第3話 お飾り妻のお役目とは?
ソフィアは、ジークハルトに関しては冷徹であまり社交界には顔を出さない公爵ということを、実家の屋敷のメイドたちが話をしていたのを辛うじて聞いたことがあるくらいだった。
ただ、たまに顔を出した際には彼の周囲に人だかりができて、貴婦人方がこぞって押し寄せるとも聞いたのだが。
なので、このグラッセ公爵家がどれほどの規模の領地を持っていているのかや、事業を行っているのか等を今の時点では把握することはできていない。
というのも、ソフィアは実家やアカデミーでほとんど自由に動くことができなかったために、情報の入手に限界があったからである。
「ご飯が、とっても美味しいです!」
今朝の朝食メニューはスクランブルエッグにベーコン、シャキシャキレタスとトマトのサラダである。
スクランブルエッグはとても芳醇なお味で、付け合わせのカリカリに焼けたベーコンがそれを際立たせてくれている。
また、サラダのドレッシングは油がよいのかすっきりと後味がよくてとても美味しい。
加えて、サラダのクルトンはカリカリで食感がよく、クルトンのバターの風味がほどよく感じられてよいアクセントとなっている。
ソフィアは到着した日からジークハルトの指示なのか、食事は私室のテーブルで一人で摂っていた。
ただ、一人で食事を摂ること自体は、ソフィアにとっては当たり前のことだったので特に問題なくすんなりと馴染んでいる。
だが、実家ではこのようにコックが作ったものではなく、誰も用意などしてくれないのでこっそり厨房へと入り込み残り物のパンやソーセージなどを持ち出して食べていたのだが。
なので、アカデミーの食堂以外ではこのような温かい食事はほとんど摂ったことがなかったために、ソフィアはグラッセ公爵邸での毎日食事の時間が楽しみになっていた。
ただ、ジークハルトとはほとんど会うことができていないので、そのことに関しては少し心寂しく思った。
(もし可能であれば、公爵様ともう少しお話をしてみたいです。……いいえ、わたくしの役目はあくまでお飾り妻に励むこと! 公爵様が会話を求めているのならともかく、そうでないならわたくしが求めてはいけませんね!)
だが、お飾り妻とは一体何をすればよいのだろうか。
毎日ぼんやりと過ごしていたらあっという間に一年が過ぎてしまいそうだが、それはソフィアの性分に合わなかった。
契約期間が切れたあとの生活のことも考えねばならないし、ぼんやりとはしていられそうにない。
(すでに、公爵様や公爵家には一宿一飯の恩があります。たとえお飾りといえども、何かのお役に立ちたいです……!)
ソフィアは勢いよく立ち上がって、足速に窓の近くまで駆け寄った。
ちなみに、ソフィアの部屋の窓から見える風景は中庭で、見事な薔薇などの花々が咲いているのが見える。
窓を開けて風にあたると、思考がはっきりしてくるように感じる。
「そもそも、お飾り妻の定義とはなんでしょうか……」
呟き、本棚の前まで移動をした。
お飾り。つまり、「見せかけだけの存在で実質的な意味を持たずに体裁を整えるためにおかれるもの」と、室内の本棚に並んでいる辞書で引いたらそう書いてあった。
「実質的な意味を持たない……」
その言葉に胸がズキッと痛む。
まさに実家での自分の境遇、いやこれまでの人生そのものがそうだったと言えるのではないか。
魔力がないというだけで、そこにいないように実質的な意味を持たないように接せられる。
「見せかけだけこなせれば、それでよいのでしょうか。わたくしは実家ではいないように扱われましたが、ここではお飾り妻という『いること』を許された存在です。それを活用して、このお屋敷のために何かできないでしょうか……」
呟くと、あることを閃いた。
「そうです。あくまでもお飾り妻の体裁をとって、何かお手伝いをすることはできないでしょうか。幸い、帳簿の管理や人材の管理などはアカデミーで習得していますし、補助的なお手伝いができたらよいのですが」
そう思うと、心がスッと晴れ渡るようだった。
この屋敷の主人であるジークハルトは、ソフィアにお飾りの役目を求めたが会話をしてくれた。家令のトーマスも侍女のテレサもそうだ。
なので、自分の功績にさえしなければ仕事をして、彼らのために役立つこともできるのではないだろうか。
「では、早速公爵様に交渉に行きましょう」
そうして、ソフィアは意気揚々とジークハルトの執務室へと向かったのだった。