
心が躍るようだった。
魔法に関しては書物を読んで知識は持ち合わせてはいたが、実際に魔法使いが魔法を発動させる機会に居合わせるのは初めてだから尚更鼓動が高鳴るのだ。
ただ、うまく魔法陣が作用しないのであれば、今回は実際に魔法を見ることはできないのかもしれない。
「設計図の納期は週末ですが、この分では間に合わないでしょう。なので主任から会長に延期をしていただけるように、お願いしていただけませんでしょうか」
「いや、それは完成の目処がついているのならいざ知らず、今の状況下では難しいだろう」
「そうですね……」
オリバーと彼の部下と思われる男性が項垂れるのを目の当たりにすると、ソフィアの心中に何か力になれないだろうかという気持ちが込み上げてくる。
「お義姉様。流石に、開発中の魔法陣をわたくしに見せていただくことは難しいですよね」
「ええ。魔法陣は一級の機密事項なので難しいと思うけれど、先ほどの話どおり魔法式なら見せられるとは思うわ。ただ、今はどうも緊迫していて技術員に指示を出せないのでそれも難しいわね」
「そうでございますね」
商会のことには興味本位で触れてよいことではないが、魔法陣が発動しない原因についてはいくつか心当たりがあるので助言をしたいとも思う。
ただ、それはオリバーらに伝えてもよいことなのかは判断がつかないので、まずアリアに打ち明けてみることにした。
「お義姉様。実は……」
ソフィアの話を聞くと、アリアは大きく目を見開く。
「! そうだったの!」
「いえ、まだあくまで推定のお話ですが……」
そうやり取りをしていると、扉が開き視線を向けるとジークハルトが入室しこちらまで向かって来た。
彼は仕事用の黒のウエストコートの上にフロックコートを羽織っている。
「ここにいたのだな」
「はい、旦那様。何やら切迫詰まった状況でしたので、何かお役に立てないかと思い参りました」
「君が? いや、確か君は……」
ジークハルトが言葉を紡ごうとするよりも前に、アリアが口を開いた。
「ジーク! ソフィアさんがとても興味深いことを言っていたのよ! あなたも聞いてくれる?」
「……ああ」
ジークハルトの話によると、彼はこれまで貴族院の議員の関係で連絡をする件があり、商会内の通信室にいたらしい。
ただ、会長室へと戻るとすぐに秘書からオリバーの用件を伝えられてこちらに赴いたとのことだ。
「それでは、少々待っていてくれないか?」
「はい、承知いたしました」
ジークハルトはオリバーらと少々会話をすると、再びソフィアの元へ戻って来た。
「それでは、君の意見を聞かせてくれないか?」
「は、はい!」
ソフィアの心は弾んでいた。
これまでは、自分の話など誰も聞いてくれる人はいなかったが、ここではアリアやジークハルトから進んで話をして欲しいと言ってくれる。
胸が熱くなり目の奥がツンとする。
誰かに受け入れられていると思う度にこのように胸が熱くなるのだが、中々慣れないとも思う。
だが、それはきっと自分にとってはとても特別なことだから、例え慣れたとしても感謝の心を忘れないようにしようと暗に思った。
それから、ソフィアはジークハルトに室内の椅子に腰掛けるように促されたので、彼が腰掛けたことを確認してから腰掛けた。
「魔法陣が発動しない件だが、君の意見を聞かせて欲しい」
「はい。……一般的に魔法陣が発動しない際の原因は『一、魔法陣を作成する際の記入時ミス、二、魔力注入時の魔力供給不足、三、魔法陣の破損』が考えられます」
「ああ、そうだな」
ジークハルトは頷く。
「だが、それらはすでに何度も確認をしており、問題がないことは実証されている」
「そうでございましたか。……ただ、稀に魔法陣作成時の魔法式に誤りがあり、想定される魔力量よりも多くの魔力が必要になる場合があるようです」
その言葉を受けて、ジークハルトは目を見開き反射的になのかアリアと顔を見合わせた。
本来、魔法道具は道具を使用する人間が魔力を使用せずに稼働を可能にするために、魔法道具の作成段階で魔力注入をしている。
また、その魔力注入のみで半永久的に稼働できるように、非常に精密な魔法式が組まれた魔法陣が描かれているのだ。
そのために、一般的に魔法式を作成する者と魔法陣を作成する者とに分かれて製作することが多いのである。
「十年ほど前に、少量の魔力注入でも魔法道具の稼働を可能にした魔法式が発表されたかと思うのですが、もしや件の魔法式はその式がうまく組み込まれていないのではないかと推測しました」
ジークハルトは、少々思案をしたのち深く頷いた。
「なるほど。それは、直ちに確認をとる必要があるな。……ソフィア。君の意見をうちの技術員に伝えてもよいか?」
ソフィアは目を大きく見開き、そのまましばらく動かなかった。
「ソフィアさん……? 大丈夫?」
アリアが心配そうに覗き込むが、ソフィアは依然固まったままである。
「ソフィア、大丈夫か?」
「はっ⁉︎」
意識が戻ったのか、ソフィアはキョロキョロと周囲を見渡す。
「あ、あの、今、だ、旦那様から、その」
ソフィアは非常に狼狽えており、その様子を受けてジークハルトは何かを察したのか小さく頷いてからソフィアの耳元に囁いた。
「ひょっとして、私が『ソフィア』と呼んだことが気になったのか?」
「‼︎」
ソフィアの顔面は瞬く間に真っ赤になり、ジークハルトの質問に対して小さく頷くので精一杯だった。
「そうか。……なら、普段から呼ぶようにして君に慣れてもらわないとな」
(‼︎ わ、わたくしにはキャパオーバーです……)
そう思いつつ、ともかく今は急を要するのでなんとか気力を振り絞りながら頷いたのだった。




